面倒事だ。本当に面倒だ。
ルルーシュは、迎えの車の中でため息をついた。結局、天子との会話は星刻が元気でいるかどうか、あの応酬だけであった。
しかし、あの言いよう、天子は星刻と個人的な面識があるように聞こえた。
星刻は高亥の武官であるが、軍部では副将軍の地位も兼任しているらしい。将軍職にあれば、天子と個人的に面識があってもおかしくはない。
だが、そんな話を星刻から聞いたことはない。
そう思って、ルルーシュは苦笑した。
話も何も、ルルーシュはほとんど星刻と言葉を交わすことがないのだ。天子のこと以外も、ルルーシュが星刻のことで知っているのは、結婚前に彼のことを調査させた際に明らかになったことだけだ。
車が屋敷の近くに差しかかった。
ルルーシュは、運転手に声をかけた。

「今日は裏門へまわってくれ」

声をかけてきたルルーシュに、運転手はひどく驚いている様子だ。声を裏返らせて、その命にしたがった。
朱禁城の庭を思い出して、自分の屋敷の庭を見てから部屋に戻ろうと思ったのだ。
裏門から庭を回り散策をしてから正面玄関へ。
屋敷があれだけ手入れされているのだ。庭もルルーシュの満足いく姿であろう。
ルルーシュがいささか楽しみに裏門への景色を眺めていると、裏門を入った直後、使用人口だと思われる影になっている場所に人影が見えた。
見知った侍女と、身なりからして平民の大人と子供がいた。

「ここで停めてくれ」
「ルルーシュ様?」

まだ裏門のロータリーに到着していないため、運転手は驚いた声を上げたが、即座に車を停めた。
そして、運転手が扉を開けるより先に自ら車を出て、何かを受け渡している彼女たちのところに歩いて行った。

「何をしているのだ?」
「ル、ルルーシュ様!?」

話しかけた侍女は、驚きに目を見開き急いで礼をとった。
一緒にいた平民の大人―よく見れば、まだ青年としか呼べない―と十歳ほどの少年だった。
二人はぽかんとした顔でルルーシュを見ていた。
この態度が、ブリタニア帝国で、普通のブリタニア皇族へのものだったなら不敬罪として警察に連れて行かれても文句は言えない。
だが、ここは中華連邦であるし、ルルーシュ自身が『庶出の皇女』として宮殿で嘲りを受けていたため、皇族の身分を誇ることがない性格をしていた。
それゆえルルーシュは特段二人の態度を咎めたりはしなかった。

「あ、あの…」

侍女は恐縮して、言葉を続けられない。あわあわとパニックに陥っているようだ。

「本当に、お姫様だ……」

ルルーシュは侍女の言葉を待っていたが、声が上がったのは異なるところからだった。
ルルーシュを呆然と見詰める少年が夢見心地といった感じで言ったのだ。少年は、じっとルルーシュを見つめたままだが、青年の方はそれで我に返ったようで慌てて跪いて礼をとろうとした。
だが、ほかならぬルルーシュがそれを制して、膝を折って少年と目線を合わせる。
いささか薄汚れている少年だが、芯の通った雰囲気があった。それゆえルルーシュは対等に話すために腰を落としたのだ。

「ここで何をしていたのだ?」
「ねぇ、お姫様って、星刻様のお嫁さんのお姫様?」

ルルーシュが質問したことに少年は答えなかった。だが、天真爛漫で、それこそこの少年が言う『お姫さま』であるユーフェミアとの経験で、かみあわない会話にルルーシュは慣れていた。
だから、少年の答えにもルルーシュは苦笑しただけだ。

「あぁ。私が、黎星刻の妻、ルルーシュだ。お前が何をもって『お姫さま』というのかはわからないが、確かに私はブリタニア帝国の皇女だ」

その答えに少年は満足したのか、ルルーシュに疑問を投げかけることはなかった。
もう一度ルルーシュは最初の質問を繰り返した。

「星刻様が、ごはんとかくれるんだ。おれと兄ちゃん、田舎から出稼ぎにきたんだけど、仕送りしちゃったら金あんまり残らなくって。そういう奴らがたくさんいて、食うにも困ることがあるんだ。だから星刻様が皆に配れって」

そう言って、少年は侍女から渡されたのだろう袋を見せてきた。

「本当は、そういう制度とか施設つくってやれたらいいのにって言ってたけど、無理なんだって。力がなくて申し訳ないって。難しいことはわかんないけどさ。星刻様だけなんだ、こういうことしてくれるの。他の貴族とかって、全然こういうことしてくれないんだよね。俺、他の貴族って嫌いだけど、星刻様は好きだな」

ノーブルオブリゲーション。
少年の話を聞いて、その言葉がルルーシュの脳裏をよぎった。
その昔、帝国が強国ではなかった頃は真の意味でこの言葉が使われ、実践されていた。だが、富める国となって、貧しい人々が減っていくと、この精神はしだいに形骸化していった。
今では、帝国の貴族たちがこの言葉を知っているかさえあやしいものだ。

「そうなのか……」
「うん。星刻様っていい人だよね。お姫様もそう思うでしょ?」

物おじすることなくルルーシュに聞く少年は満面の笑顔だ。星刻を慕っていることがよくわかる。
ほとんど何も知らない、名ばかりの夫。
父がたくさんの妃を抱えていたことで、仕方はないと思っていても愛人を抱える星刻をよく思っていないルルーシュだ。
だが、その民に対する心配りは評価に値した。

「そうだな」

政に多少なりとも関わったことのある者として星刻の心意気には賛同するところがある。
しかし、こういうことをしているのが貴族の中でも星刻くらいしかいないとは一体どういうことか。他の者たちも大宦官と同じような輩しかいないのだろうか。
少年は相変わらず笑顔で、青年と侍女ははらはらといった様子で二人の様子を見守っている。

「しかし、それだけで足りるのか?」

少年の手に持った袋を見て、ルルーシュは言った。
どのくらい少年たちのような境遇の人間がいるのかはわからない。だが、少年の手にしている食料ではそれほどの人数もまかなえないだろう。

「足りるって…うーん。足りるってことはないよ? あればあるだけいいけどさ。でも、欲しがったら切りがない。そこまで星刻様におんぶにだっこじゃ、星刻様に迷惑だろうし。俺たちにだって、平民には平民のほこりがあるよ」

少年の一人前の言いようが微笑ましかった。
たしかに、貧しいからと言ってむやみやたらに施しを与えるのが正しいとは思っていない。
だが、彼らの場合は不当な扱いを受けているからそうしたいと思ったのだ。

「おまえたちはいくつだ?」

この国の制度を把握し切れていないが、普通このくらいの子供は様々な保護を受けるべき存在だ。
税制も完璧に把握しているわけではないが、中華連邦も民から金を集めているはず。それならば、それを納めた民やその子供は恩恵を受けるべきだ。
少年はしばし呆然としたあと、顔を赤くして答えた。

「俺、今年で十二。兄ちゃんは十六」
「その位の年の子供は教育を受けるべきだ。仕事は大人に任せてな。それが無理だというならば、国がそれを保障しなければならない。でなければ国が国たる資格はないと私は思う。私はこの国の生まれではないから、この国の考え方とは違う考え方をしているのかもしれないがな」

ルルーシュの言葉に、少年は困った顔をした。

「お姫様、俺、難しいことはわからないや」

すまなさそうに言う少年は、好感がもてた。だからルルーシュはもっと簡単な言葉で、

「ようは、国が正しいことをしていないのだから、遠慮することはないといっているんだ」

そう言ってやった。


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