「一年ぶりだな、スザク」

そう言って笑うルルーシュ。変わらない笑顔、変わらない美しさ。
でも彼女の記憶にはあの日交わした約束なんてない。
俺が奪って、壊した。
卑怯だとはわかっている。
けれど。赦されるならば、もう一度。
今度こそ、君を何からも守る騎士になるから。
もう一度、あの日の続きを願いたい。


「じゃあ、スザク君は今日一日、力仕事を重点的にやってもらおうかな」
「学園祭に男手があるって助かるわ〜」
「ちょ、会長!俺も男ですよっ」
「リヴァル、それを主張するならスザク位の仕事をこなすことになるぞ。無理じゃないか?」
「姉さん、本当のことを言ったらリヴァルさんが可哀想だよ…」
「…ロロ、それフォローになってない…」

生徒会メンバー達の言葉に落ち込むリヴァルと、それを笑う一同。
その輪の中にいるスザクも、表情だけは笑っていた。
一年前と変わらない、穏かでどこにでもある平和な学園生活。
変わったことがあるならば、生徒会の顔ぶれだろう。カレンとニーナ、それにナナリーがいない上、ロロという新しい顔があった。
カレンは全てを駆けて騎士団を選んだため学園には帰ってこず、ニーナはロイドに見込まれて本国の彼の研究室へ。ナナリーは、その存在を秘密裏に消されて皇帝の傍に。
生徒会のメンバー達が知らないことをスザクは知っている。
知っているから心から笑うことなんてできない。

「そもそもスザクの身体能力がおかしいんだ! ルルーシュだってそう思うだろう!?」
「そりゃあ…体力馬鹿と言っても過言じゃないだろうな」
「体力馬鹿って…ひどいな、ルルーシュ」

ひどい、と言われても微笑みながらスザクの言葉を受け止めるルルーシュ。
果てして、その笑顔は彼女の本物の笑顔なのだろうか?
スザクは本物であって欲しい、とその表情を眺めた。
再び現れたゼロ。
スザクはそれが前回と同じくルルーシュだと思ったが、機密情報局の報告によるとゼロの演説が行われていた時間、ルルーシュは機情の人間と共にいたらしい。
その後も『魔女』C.C.と接触した様子は見られず、変わらない生活を送っているようだ。
ルルーシュの一番傍で”弟”として行動を共にしているエージェントの報告でも、何の問題もないとされている。

「覚悟しておけスザク、今日はこき使われるぞ。会長、何やらたくらんでいたからな」
「ルルちゃん、”企んでいた”なんて人聞きの悪い」
「でも本当のことでしょう?」

「ま〜ね〜」と上機嫌のミレイに呆れたような顔を向けるルルーシュ。
機情の報告だけでは埒があかないと、今回スザクが作戦に投入されたわけだが、スザク自身はルルーシュの記憶が戻っていないといいと思っていた。
卑怯な願いだと分かっている。
だが、それでも。
自分のせいで傷つけたルルーシュと、やり直すことができるならばもう一度。
ココから全てをやり直したいとスザクは思う。
だから今日が学園祭で一般の者も学園に入れると知ったジノにも、来るなと言ってきた。
あんなにも長くルルーシュを想っている、本当の騎士を近づけたくなかったから。
己の醜さに反吐が出そうになるが、それほどスザクも想いもまた強かった。

「じゃあ、伝達も済んだことだし、そろそろ始めましょうか! 全員配置に付けー!!」
「「了解!!」」

シャーリーとリヴァルが調子よくミレイの掛け声に応えて、バタバタと動き始める。
ルルーシュも呆れながら、傍らにいる”弟”を連れて部屋を出て行こうとしている。
二人が扉を出る直前、ミレイがロロに念押しするように言った。

「ロロ〜!あとは頼んだわよ!」
「……努力はしてみます…」
「会長、ロロに何させるつもりですか!?」
「ルルちゃんが頑張れば何の問題もないことよ! さあ行った行った!」

ルルーシュがロロに「一体何をさせられているんだ?」と問い詰める言葉を最後に扉は閉まる。 部屋に残されたのは、スザクとミレイのみ。
実は先ほどシャーリーが言っていた最初の仕事は、ミレイの指示のもと行うものらしい。そのためスザクは生徒会室に残っている。

「本当に戻ってきたのね、スザク君」
「ええ、またよろしくお願いします」
「ふふ。ロロもこれから大変だわね。スザク君に”大切な姉さん”を取られないようにしなくちゃならないんだもの」
「何、言ってるんですか…」
「いーのいーの、こっちの話よ。ところでスザク君?」

