「シン、降りなくていいのか?」
ミネルバはオーブ近海での地球軍の迎撃を受けた後、幸いにも戦闘をせずに無事カーペンタリア基地へと入港した。
そのため乗員にはミネルバ修復中の一時的な休暇が出された。嬉々として買い物にルナマリアやメイリンを尻目に一人シンはレクルームにてサクラと遊んでいる。
そこへやってきたのがレイだ。
「シン?」
レイの声は確かに聞こえているはずなのにシンは無視を決め込んでいる。シンに遊んでもらっていたサクラの方が気づいてシンをちょんちょんと突く。
それでもシンはレイの方を向こうとしないので、困惑顔をするサクラ。するとレイは呆れたような溜め息をついた。
「あれしきのことで拗ねるな・・・」
「・・・・拗ねてない」
これには直ぐに答えを返すシン。今まで無視を決め込んでいたくせにこんなことだけには否定の返事を直ぐするなんんて拗ねていることに他ならない。
レイが言う”あれしきこと”とは、昨日にレイがサクラから貰った感謝のキスのことだ。
あれからシンはことあるごとにレイにぶすったれた顔を向け、このように無視を決め込むこともしばしばだった。
「ならシン、俺は出かけるからな。サクラから目を離すなよ」
シンのまともな返事を得ることを諦めたのかレイは前科のあるシンにそう釘をさすとそこから立ち去った。
サクラがそれを見て残念そうな表情を浮かべたが、レイがそれに気づいて少しだけ顔を綻ばせてやると、サクラの顔はたちまち明るくなり満面の笑顔でそれに応えた。
シンはそんなサクラの笑顔を見てますます苦い表情を浮かべた。シンの内心はとても複雑だった。
救出して来てから今までサクラは自分の後ろにばかりついてまわり、シンにしか懐かなかったのだが、時間が経つにつれどうではなくなっていった。
それでも最終的にはいつもサクラはシンの所に来ていたので、シンは自分が一番サクラに懐かれて好かれているという自負があった。
しかし、昨日のことによりサクラが目に見えてレイに対して好意をもって接しているのがとても気にくわなかった。
レイが滅多に表情を崩すことをしないのにサクラに対しては容易に、その笑顔を見せているのもシンはなんだか寂しかった。
妹を取られたような兄の寂寥感と友人の笑顔を引き出せなかったことへの屈辱感がごっちゃになった感情といえばいいのだろうか。
「マユ・・・」
妹のマユに『好きな人がいるの・・・』と言われた時の心境に似ているな。と今は亡き懐かしい面影を脳裏に描き、どこか自嘲的な笑をその口元にはいた。
すると、シンを突く小さな指。もちろんそれはサクラで、しきりにその声の出ない口を動かしている。
「ん?なに?」
その唇を読むとどうやら『サクラだよ』と言っているようだ。先程のシンの独り言を聞いてサクラの名前をシンが間違ったと勘違いしたようで、しきりに自分はサクラだと訴えてくる。
そのちょっと怒ったような顔が可愛く、思わずシンは胸のうちの複雑な感情も忘れて笑みをこぼした。
「分ってる、分ってるよ。君はサクラだろう?」
そう言ってやるとようやく納得したのかその顔に満足気な笑顔を浮かべるサクラ。
シンは自分の膝の上にサクラをのせて、顔をくっつけるように抱き上げる。
「大丈夫。分ってるよサクラ。君はサクラだ」
どこか自分に言い聞かせるようにシンはまたも言葉を紡ぐ。
しかしながら、どこかでサクラをマユに置き換えて見ていることがあることをシンは自分自身で悟っていたのだった。
その時。
「あ、いたいたシン」
ちょっと頼りないんじゃ・・・と一抹の不安を覚えさせる言動をする副長―アーサーがシンの傍に寄ってきた。
「なんですか副長?」
いつもどこか挙動不審のような彼だが、今回はそれに加えて目が泳いでいる。
「いや、艦長がシンをお呼びなんだが・・・・サクラちゃんは僕がみているから」
未だにシンの膝の上にいたサクラをさして、アーサーはそう申し出た。
シンは、その行動に訝しげな視線を向けながらも艦長のお呼びならば無視するわけにはいかない。
仕方が無いというように、シンはそっと自分の膝の上にいるサクラを抱き上げて、アーサーに預けた。
アーサーは子供を抱くのに慣れぬのか、四苦八苦しながら預けれたサクラの位置を安定させようとしていた。
「じゃ、サクラちょっと待っててね。直ぐ戻るから」
かつて妹に向けていたような笑みを向ければ、サクラは先程レイに見せた笑顔よりも可憐に見える微笑を向けて見送ってくれたのだった。
シンがそうしてレクルームを出るより、少し時間を遡ったミネルバ艦長室。
「いったい何を考えているのかしらね、議長は?」
カーペンタリアへ とミネルバが入港してから数時間後、アーモリーワンには運び込まれていなかったセカンドシリーズ最後の一機・セイバーが現れミネルバのドッグへと降り立った。
それを操縦していたのは、先日ひょんなことからその消息をしったアレックス、いや、アスラン・ザラであった。
彼は先日の態度とは一変し、今度はザフトの議長直属部隊―フェイスの一員としてここに現れた。
少々興奮気味のルナマリアが艦長室へと先導してきたのだが、ドッグのざわめき様は大変なものだった。
アスランもある程度のことは覚悟していたのだが、それを上回るそれに度肝をぬかれた。
そして、フェイスのバッジをタリアに渡した時のことも憂鬱であったが、それも余計以上のカウンターパンチを受けた。
「・・・・申し訳ありません」
謝るしかすべが無いアスラン。
「貴方に謝ってもらいたい訳ではないわ」
とその時。
「艦長、シン・アスカ参りました」
緊迫した艦長室へとシンが足を踏み入れたのだった。
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