「待て!!」
ルルーシュが朱禁城へと到着し、ようやく大宦官と大使の会談がもたれていた広間にたどり着いた時。広間には、天子を庇う星刻たちと大宦官たちが対峙していた。
趙皓の手には銃が握られている。
ブリタニアの大使は、どこかに逃げたのかどこにも見当たらない。

「芦花!?」
「ルルーシュ!? どうしてここに!」

驚く星刻と天子。

(無事でよかった…)

小さな安堵がルルーシュの胸を満たした。
だが、ほっとしている場合ではない。ルルーシュは、天子に銃を向けている趙皓以下、薄笑いを浮かべている大宦官たちを睨みつけた。

「これはいったい、どういうことだ。趙皓」

鋭い声音で告げると、名指しされた趙皓は、あの嫌な笑いで鷹揚に答えた。

「たいへん残念なことにございますが、ルルーシュ様。ご覧の通り星刻は天子様を盾に取り、クーデターを起こしたのです。私たちも大変心苦しいのですが、星刻は…」
「あれほど目をかけてやったのに…恩を仇で返すとはこのことよの」

趙皓の言葉にかぶさるように、高亥が星刻に向けて残念でならないと言う様にため息をついた。

「貴様に感謝したことなど一度たりともないわっ!!」

忌々しいことを隠しもしない星刻の様子に、ルルーシュは星刻の今までのことを思って胸を痛めた。高亥は星刻の返答にも、ほほっと笑うだけだ。
その一つも反省することがない彼らの態度に、ルルーシュは静かに激高した。

「おまえたちの言い分には反吐がでるな」

ルルーシュが初めて彼らの前で表情を取り繕うことなく、感情のまま言葉を口にした。だが、大宦官たちには痛くもかゆくもないようで、まったく焦った様子はない。

「ルルーシュ、どうして来た! ここが戦場になることくらい察しがついただろう!!」

星刻が少し離れた所よりルルーシュに吠えた。
ルルーシュは大宦官たちに見せていたような冷たい視線ではなく、ひどく優しげで困ったような笑みを星刻へと向ける。

「わかったから、来たんだ。私はそなたの妻であろう? どうして夫が窮地にある時に一人安穏としていられる?」
「お前は普通の体ではないんだ! それをわかっているのか!?」
「わかっている。わかっているからこそだ。父親をむざむざ見殺しては腹の子に合わせる顔がない」

ルルーシュは再び大宦官たちへと視線を向けた。

「私の目には、天子を庇う夫をお前たちが脅しつけているようにしか見えないが…。趙皓以下、八名の官僚たちよ。お前たちは、あくまで私の夫たる星刻を反乱の罪でとらえると言うのか?」
「おやおや。帝国では、誰にも心を動かさないと噂高かったルルーシュ様の御心は星刻に解かされてしまったようですね」
「国を預かる者として当然のことにございましょう?」

童倫や高亥が馬鹿にしたような目でルルーシュを見た。

「国を預かる? 国としての責任を全うしていないお前たちにそんなことを言う資格はない。お前たちは自分が裏切り続けた天子や人民に対して罪悪を持たないのか?」
「ルルーシュ様。貴方様は歩くときに小さな虫を気にしますか? 気にしませんでしょう? それと同じこと」

趙皓は、ルルーシュに悟るように語り、「それに」と付け加えた。

「ルルーシュ様のお国もそうにございましょう?」

それが、決定打だ。
趙皓の言葉はルルーシュももっともだと思う。だが、だからこそルルーシュは故国を好きになれなかった。
ルルーシュの視線がより一層鋭いものになる。

「お前たちは、改心という言葉を知らないらしいな」

今までの声よりも数段低い声音で、そこでいったん言葉を切った。
そして――。

「今の言葉、忘れるなよ」

嫣然とした笑みを見せてルルーシュは、手にしっかりと持っていた小型の端末の画面を開いて大宦官たちへと差し出した。

「非常に残念でなりませんね、趙皓殿」
「シュ、シュナイゼル殿下!?」

初めて大宦官たちの顔色が変わった。
ルルーシュが示した端末には、シュナイゼルの姿があった。憂えるような表情で大宦官たちと視線を合わせた。

「で、でんか! 私どもは――」
「本当に残念ですが、仕方ありませんね」
「これには、事情が! ルルーシュ様は何か勘違いなされているようですが、これは星刻が反乱を!」

シュナイゼルは怪訝な顔をした。

「星刻殿が反乱…? 何を言っておられる。まさか…貴殿らは自国で今現在何が起こっているかわかっていないのか?」

いぶかしむシュナイゼルに、今度は大宦官たちがおかしな表情を見せた。
星刻や天子も同様だった。
この場にいる一同は、シュナイゼルがブリタニア帝国への侮辱ともとれる趙皓の言葉を聞き咎めて「残念だ」と言ったのだろうと思ったのだ。
だが、この場でルルーシュだけは全てを知っていた。

