※ギアスの暴走は無視してます&ルルがシンクーと寝てます
白く抜けるような肌。濡れたような黒髪。
たった一日。それも数時間、共に過ごしただけ。
だが、それでも私が忘れることの出来なかった皇女、ルルーシュ・ヴィ・ブリタニア。
死んだと伝え聞いたが、ゼロそのものの衣装を纏っていたのは、成長した彼女に違いなかった。
(貴女がゼロか…)
ひどく体が衰弱していたルルーシュを抱きかかえ、私はすぐさま孤島から程近い別宅へ彼女を運んだ。
随分、血を流したのだろう。信頼する付き合いの長い医者に見せて手当てをさせたが、失血死寸前のところだったと告げられた。
すん
でのところで命を取り留めたルルーシュは、目の前で静かに眠っている。
一度も意識を取り戻していないから確認はとれていないが、きっと彼女がゼロに違いないという確信が私にはあった。
何故あの島に倒れていたのかは知る由もないが、ルルーシュを死の寸前まで追いやった傷が何よりの証だ。
ブリタニアの皇女が日本人虐殺の指揮をとったことに端を発する、『黒の騎士団』による反乱。
昨夜、臨時総督代行としてブリタニアの第二皇子が直々に事態の終息を宣言したことで、『黒の騎士団』の反乱は失敗に終わった。
そして反逆者たちの中枢メンバーを生け捕ることに成功はしたが、首領であるゼロは捕らえる際に暴れたため、その場にて撃ち殺されたとの発表があった。
だが、その発表を聞いたときからブリタニアはゼロを捕らえ損ねたのだと私は思っていた。
ブリタニアが植民地支配を始めて、ここまでブリタニアの支配を揺るがせたのはゼロ以外にいない。
帝国側は何がなんでも、ゼロの仮面を剥いで公開処刑にしたかったはずだ。
例えどんな犠牲を払おうと、見せしめのため、ゼロを生け捕りにしてブリタニアのやり方で裁くことを第一に考えただろう。
けれど、彼らはそうしなかった。いや、ゼロに逃げられたためにそうできなかったのだろう。
たが、『死んだ』と発表するくらいだ、帝国側には『ゼロを殺した』という確信があったらしい。
そう。逃亡するくらいの力はあっても、逃走中に力尽きるだろう傷を負わせたという確信が。
ルルーシュの傷は、そう考えられれても仕方がない傷だった。
(仕方ない…のだろう、な)
私は彼女がゼロであったとしても仕方がないと思っている。
あれは、父と共にブリタニアを訪問してから、一年か二年ほど経った頃だっただろうか。
平民から妃になったブリタニア皇妃が事故死したと耳にした。だがその事故死というのは表向きで、実際は宮殿内で暗殺されたたらしい。
そしてブリタニアと日本との間で会合が持たれ、その駒として皇妃の子供達が日本へ人身御供として送られたことも聞いた。
そのうちの一人がルルーシュであったことも。
『国に捨てられた皇女たち』
それが、ブリタニアを敵と見なす国々が彼女達に抱いた感想だった。
実の母親を殺され、父には「死ね」と言われたも同然の振る舞いをされたルルーシュ。
そんな彼女が、祖国を恨んで反乱を起こしても誰が彼女を責められるだろう?
