とてとてとて。
そう形容するのが妥当な足音をたてて、最近このミネルバに乗り込んだ小さな子供―サクラが人気のない廊下を歩いていた。
シンがルナマリアやその他の整備士たち―ヨウラン、ヴィーノなど―にサクラを紹介し、サクラもようやくミネルバでの生活に慣れてきた今日この頃。
先程までサクラはシンにお気に入りの絵本を読んでもらっていたのだが、いつの間にかそれを読んでいたシンが寝てしまい、つついても起きないので、少し冒険心がわいてレクルームを出てきたのだ。
しかし、今までシンの後ろに隠れてその後をついて歩いていたので、いざ一人になってみると迷ってしまったようだ。
しばらく、”怖かった日”のためにサクラの本来持っている好奇心が半減していたが、シンや他のミネルバクルーが毎日のように”ママ”や”お姉ちゃん”のように優しくしてくれ、二人とは違うあやし方をしてサクラを笑わせてくれるのでサクラは本来の自分をだんだんと取り戻していった。だがしかし、その声は依然として戻っていない。
「・・・・?」
その胸に相変わらず、どうやらハロだと思われるピンクのぬいぐるみを抱いて、可愛らしく小首をかしげた。
・・・・・どうやら迷ったらしい。
だんだんとその澄んだ翠の瞳が潤んできた。もともと”ちょっとそこまで”という感じの冒険を試みただけであったのに、思いもかけず遠いところ
まで来てしまい、心細くなってしまったのだ。
少し薄暗いこの場の照明もサクラの不安を煽っていた。サクラはその不安で廊下の隅に座り込んでしまった。
その時―――。
静まり返った廊下に人の足音が、コツコツと響いた。
ビックと。膝に顔をうずめたまま、その小さな肩を震わせた。その足音はサクラの直ぐかたわらで立ち止まったので、余計にサクラの体を強張らせた。しかし。
「・・・・サクラか?」
自分の名前を聞き知った声で呼ばれて、サクラはそっと腕の隙間からその人物を伺った。
「なんでこんなとこにいるんだ?シンはどうした?」
その人物は薄暗いこんな場所でも綺麗に輝くブロンドの持ち主―レイであった。
レイは、しゃがみ込んでいたサクラに視線を合わせるように自分も膝を着いた。
今まで、レイが傍にいる時は必ずシンと一緒に居たので、サクラはレイとまともに顔を会わせたことがなかった。
しかし今、彫刻のように整った造作のレイの顔がサクラの眼前にあった。
「・・・・」
サクラは驚きからかレイの顔を見ると、ほうけたような顔をしてレイを凝視していた。
驚きすぎたのか、サクラの目じりに溜まっていて今にも零れそうだった涙が引っ込んでしまった。
「・・・・サクラ?」
自分のコトを見たまま固まってしまったサクラに訝しげな表情をしたレイ。
(王子様・・・・?)
キラキラと輝く金髪と吸い込まれそうな青い瞳。
その姿はサクラの大好きなおとぎ話の王子様にサクラは見えた。
呼びかけて目を輝かせたサクラはじっとそのレイの顔を飽きるまで見つめていたのだった。
「ちょっとシン!!」
レクルームに雷のようなルナマリアの怒号が響く。
「ハイっ!!・・て、うわっ」
そのルナマリアの声に条件反射で飛び上がった。すると、必然的に寝そべっていたソファから転がり落ちた。
「うわじゃないのよ!サクラちゃんはどうしたのよ!」
ルナマリアにサクラと名前を出されて、寝ぼけていたシンの頭がすばやく回転する。
「え!サクラなら、ここに・・・って、サクラ!?」
自分が寝こけるまで、ソファで寝そべりながらサクラに絵本を読んであげていたのだが傍らにいたはずのサクラがいない。
「なにやってるのよシンの馬鹿!!」
ルナマリアの罵倒もサクラがいなくなった事に衝撃を受けているシンの耳には少しも入ってこない。その顔は傍目から見てもはっきり分るほど青ざめている。
と、そこへ。
「何を騒いでいるんだルナマリア」
嫌味なくらい涼やかで冷静なレイの声音がレクルームに響いた。
「ちょっ、レイ聞いてよ!・・・サクラちゃん!?」
ルナマリアが声のしたほうを振り向いて見たのは、少し上体を傾けながらサクラと手をつないだレイの姿だった。
「サクラ!?」
そのルナマリアの声に飛び上がるほどに反応したのは他ならぬシンであった。
「サクラ何処にいってたんだ?」
光のような速さでレイの傍まで駆け、シンはサクラを抱き上げた。
サクラはシンのそんな様子におかしそうに少し笑顔をみせた。そして、シンの質問に答えたのはサクラを連れてきたレイだ。
「サクラから目を離すな、シン。独房室に続く廊下で迷っていたぞ」
「わかってるよ・・・でも、ありがとうレイ」
いつもと変わらないレイの言い方であるが、シンは自分の非を認め素直にレイに感謝を示した。
シンはサクラばかりを見ていたので、気づいていなかったがシンにそう言われたレイの口元はいつもより綻んで見えた。
その顔を見たのはルナマリアだけで、
(めずらしいわあ、レイのあんな顔)
とレイには少し失礼な感想を胸中でもらした。
「ん?なにサクラ?」
シンがレイにそういい終わると、シンに抱き上げられていたサクラはシンの肩をちょんちょんと叩いた。
シンがそんなサクラに気づくとサクラはレイの方を指差して、どうやらレイを傍に呼びたいような仕草をした。
「レイ、サクラが・・・・」
シンの言葉が終わる前に、サクラの仕草に気づいたレイがシンの直ぐ傍までやって来た。
「なんだ?」
先程ルナマリアが見た口元の綻びは何処へいったのか。レイの口元はいつものように引き結ばれていた。
以前のサクラならそこで、シンに隠れようとしてしまうのだが、今日はニコニコと笑顔を振りまいている。
そして近づいてきたレイの髪を掴んで、その頬に唇を寄せて・・・・・
「あーーーーっ!レイーーーーーー!!!!」
サクラが感謝の気持ちとしてレイにしたキスの後、レクルームにはシンの大人気ない悲鳴が響き渡り、
その叫び声はミネルバ中の人の耳を打ったそうだ。
カーペンタリアが目の前に迫ったある昼下がりのコトであった。
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