ルルーシュがシュナイゼルに連絡を取るために城に上った際、ルルーシュは大宦官たちや天子にも己の懐妊を告げた。
天子は純粋にルルーシュの懐妊を祝って、産まれたらぜひ自分に抱かせて欲しいと気の早いことを言っていた。大宦官たちの反応は、予想はしていたが余計に嫌悪感を強めるもので、怒声を堪えるのに必死だった。
あれから、一週間。朱禁城でいよいよ、天子とオデュッセウスの結婚について本格的に協議されている。
最も大宦官たちの根回しがきいているため、協議などはあってないようなものだ。
明日にも、中華連邦に滞在するブリタニア大使が城へ来て、公式の手続きをする予定になっている。
城に出仕するのを控えたルルーシュは、屋敷の日当たりのよい中庭で携帯端末を持って、ひたすら部下からの連絡を待っていた。
(間に合うか…)
ルルーシュは祈るような気持ちで、自分が一週間前、シュナイゼルと話をした後に実行した策の成功を祈っていた。
もしもその策が成功すれば、必ず星刻の助けになるはずなのだ。
ルルーシュは、シュナイゼルに連絡したからと言って、そこでシュナイゼルに助力を請うたわけではなかった。
本当に、ルルーシュはシュナイゼルの真意を確かめるだけだった。
『そうか、子ができたのかい。おめでとう、ルル―シュ。星刻殿と君の子だ。さぞかし立派になるだろう。きっと、中華連邦を支える騎士のような人になってくれるだろう』
懐妊をシュナイゼルに告げれば、そう答えが返ってきた。それだけでルルーシュには十分だった。
『ありがとうございます、兄上。私も、そのように育てていくつもりです』
ルルーシュの返答も、シュナイゼルには満足いくものだったに違いない。シュナイゼルは、嫣然と笑っていた。心なしか満足げだったように思う。
ブリタニア帝国の騎士といえば、必ず主がいる。忠誠を誓うたった一人の主がいなくとも、そのような騎士は表向きでも皇帝に忠誠を誓うことになっている。
騎士は、主がいなければ騎士足りえないのだ。
シュナイゼルが言った『騎士のような』とは、主を持っていることを指しているのだ。それすなわち、シュナイゼルは今のところ、例え天子が玉座を退いても策を用いて星刻とルルーシュの子をその座につける気はないということだ。
「お前を政略の道具にはさせはしない」
だんだんと膨らんできた腹を撫でて、ルルーシュは呟いた。
この一週間は星刻も忙しいようで、あまり長い時間共にいたことはない。まるで、ひと月ほど前に戻ったように顔をあわせていない。
だが少ない時間でも、ただ傍にいるだけで、ルルーシュの心は穏やかに凪いでいた。
探らせた情報通りなら、明後日に起こそうとしていることの準備に余念がないのだろう。
それでも屋敷に帰ってくるのは、大宦官たちに対する目くらましなのだろうか。子供のことを案じてだろうか。少しでも、自分の事を気にかけていれくれたのならば、それ以上のことはない。
「私も存外、女だったらしい。お前もそう思うか? ん?」
不思議なもので、星刻のことを考えれば、そんな甘ったるい気持ちを持ってしまう。
ふふっと、ルルーシュは腹の子に語りかけるように言った。
すると、派手な足音が聞こえてきた。
「奥様! 大変でございます、奥様!!」
静かに過ごしていたルルーシュの元に、侍女が息を荒げて駆けてきた。その顔は、尋常ではない。
嫌な予感が、した。
「何だ、何があった?」
腰かけていた椅子から立ち上がって、侍女の背をさすってやりながら神妙にルルーシュは聞いた。
「そっ、それが…奥様! 本日、お城で天子様とブリタニアの皇子殿下の婚姻のことで、ブリタニアの大使様と大宦官の方々が会うことになっておりまして、それで」
しまった! ルルーシュは思った。
明日にでも、という話だったため油断していた。
どうやら大宦官たちも馬鹿ではないようで、何かが画策されていると嗅ぎつけて、明日の予定を急きょ早めたらしい。
(まだ、だ。まだ、連絡が来ない!)
ルルーシュは、部下からの連絡が来ない端末を握り締めた。
しかし、ルルーシュは侍女が続けた言葉で悠長に待っていることなどできなくなった。
「それで、旦那様が…旦那様が…」
侍女は狼狽して先を続けられない。ルルーシュは最悪の事態を想像してしまい、顔を青ざめさせた。
「星刻がどうした!!」
いつにない剣幕のルルーシュに、侍女はがくがく震えながら続きを口にした。
「旦那様は、香凛様や洪古様ら、軍の大半の方々と共に武器を用いて城へ―」
「っ! あやつらの思うつぼではないか!!」
ルルーシュは侍女に最後まで言わせず宣言し、言うが早いが車がある屋敷の正面玄関に向かって走った。
(馬鹿ものめ! 軍の大半を掌握しているお前といえども、いまのままでは反乱軍として制圧されるのがおちだ!)
いつになく焦ったルルーシュは、乱暴に車の扉を開けるとちょうどそこにいた運転手を無理やり運転席に座らせた。
「出せ! 一刻も早く朱禁じ―」
その時、ルルーシュが握りしめていた端末が音を奏でた。
運転手が、ひどい剣幕のルルーシュにせっつかれて飛び出すように正門を出るのと、ルルーシュが待ちに待った連絡が入ったのはほとんど同時だった。
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