「ルルーシュ、君の結婚が決まったよ」

ある日の昼下がり。亡き母と過ごした大切な思い出が残り、今では世界中で唯一、妹と自分が心安らげるアリエスの離宮にて、神聖ブリタニア帝国第三皇女ルルーシュ・ヴィ・ブリタニアは己の結婚を告げられた。
応接室のソファにて向き合う相手は、ルルーシュにとって異母兄であり、帝国宰相を務める第二皇子シュナイゼル。口元に持ってく途中であったティーカップの動きを一瞬止めたが、ルルーシュは何事もなかったかのように紅茶を口に含んだ。  
その言葉は、まさに青天の霹靂であった。それでも、ついにきたか、と諦めにも似た気持ちを持ったことも確かだ。 いくらルルーシュが軍略の才に秀でていると言っても、帝国には常にそれ以上の策を練りだすシュナイゼルがいる。軍議の席で、ことごとくルルーシュの策はシュナイゼルのそれによって退けられてきた。
それならば、有能な軍人である第二皇女コーネリアのように軍人を目指してみようかと考えたこともあった。だが、それは身体的能力の問題で困難で、即座に諦めた。  
後見がないルルーシュにとって帝国で伸し上がることが可能なのは、その優秀な頭脳を駆使することだけであったのに、それすらできなかった。そんなルルーシュの使い道は、政略結婚しか残っていない。だから、いつかは自分も帝国の駒として嫁がなければならないのだと理解していた。
それが、こんなに早いとは思わなかったけれど。

「……どなたと、とお聞きしても構いませんか?」

ティーカップをテーブルに戻して、あくまでも表面上は取り乱すことなくルルーシュは尋ねた。誰もが見ほれる笑みを浮かべているシュナイゼルは、ルルーシュにとって世界中の何よりも脅威だった。

「中華連邦、大宦官の一人である高亥殿の遠戚に当たり、彼の武官を務めている黎星刻殿だ」

黎星刻。それが、ルルーシュの夫になる者の名前だった。だが、ルルーシュにとって夫となる者の名などどうでもよかった。シュナイゼルが語った彼の身の上こそが、ルルーシュに深い意味を伝えていたからだ。

「どうした? やはり……突然のことで驚いたかな?」

はっとして見つめれば、首をかしげてルルーシュを気づかう言葉を吐く。だが、ルルーシュにはわかっていた。これは、決して『否』とは言えぬ結婚なのだと。
普通、ブリタニア帝国皇族の結婚といえば、彼らと同等の歴史を持つ世界の貴人が相手である。それも現皇帝の皇子や皇女の結婚ならば、その貴人たちの中でも最上級、ルルーシュが嫁ぐ予定の中華連邦に当てはめれば、皇帝一族が結婚相手となるはずだ。  
だが、シュナイゼルが語ったルルーシュの結婚相手は、大宦官付きの武官といえども、あくまでその遠戚だという男。明らかに、ブリタニア帝国の皇女を貰い受けるには身分が足りない。通常、一笑に付される相手だ。だが、その結婚が決定されたのは、帝国側、この話をまとめたシュナイゼルに思惑があり、なおかつ、そのような相手にも嫁がせても構わない皇女がいたから。  
後ろだても何もなく、帝国にとってはいてもいなくても構わない皇女たちがいたからだ。  
恐らく、ここでルルーシュが結婚などしないと言っても、妹のナナリーにこの結婚は舞い込むだけだ。その時、ルルーシュにそれを止める力はない。  
ルルーシュは、諦めに唇をかみ、口を開いた。

「兄上。ひとつだけ。私の願いを聞いてくれませんか?」
「なんだい、ルルーシュ。もちろん、何でも言ってくれ」
「私が中華連邦に嫁いだら、ナナリーのこと、どうかよろしくお願いします」

頭を下げてルルーシュは懇願した。それが、ただ一つ、残していくナナリーにできる唯一のことだったからだ。

「もちろんだよ。ナナリーは私の妹でもある。ルルーシュが居なくなったら寂しがるだろうが、私が責任を持ってあの子の面倒をみよう」

まるで、ルルーシュの言葉を待っていたと言わんばかりの素早さでシュナイゼルは答えをくれた。きっと自分はシュナイゼルの筋書き通りに動いたのだろう。わかっていても無力なルルーシュは、道化のように義兄の描いた舞台で踊らなければならない。  
ルルーシュは優雅な所作でソファから立ち上がると長いドレスの裾をつまみ、完璧な貴婦人のお辞儀をした。

「神聖ブリタニア帝国、第三皇女ルルーシュ・ヴィ・ブリタニア。黎星刻殿との婚姻、ここに謹んでお受けいたします」 

自分に力がないと、がむしゃらに足掻いた時間はとうに過ぎた。ルルーシュは、最愛の妹が穏やかに暮らせるならば、何だってできた。例え、ルルーシュ自身がどうなろうとも。

再び見上げたシュナイゼルの顔はとても満足げだった。




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