「こ、こは…?」
「気がついたか?」
かぼそい声だった。
だが、ようやく意識を取り戻したルルーシュに私はひとまず安心した。
「わ、たし…」
「貴方はルルーシュ・ヴィ・ブリタニア。そしてゼロ、だろ?」
あまりに焦点の合わないうつろな目をしていたルルーシュに、記憶でもなくしたかと、事実であれば一瞬で目が覚めるだろうことを言った。
その反応は驚くほど顕著だった。
段々と揺れていた瞳に光が戻り、眦を吊り上げて私を睨んできた。そして、痛むだろう体を無理にでも起こして私から距離をとろうとする。
案の定、すぐに彼女は痛みのためか顔をしかめて声をあげた。
「ッ!」
「ジッとしていろ。弾が貫通していたとはいえ、出血がひどい。下手をすれば死んでいたぞ」
意識を取り戻したことで、ひとまずの峠は越えたが、傷自体はまだ縫合されただけだ。無理をすれば直ぐに開いてしまう。
私はルルーシュを寝台に横たわらせた。彼女が全身で私を警戒していることがひしひしと感じられた。
「おまえは…なに、もの…」
「お前は何者なんだ?」と、ルルーシュは私に問う。
ああ、やはり覚えてはいなかったか、と気落ちする自分がいた。
幼い日、それも数時間しか共に過ごさなかった私を覚えていないことは不思議ではない。
だが、それでも落胆せずにはいられなかった。大人気ないことだとはわかってはいたが、ルルーシュに答える私の声は刺々しいものになってしまった。
「…リ・シンクーと言う」
「リ…中華、連邦…か…それ、で?なに、が目的だ?」
その時、ルルーシュに言われて私は初めて気が付いた。何の考えもなしに、私はルルーシュを助けていたことに。
かつてないほどの反乱を起こしたゼロが皇族では、帝国の外聞が悪い。どの国にとっても彼女は格好の取引材料になる。
それを承知して彼女は、私の目的を問うてきたに違いない。
けれど、私には何の目的も、策略もなかった。
常に策略を練って生きてきた私にあるまじきことだが、ぐったりとした彼女を見た時、ただ頭の中を支配したのは、なんとかして彼女を助けようとする感情だけだった。
ルルーシュがゼロだという事実をゆっくりと考えたのは、彼女の治療が終わったつい先ほどだ。
「………」
「ブリタニアとの、取引か?…恩を売りつけるには、またとない、駒だからな、私は…」
私は高亥の子飼いの武官であるが、高亥にルルーシュのことを報告する義理などない。
父を殺した憎いやつらにこれ以上の力を与えたくないという考えもあるが、何よりもルルーシュが策略の駒として使われることには我慢ならなかった。
黙ったままの私に、ルルーシュは自嘲して、喋り続ける。
その姿は、まるで手負いの獣が外敵を威嚇するさまによく似ていた。
確かに彼女は私がもう一度会いたいと願った皇女であるはずだが、あの頃のような面影は欠片も見出せなかった。
「少し眠れ…興奮しては傷にさわる」
「っ…なにを」
これ以上、自虐的な発言を繰り返す彼女を見ていたくなかった。私は寝台脇にあった鎮静剤を手に取り、彼女の腕に打った。
安らかとは言いがたい寝顔で、ルルーシュは再び眠りに落ちた。
「起きていたのか…?」
その後、私が起きているルルーシュと言葉を交わしたのは実に1ヵ月後のことだった。
別宅に匿っておくことも考えたが、やはり自分の目の届かないところに置いておくことは不安で、首都の本宅へとルルーシュを運んだ。
傷の回復は思ったよりも順調だったが、ルルーシュは1日の半分を寝て過ごす日々を送っていた。
「どういうつもりだ?」
「どういうつもり?それよりも、まだ寝台から出ないほうがいい。体にさわる」
寝台に程近い窓辺に立つルルーシュは夜着のまま背を向けており、どんな表情をしているかはわからない。
ただその姿は、深夜12時を回り一層輝く月の光に照らされてとても美しかった。
私は彼女の問いをはぐらかしたが、何を彼女が聞きたいのかは判っていた。
「とぼけるな!!私の処遇だ!何が記憶喪失だ!!お前は私の素性も何もかも知っているはずだ、それなのに何故!」
私はルルーシュを本宅に運んだ際、家の者には、私が助けた記憶喪失の女性だと言ってあった。
『記憶喪失』とは便利な言葉だ。それだけで、素性がわからない者の存在を認めさせることができる。
家の者たちは危険な存在だったらどうするのだ、と渋ったが、彼女の頼りなげな風情がその意見を翻させた。
ルルーシュには何も告げなかったが、私になんの報告も上がってこなかったことから彼女が私の言葉どおりに振舞っていたことはわかっていた。
だが、どうやら彼女の忍耐も尽きたようで、昨日、私が屋敷へ帰ってくる時間を聞かれたと彼女の世話を任せている者から連絡が入った。