ミレイが喰えない満面の笑みを浮かべて、スザクに聞いた。

「もちろん、剣術の心得はあるわよね?」



「…こういうことか…」

『さあ、一回戦の初戦に登場するのは我らが生徒会書記、クルルギ・スザク! 対する相手は…』

大勢の観客でにぎわうステージの上。スザクは、司会を務めるリヴァルの声を聞きながら、対戦相手を前に一人ごちた。
スザクがミレイから指示された力仕事は、学園祭の目玉である”巨大ピザ”用特設ステージの模様替えだった。 何故かステージ脇には、練習用で殺傷能力のない様々な剣がところ狭しと置かれていた。 だが、その謎もミレイの放送と共に解消され、剣術の心得を聞かれたことも納得がいったスザクだ。

『勝者クルルギ! いや〜秒殺です、秒殺! 前評判どおりの強さを見せ付けます、クルルギ・スザク!』

早々と一回戦を勝ち抜いたスザクは、腰に下げた鞘に剣を戻しながらステージを降りる。
ミレイはスザクの身体能力を知っている。
恐らくミレイには、スザクを優勝させて、そのデートと銘打った時間に生徒会の仕事をルルーシュとスザクの二人でやらせる魂胆があるのだろう。
魅力的な優勝商品で参加者を集め大会を盛り上げることができ、なおかつ貴重な生徒会の戦力を失わなくてすむ。
まさに一石二鳥の大会だ。
だが、ミレイに乗せられていると知っていてもスザクは敢えてこの大会で優勝したかった。
なぜなら優勝者には、真似事とは言えルルーシュから騎士叙任を受けられる。
お遊びにしかならない、真似事の叙任式でも構わない。
スザクは、その特典を誰にも譲るつもりはなかった。

帝国でも屈指の戦闘力を持つスザク。スザクに勝てる者が大会にいるとは思えない。
ミレイも、そしてスザク自身すらそう思っていた。
だが。

『勝負あり!! 』

リヴァルの声と共に決まった優勝者はスザクではなかった。
ルルーシュに決して会わせたくなかった、ジノこと”トリスタン”だった。

「はぁ…、おま…こんな、つよかったんだ、な」
「なんだ、と、思って、たんだよ…」

軽口で互いの健闘を讃える時は、まだ心地よい戦闘の余韻でスザクも高揚した気持ちを保っていた。
ステージを去る時も、未練がましくルルーシュが出番を待っているだろうステージ裏を見てしまったが、まだ冷静だった。
だが、打ちのめされたのは降りたステージで始められた真似事の叙任式を見た時だ。

『お願いしますよ!では登場していただきましょう、ルルーシュ・ランペルージ”姫”です!!』

リヴァルの声と共に、先ほどまでずっと閉じていたステージ奥のカーテンが開かれる。
青。深い、深い青色のドレスを纏った”姫”が確かにそこにいた。
先ほどまで白熱した決勝の余韻でざわついていた会場は、水を打ったように静まり返っている。
髪を結い上げて、首筋をあらわにしたルルーシュは、胸元が広く開いたドレスを着ていた。 ”姫”らしく、肘までの手袋も着用し、宝飾品で着飾ったルルーシュ。
だが、あくまでその姿は気品に満ち溢れていて、スザクを含めた観客たちを圧倒した。

『汝、ここに誓約を立て、私の騎士として、私に今日一日仕えることを望むか』

スピーカーを通して聞こえてくるルルーシュの声。
ステージ上の二人を見ながら、スザクは自分の叙任式のことを思い出していた。
確かあの叙任式は、全国放送でテレビ中継されたはずだ。
騎士任命様子を、ルルーシュは一体どういう気持ちで見ていたのだろうか。きっと今の自分と同じような、いやそれよりももっと深い悲しみで見ていたに違いないとスザクは思う。

『汝、我がために、一日、私の剣となり盾となることを望むか』

誓約は続く。
例え偽りの誓いでも構わないから、と身勝手な願いを抱いた自分に対する罰なのだろうか。
まるで、そう誰かに言われているとしか思えないような巡り合わせだ。