「兄上、このように国を治めるには到底器量が足りぬ者たちです。これ以上、兄上――宰相閣下がお声をおかけになる必要はございませんでしょう」

シュナイゼルは、自分を「宰相閣下」と呼んだルルーシュに少し目を見張ったが、すぐにおもしろがるような笑みを浮かべた。

「あなたの言うとおりだろうね。あとは、あなたと御夫君、天子様にお任せするよ。では、黎夫人」

そう言って、シュナイゼルが通信を切った。
そして、ほとんど同時に城の外で爆発音が響き、大宦官たちの元に兵士たちが駈けて来た。

「申し上げます! 反乱軍と共に群衆が城へ押し寄せております!! 上海、北京、香港でも十か所以上で政庁に人民が…蜂起にございますっ!」
「重ねてご報告いたします! 辺境領の一部がこの朱禁城を目指して軍を進めております! その数、辺境の警備軍に対応できるものではありません」

大宦官たちは慌てふためき、近くにあった端末で広間の画面に緊急入電の映像を映し出す。

「こ、これは…」

大宦官たちは絶句した。

『天子様を正当な玉座に! 私腹を肥やす大宦官を排除しろ!』
『われらの主は大宦官に非ず! 天子様のみだ!!』

「蜂起……」

呆然としたまま、趙皓が呟く。その衝撃に力が抜けたのか、画面に視線をくぎ付けにしたまま後方によろめいた。
その隙を見逃す星刻ではない。
縄標を趙皓の手元めがけて投げつけ、銃を弾き飛ばす。

「捕縛しろっ!!」

星刻の掛け声で、後ろに控えていた兵士たちが大宦官たちを縛するため一斉に駆け出す。
ルルーシュは、ゆっくりと星刻の元に歩いて行った。

「決起を促すなら、お前と同等の指揮官を決起のみの作戦へと据えおけ」

星刻に微笑みかければ、星刻は「知っていたのか」と特に焦る様子でもなかった。

「私が知っていても驚かないのだな」

ルルーシュには星刻の態度が不思議だった。この場に乗り込んできたことにはあれほど驚いた星刻が、ルルーシュが人民蜂起の策を知っていたことに対してはそんな様子を見せなかったからだ。

「何やら動いていただろう。派手に動くことはできなかったから止めることはできなかったが…。まさか自らここに乗り込んでくるとは思わなかった」

星刻は苦笑した。
一応とはいえ、秘密裏に動いていたのに知られていたとは。そちらにルルーシュは驚いた。

「知られていたのか?」
「何をするかは分からなかったが。ただ、お前にも考えがあったのだろうとは思っていた」

まさか、自分の計画を利用して何かをするとは思っていなかったと、星刻は困ったように言った。

「しかし、いったい何をした? 私が用意した決起の計画よりよほど大規模なものだ」

決起の様子が映し出されたままの画面に視線を向けた星刻はルルーシュに問う。

「私がしたのは簡単なこと。ある新聞に大宦官どもがしていた税の横領の証拠を、先帝と皇后の死への疑惑も含めて流してやった。それを、無料でばらまくことを条件にな」

それだけで星刻にも意味は通じた。
貧困にあえぐ人民たちがそれを目にすれば、どうなるかは明白だった。
また先帝と皇后の死に大宦官たちが関わっているのではないかという疑惑は、外に出回ることはなかったが城内では昔から噂されていたこと。
そのことまで人々に知らせようとしたのは、今回の蜂起で天子が玉座を追われないようにするための配慮だということも星刻には理解できた。
ルルーシュは、星刻の背にいた天子と目線を合わせた。

「天子様。どうぞ、こちらに」

ルルーシュは、膝をつき天子の手を引き星刻の背から姿を現させた。
その手は、まだ震えている。

「芦花…」
「天子様、これから貴方はこの国をこの手で治めていかなくてはいけません」

ルルーシュの強い言葉に、繋がれた天子の手が震える。

「きっと、つらいこともたくさんあるでしょう。逃げ出したくなることもあるかもしれません」

天子はぎゅっと目を瞑って、ルルーシュの言葉を噛みしめるようにしていた。
しかし、そのぎゅっと閉じた目を自分から再び開いた。
その瞳は、強い意志を宿していた。

「私、は…至らない天子です。……でも、でも…。まだ私を望んでくれる人がいるなら、私は、この手でこの国を良くしていきたいと思います」

その答えが欲しかった。

「完璧な人間なんて、この世にはいません。夫も、微力ながら私も、貴方を全力で支えていきます。ですから、どうぞ天子様、あなたが思う様に民のため、国をお治めください」

ありがとう、芦花、と天子が、ルルーシュと星刻へと満面の笑みを向けた。
ルルーシュが視線をあげて星刻を見やれば、とても穏やかで満ち足りた表情を浮かべている。
同じような笑みを浮かべていることを星刻の目に映る自分の姿を見てルルーシュは知った。
――その日、中華連邦は、政治の中枢から大宦官一派が排斥され、新たな国としての歴史の夜明けを迎えた。




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