その時に私が屋敷に帰ってくれば必ずルルーシュの様子を見に行っていたことを伝えたと言っていたから、ルルーシュはこうして私の訪れを待っていたのだろう。
「他にどう言えと?外交の駒としてブリタニアへ引き渡したほうがよかったのか?」
私がそう言うと、ルルーシュは傍目にも判るほど体を硬直させて沈黙した。
この一ヶ月間、私は必死になってるルルーシュに関する情報をかき集めた。
虫唾が走るが高亥の伝手すら辿って些細な情報も逃さなかった。
日本がブリタニアに侵略された当時はちょうど、父が亡くなった頃で、私は家のこと以外に構っていられる余裕がなかった。
だからルルーシュが日本に送られた後、ブリタニアによる侵略に巻き込まれて死んだらしいということ以外、私は今まで知らなかった。
「いや…。助けてくれたことには礼を言う。だが…こんな籠の鳥はごめんだ」
先ほどより、勢いのない声でルルーシュは言った。
かつて妹と外交の道具として日本へやられた彼女にとって、帝国へ引き渡されることは、やはり体がすくむほど避けたい事態なのだろう。
すくんだ自分の体を抱きしめる彼女の様子に、思わず私は手を伸ばしかけた。
先日は記憶の中の面影など欠片も見出せなかったが、今私の目に前にいる彼女はあの時の少女と何故だかぴったりと重なったからだ。
妹たちのために花冠を編み、見ず知らずの私に誠意一杯の感謝を告げていた彼女と。
「籠の鳥…しかし、これ以外にはどうしようもないだろう…」
その震える体を抱きしめてやりたいと思った。
だが、慰めの言葉も、彼女の未来を開く言葉も持たない私にはそんなことなど出来なかった。
「籠の鳥」が嫌だというルルーシュだが、我が国を牛耳る高亥やその他の大宦官の情報網は侮れない。
下手に彼女を外に出せば、彼らに知られる危険がある。そうなれば、ルルーシュは彼女が自分で言ったようにブリタニアに恩を売る道具にされることは必至だ。
「お前…。この国を変えたいんだろう?」
「…誰から聞いた?」
ルルーシュがぽつりと呟いた。
確かに、私は今の祖国の現状を憂えている。
腐敗しきった大宦官たちから国の政治を取り戻して、天子様が国を治めるあるべき姿に国を戻すことが父の、そして私の願いだった。
しかし、私はその願いを口にだしたことはない。
なぜ、彼女がそれを知っている。
「以前、黎家の前当主の死についての噂話を聞いた。
新しい黎家の当主は前当主を否定して大宦官たちに膝を折ったことも聞いたが、この家の者達は大宦官たちの話を歓迎する様子は無かった。
むしろ忌々しく思っているようだったし、当主であるお前が大宦官付きの武官であることも口惜しく思っている様子だった。
以前からこの国の天子が傀儡であることは周知の事実だ。
ならば話は簡単だろう? 誰に聞くまでもない」
知略に長けたゼロ。
ブリタニア側の意表をつく作戦で、戦姫と名高いコーネリアを敗北させたゼロ。
ああ、目の前にいるのは確かにあのゼロなのだと私は納得した。
だが、私には何故ルルーシュはこんなことを言い出したのか判らなかった。
「……」
「お前が私の身を匿うという条件を呑むなら、私がその願いの手助けをしよう」
私は沈黙するしかなかった。
彼女はゼロだ。
もし彼女の知恵を借りられるならば、私の願いは成就するかもしれない。
世界に一つの超大国に宣戦布告したゼロならば。
だが。
「手助け…負ける可能性の高い賭けに乗る趣味はない」
もし私に失うものが何もなかったら、すぐさまルルーシュの提案を詳しく聞いただろう。
けれど、私には黎家の当主としての責任があり、黎家の一族、仕える全ての者たちを守らなければならなかった。
それゆえ、私にはそれ以上の答えが返せなかった。
「負け戦ではない。この国の癌は大宦官とその一派のみだろう?それなら話は早い」
表情は見えないが、何故か彼女の声は自信に満ちていた。
いったい何処からその自信が来るのだろうか。
確かにルルーシュの指摘通り、この国を変えるために排除しなければならない存在は大宦官とその一派のみ。
だが彼らは謀略に長け、変革を起こそうとする者たちをことごとく始末していくのだ。
そう、私の父を殺したように。
「ずいぶんな自信だな。だが、どこにその保障がある?」
「保障はない。だが、お前が協力するなら、その方法を教えてやる。そうすれば、きっと私の言葉も信じるだろう」
「まずは私の答えを要求するか…」
私が答えない限り、ルルーシュはその方法とやらを教えようとはしないつもりだ。
正直なところを言えば、ルルーシュの提案は私の心を強く揺さぶった。
この数年間、私は自分の心を裏切って高亥に仕えてきた。
どんなことにも耐えてきた。全ては当主としての責務と思い、耐えてきたのだ。