『私、ルルーシュ・ランペルージは、汝、”トリスタン”を…』

ルルーシュが、たとえお遊びでも自分以外のほかの誰かを騎士に任じることを直視できず、スザクはステージを背にして、その様子を最後まで見ることなく立ち去った。



「……後夜祭、か」

日が落ちて、最後のイベントであるダンスパーティーが始まっている現在、メイン会場以外は人がほとんどいない。
スザクは、そんな学園の教室棟屋上に来ていた。
トーナメント決勝で敗北したスザクは、その後、ミレイに頼んで裏方の仕事ばかりを回してもらっていた。 思わぬ番狂わせでルルーシュに生徒会の仕事を頼むことができなかったため、仕事だけは山のようにあった。
誰かと一緒にいるルルーシュの姿を見たくはないという願いから、敢えて裏方の仕事をしたのに、物語の主従のようなジノとルルーシュの様子はそこかしこで噂になり、聞きたくもないのにスザクの耳に入ってきた。
今日会ったにしては、二人とも打ち解けた様子で、弟や生徒会メンバーなど親しい者にしか笑顔を見せないルルーシュがジノには気安い態度を取っていたと、皆の話題は持ちきりだった。

(ジノ、君は気づいたんだろう…?)

例え記憶を失っていたとしても、ルルーシュの持つ雰囲気や姿は時を経ようと変わりようがない。 以前のルルーシュを知っている者、それも十年近く彼女を想い続けたジノが気づかないわけがないだろう。
今のルルーシュにとってスザクは、一年前のほんのひと時学園にいた生徒会での友人というだけだ。

「ルルーシュ…」

恐らく、ジノと踊っているだろうルルーシュを想って、彼女の名前を呟いた。 柵を背にして膝を抱えて座り込んでいたスザクは、その想像に思わず自分を抱きしめた。
まさに、その時だった。

「スザク…か?」

屋上の入り口の扉が開き、ドレス姿のままのルルーシュが入ってきたのは。

「ル、ルーシュ…?」
「なんでこんなところに居るんだ…会長が探していたぞ?」

自分が生み出した幻覚かと一瞬考えたスザクだったが、そこにいたのは紛れもなく本物のルルーシュでスザクに話しかけながら近づいてきた。
結っていた髪を下ろしたためだろう。いつもはまっすぐ流れている黒髪に癖がついて、今は緩やかに波打っている。
そして、叙任式の時には気づかなかったがルルーシュは化粧も施していたようで、美貌に拍車が掛かって、数段美しく見えた。

「どうした、座り込んで? 気分でも悪かったのか?」
「ルルーシュ、君、ダンスパーティーは…?」

座り込んだスザクに目線を合わせるようにルルーシュは、自分もしゃがみ込んでスザクの顔を覗き込んだ。
変わらないルルーシュ。
いや、変わってなどいないと信じたいのだ、自分は。
不思議そうに自分を覗き込むルルーシュの姿に、スザクは自分を抑えられなくなった。

「ルルーシュ…!」

縋るように、スザクはルルーシュを抱きしめた。
いや、抱きしめたというよりも、ルルーシュの体勢のせいで、本当に縋るような格好になった。

「スザク…本当に、どうしたんだ?」
「今だけ、こうさせて…」
「それはいいが…本当に何かあったのか?」

聞きながら、普通ではないスザクの様子に、ルルーシュは自分の胸にあるスザクの頭を抱きこんで、優しく髪を梳いてやる。
その手つきにスザクは、泣きそうになる。
ああ、今の姿はまるで一年前の自分達の姿と真逆だ。
スザクは唐突に思い出す。学園祭の前日、いつもと様子が違って帰り際にしばしの抱擁を求めたルルーシュを。
今考えてみれば、あれはルルーシュが見せた最初で最後のスザクへの求めだった。

(ルルーシュ、ごめんよ…)

本当は、許しを乞うことすらできない自分。
だが、ルルーシュの記憶がなくなったのをいいことに、新しい二人の関係を始めたいと思っている自分。
本当の君は、僕をどう思っているのだろう?

「今日はおかしくなるのが多いな…ロロもなんだか変だったし…」

ロロと名前が出てきた時、スザクの肩が少し揺れた。
ルルーシュはそれに気づいた様子は、スザクから見る限りなかった。

「僕は弟じゃないよ…ルルーシュ」
「知ってるよ、スザ…ク…?」

スザクが、そう言うと共に顔を上げて真剣な眼差しでルルーシュ見つめると、ルルーシュの言葉はそこで途切れた。

「弟、じゃないんだ…」

驚くルルーシュの表情を直ぐ傍で見ながら、スザクはずるいと思っても自分を止められず彼女に口付けた。


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