渾身の一太刀だったのだけれどね。

「どういうつもりだっ、ジノッ!!! 」

ああ、総督殿。
せっかく、貴女のために丹誠込めて磨き上げた牙でしたのに。
貴女まで届かなくて、残念です。


その日のトップニュースは、どこもかしこも同じっだった。
『現職ナイトオブラウンズによる総督殺害未遂』
情報統制が徹底しているブリタニアのエリアだが、今回ばかりはそれも無理だ。
なぜならその事件が起こったのは、エリア11の総督であるナナリーが、政特区についての詳細を演説する式典会場での出来事で、その模様は全国に中継されていたからだ。
総督が壇上に向かっているその時だった。
いつものように控えていたナイトオブラウンズの一人が、小さな総督に向かって走り出し、腰のサーベルを華麗に抜いた。
間一髪で、枢木スザクがその刃を止めたが、誰もが驚きに目を見開いて凶刃を持つものを見つめた。
それは、貴族のなかでも皇族に程近い地位にいるヴァインベルグ家の者だったから。 すぐに彼は捕らえられたが、ブリタニア臣民に与えた影響は計り知れなかった。


「ジノ」

拘束服を着せられたジノは、聞きなれた同僚の声に顔を上げた。
いや、同僚だったといったほうが正しいかもしれない。
ジノは捕らえられてから、何度も執拗な取調べを受けたが、黙秘したままで、動機も、弁明さえも何も語ろうとしなかった。
エリア11では、国是にそむくナナリーの行いに対して皇帝の忠実な僕が制裁を与えようとしただの、皇族にも引けをとらぬ出自の彼が庶民の血を持つ総督に従うことをよしとしなかっただの、と今回のジノの行動の動機が様々に想像されていた。

「どうしてだ、ジノ…どうして、君がナナリーを」

独房まで来たスザクは、本当に苦しそうに顔を歪めながらジノに言う。
ジノは、そんなスザクを見ながら少しだけ哀れみを感じた。
スザクが総督を大切にしていることは知っていた。だから、ユフィに続いてナナリーまで奪ってしまうのは可哀想だなと思ったのだ。 だがジノのその感情は、ひどく刹那的なもので、道端で死んでいる動物を見て思う哀れみと同一のものだった。

「どうして何も言わないんだよ、ジノ。取調べにも黙秘ばかり…裁判は直ぐなんだ! いくら君が高位の貴族で、ナイトオブラウンズだって…何も言わなければ待っているのは極刑だ!」

先ほど伝え聞いたが、明後日、軍事法廷が開かれるらしい。
判決が伝えれるのはその2日後。
このまま、ジノが動機も弁明も口を開かなければ確実に待っている判決は極刑だろう。 それはジノにも分かっていた。

「なんで、ナイトオブラウンズの君が…皇帝陛下に、ブリタニアに忠誠を尽くしてる君が、こんな…」
「スザク、それは違うよ」

呻くように言い募るスザクの言葉を、唐突にジノが遮った。
丸一日声帯を使わなかったからか、その声は多少掠れていた。 けれど、視線を明確にスザクへと向けて、ジノは告げた。

「ジノ」
「スザク、私は別に皇帝陛下にも、帝国にも、ましてやナナリー総督殿になんて忠誠を尽くしていないよ」

微笑みさえして告げるジノの言葉に、スザクは目を見開いた。
別にスザクだとて、心からの忠誠を忠義を帝国や皇帝に捧げているわけではない。だが、それはスザクが日本人であるからだ。純粋なブリタニア人、それも元々貴族のジノがこんなことを言うなんてスザクには俄かに信じられなかった。

「ナイトオブラウンズになったのは、別になりたかったからじゃない。いつの間にかなってた」

スザクの目が面白いくらいに見開かれる。
ジノは、そんなスザクの顔なんて初めて見た。 いつだって死んだ魚みたいな目をした、主を守れなかった騎士。
その反動だろうか、総督に対しては四六時中、それこそ細心の注意を払っている総督補佐。
生真面目な彼は、ジノが本当に帝国と皇帝へ忠義を感じているのだと思っていたらしい。

「馬鹿だなぁ、スザク。私が、今更誰かに忠誠を尽くすわけないじゃないか。あの方がいないからって、他の人に忠誠を、心を明け渡すことなんてしないよ」
「ジノ?」
「ブリタニアの騎士っていうのはね、主のために生きて、主のために死ぬんだ。主が黒といえば白いものだって、黒だと言ってみせる。そこまでの主に出会わない限り、本当の騎士は主従の正式な誓いなんてやらない。式典用のじゃないからね。一生一度のことんだ。だから、主を変えることなんてありはしないんだ。私の忠義は、皇帝陛下のものじゃないない」

表情を青くするスザクと、笑顔のままのジノ。
捕らえた者と囚われた者。
表情だけ見れば、まるで立場が入れ違ったようだった。

「ジノ、君は…」
「裁判があるんだろう? その時にどうせ話すさ。だから今は言わないよ」

うっそりと、ジノは笑って告げた。


その言葉に違わず、ジノはまたも全国ネット、いや、世界的に中継された法廷で声高く思いのたけを述べたのだ。
「国是に背いた総督の粛清? 
いいえ、断じて。断じて違いますね。今回のことは私個人の私怨に端を発するものだ。
私は、私のただ一人の主を奪った総督殿が憎かった。
あの方が、ご自分の命を犠牲にしてしまうほどに大切にされる殿下が憎かった。 殿下さえいなければ、今この地を治め、私に命を下されるのはあの方だったかもしれない。
そう思うとやるせなくて、我慢できなかった。
総督殿の命尽きたとしても、あの方が戻ってくるわけではないことは重々承知している。
けれど、今の私には、総督殿、ナナリー殿下をどうしても許すことはできなかった。」

滔々と、ジノは「あの方」の名を最後まで言わずに、そう、想いを語った。


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