だが、そんな生活は私の心を疲弊させただけだった。
いつか必ず父の無念を晴らしたいと思っていても、責務に縛られて身動きできなかった。
「まあ…いますぐ答えを出せとは言わないさ」
私がいつまでも答えを返さないことに焦れたのか、ルルーシュはそう言いながらこちらを向いた。
そして、腰紐を解き、おもむろに着ていた夜着を脱ぎ捨てた。
「だが、こちらは受け取れ」
ルルーシュは夜着以外、何も纏ってはいなかった。
月明かりに浮かぶ、蒼くさえ見えるルルーシュの白い裸体。
少年のように私は戸惑った。
「なにを…」
「助けてもらった礼だ。私には、この体以外なにも残ってなどいない。施しを受けるつもりはない。だから、この体を受け取れ」
ルルーシュは誰も信じていないのだ。
目に見えるものしか信じていないのだ。
だから自分の命を助けた私に、対価としてその体を差し出すのだろう。
だが、その姿勢は少し甘いものだ。
そこに世間知らずな少女の様が見え隠れしていた。
「どうした?こんな貧相な体など要らないか?」
先ほどからルルーシュの声が少し震えていることには気づいていた。
けれど、私は敢えて知らない振りをした。
記憶の中の少女に邪な想いを抱いたことはなかったはずだが、私は確かに目の前にあるルルーシュが欲しいと思っていた。
「要らぬとは言っていない。ありがたく、頂いておこうか」
少年のように高鳴る鼓動の中、彼女の傍まで行った私は、奪うようにルルーシュに口付けた。
抱きしめた彼女の体が震えていたことにも気づいていた。
けれど、私はただ目の前にある極上の肌におぼれることを選んだ。
ルルーシュを貪りながら、彼女の提案を呑むだろう自分の浅ましさを思い、嗤った。
「………愚かなものだ」
時刻は深夜。淫靡な空気が色濃く残る寝台の上、私は眠れずにひとりごちた。
ルルーシュから取引を持ちかけられた翌日。私は、彼女に是の答えを返した。
彼女は色に負けた愚かな男だと思ったことだろうが、約束を守り、彼女の言う方法とやらを教えてくれた。
ルルーシュには不思議な力があるらしい。相手の意思に関わらず、思うままに相手を縛る絶対遵守の力だ。
御伽噺のようだったが、ルルーシュの言葉は真実だった。
その力で、必ず全てを変えて見せると彼女は言った。
その言葉の通り、ルルーシュを助けて半年以上が経った今では、様々なことが進んでいる。
大宦官に知られずにできることはないだろうと考えていた計画も、さしたる障害もなく順調だ。
そして、私とルルーシュの結婚話も進んでいる計画のひとつだった。
力の行使のため、ルルーシュ自身が大宦官に直接会う必要があり、国内できちんとした立場が必要になったからだ。
そこで私は、私の妻の座につくことを彼女に提案したのだ。
始めは難色を示した彼女も、黎家当主夫人の地位が計画の進行を早めるためにも必要だと感じたのか、了承した。
今では、私達は三ヵ月後に挙式を控えた婚約者同士だ。
「恋に溺れた哀れな男だと嗤うか?」
静かに私の傍らで寝入るルルーシュの頬に手をやって、生理的に浮かんだのであろう涙を拭った。
あれから、ルルーシュと何度褥を共にしたのだろうか。
二度目のきっかけが何であったのかはもう思い出せないが、私は数え切れないほどルルーシュと肌を合わせていた。
ルルーシュは自分の体で私が釣れるなら、いくらでも体を差し出そうとしている節がある。
だが私は、彼女の体に溺れているわけではない。彼女自身に溺れているのだ。
今だに私に心を開いてもくれないルルーシュに私は恋をしていた。
「ルルーシュ…」
始まりはきっと、十年近くも前のあの日。
あの日捲かれた種が、こんな月日を経て芽吹くとは一体誰が予想できただろうか。
彼女が起きている時には決して呼べないような、やわらかな声で私は彼女を呼んだ。
「ん…」
その時、ルルーシュは私の呼びかけが聞こえたのか、寝ぼけた声をあげた。
そして、頬にやったままだった私の手を取って自分の頬に押し付けるようにすると、私がついぞ見たこともない、華が綻ぶような笑みを見せて呟いた。
「ス…ザク……」
いとしげに、心底恋しそうに、ルルーシュはその名を呟いた。
私の手を取りながら別の男の名を呟いて、彼女は幸せそうに笑った。
『柩木スザク』
ルルーシュが日本に送られた当時の日本国首相の嫡子で、現在はブリタニア皇帝直属の騎士を務める男。
ルルーシュは柩木家に預けられたそうだから、当然嫡子であるスザクを知っていても不思議ではない。
だが、彼はゼロを殺した男としてブリタニアの軍内で英雄視されている者。恐らくルルーシュが瀕死の重傷を負わされた相手だ。
だのに夢見るほどに貴女は、その男が恋しいのか!
「そんなにも、恋しいか?」
ルルーシュをいくら抱いても、いつだって心は満たされなかった。
ルルーシュが私を見ていなかったから。
きっと他に心を移した相手がいるのだとは思っていた。
だが、それが自分を死の淵まで追いやった男で、今でもその男を想い続けているとは思わなかったのだ。
「渡しはしない。例え仮初めの妻だろうと、貴女は私の妻だ」
眠るルルーシュに言い聞かせるように、顔を近づけて告げる。
久しく切っていない私の髪が、彼女を囲うように流れた。
闇色の檻に、彼女をとこしえに閉じ込めてしまえれば、少しでも気持ちは私に向くだろうか?
「旦那様、奥様の支度は全て整っておりますよ」
「ああ、苦労をかけたな」
「いいえ、とんでもございません。
素晴らしく綺麗な花嫁姿で…支度をさせていただいた者一同、大変名誉なことだと思っております」
我が家に長く仕えてくれている女中の一人が、幾分興奮したように私に告げてきた。
今日は彼女と私の婚礼の披露目。
別の場所で婚礼衣装を身に纏って、彼女が待つ館に来た。
相変わらずルルーシュは、私に心など開いてくれはしない。
だが、今日から彼女は名実共に私の妻となる。蜘蛛の糸のように頼りない束縛かもしれないが、彼女は私に縛られるのだ。
「準備は…」
ブリタニアの習慣に則って扉を叩き、私は彼女が待つ控えの間の扉を開ける。
だが、「準備はできてるか?」と続くはずだった私の言葉はそこで途切れた。
「できてるさ」
ルルーシュが答えた声など耳に入ってはいなかった。
「素晴らしく綺麗な花嫁姿で…」そう言った女中の言葉は嘘ではなかった。
そこには、私が今まで出会った中で一番美しい女がいた。
黎家に伝わる真紅の婚礼衣装が映える白い肌、金の冠に隠れているが射干玉のように輝く黒髪、そして我が国でも古来より最上に位置づけられてきた紫の瞳を持つ美貌。
その全てが、私を魅了した。
これが今まで自分が抱いてきたルルーシュと同じ人物なのかと我が目を疑うほどの美しさだった。
花嫁衣装を身に纏う女性の姿は、生涯で一番美しいものらしい。
それは意に染まぬ相手との婚礼の時でも正しいのだろうか。
「どうした?」
何も答えぬ私に不審を募らせたのか、ルルーシュは訝しげに眉を寄せて私に問うた。
その時わずかに動いたことで、立ち上がっていた彼女の衣装が、自己主張するように音をたてた。
花嫁である彼女の衣装に描かれているのは、鳳凰。日本では『朱雀』とも言われる想像上の生き物だ。
ルルーシュはこの衣装を見た時に、「どうしてフェニックスが描かれているんだ?」と私に問うてきた。
正確に言えばブリタニアで言うところのフェニックスと、中華連邦の鳳凰は異なる存在だ。
だが、ブリタニア人の彼女に両者の起源まで説いて説明することはあまり意味がないことのように感じられた。
それゆえ、私はルルーシュに、鳳凰のことをブリタニアのフェニックスは我が国では花嫁の象徴だからだと簡潔に説明した。
「いや…なんでもない」
しかし、彼女に真実を教えなかった理由など、本当は違う。
起源を説明すれば、日本の『朱雀』のことまで説明しなければならなかったからだ。
少しでも彼女に、柩木スザクのことを思い出させたくなかったのだ。
愚かな嫉妬だとは理解していても、ルルーシュにそれを伝えることはしたくなかった。
「…お手を。”私の花嫁”」
伸ばした手に重ねられる、ルルーシュの細い指先。
今だけだと自分に言い聞かせて、私は彼女の指先を強く握った。
例え闇に染まった謀略のうちの婚礼だとしても、私の想いは真実だった。
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