「で、どこに行きましょうか、姫？」

ルルーシュの手を引いていた男は、確かに重なる面影を残した顔で笑った。

『殿下！また、またお会いしていただけませんか！』

あの日。

アリエスの離宮が閉鎖されたあの日、ただ一人ルルーシュを訪ねてきた学友の一人。
帝国でも屈指の名門であるヴァインベルグ家のジノ。
十年前、ルルーシュの婚約者候補だった学友の一人だ。
所詮は庶出の皇女と、表面だけはつくろっても内心ではルルーシュを軽んじていることを隠せない学友たちの中で、ジノだけがルルーシュを一人の皇女として見ていた。
言葉を交わしたことなんてほとんどなかったが、共に過ごしていれば雰囲気で分かる。
だから、最後にジノが自分に会いに来た時も甘えるように、愚痴めいた非難をジノに言ってしまったのだ。
きっと他の者が来ていたら、もっと毅然とした態度をとって、慰めの言葉など一笑の元に跳ね除けただろう。
十年という月日が流れたというのに、こんなにもジノという男を覚えている自分自身にルルーシュは驚いていた。

「その”姫”は止めてくれ…」

笑顔で自分を姫と呼ぶジノ。
姫、確かにルルーシュはそう呼ばれる立場であったが、今は違う。
もっとも、あの頃だとてルルーシュは姫とはあまり呼びかけられることはなかった。

「じゃあ、殿下でどうでしょうか？　”トリスタン”がエスコートするんですから」

目の前の男は自分が、あの”ルルーシュ・ヴィ・ブリタニア”だと気づいていないのだろう。
”トリスタン”と名乗っている男は、物語に例えて自分を「殿下」と呼びたいと言ってきた。
おどけた騎士の振りを徹底するのだろうが、行き過ぎではないだろうか。

「不敬にあたるぞ…」

ルルーシュはこれっぽっちも思っていなくせに、そう言った。
本当は、否の返事をすべきだったのかもしれない。
だが、ルルーシュ自身、この男に「殿下」と呼ばれることが懐かしく心地よかった。 それは、失った皇族という地位への未練からではなく、戻ることが出来ない日々への郷愁から覚える気持ちだった。

「大丈夫ですよ。ほら殿下。早く行きましょう！」

そう言うと、ジノはルルーシュの手を引いて歩き始めた。
輝くような笑顔のジノ。
優しげだが、おとなしかった少年とは似ても似つかない行動や言葉だ。
だが、その笑顔だけは、アリエスの離宮で共に過ごしていた時、ルルーシュに向けていたものと同じだった。

「おかしな男だな、”トリスタン”」

変わらないその笑顔に、無意識のうちルルーシュの顔も強張りが解けていた。



「あ、申し訳ありません、殿下。少しよろしいですか？」
「…何だ？」
「いえ、共に来たものがいるのですが、事情を話してまいりますので」

会場から少し離れてたところまで歩いてくると、ジノは突然足を止めた。
そして、その連れの元へだろうが走り出そうとした。

「それな…」

それならば、もうデートはいいだろう、とルルーシュは言葉を続けようとした。
ルルーシュは、やはり皇族時代の自分を知っているジノと共にいることが怖くなったのだ。
郷愁と言う個の感情だけからジノと共にいることは、いまのルルーシュにはリスクが高すぎた。 スザクや皇帝に『魔女の生餌』として監視されている今は、ほんの少しの危険すら冒さない方が得策だ。

「すぐに戻りますから！…ってアーニャ！」

ジノはルルーシュの言葉を聞かず走り出そうとしたが、直ぐに急ブレーキをかけたように立ち止まった。
その目の前には、ピンクのふわふわとした髪を結った少女がいた。 おそらく、この少女がジノの言う連れなのだろう。
そう一瞬で考えたルルーシュだったが、ピロリーンという間抜けな音が聞こえて、 中途半端な姿勢のまま固まってしまった。

「………記録、ありがとう」

携帯端末のカメラを向けて、明らかに写真を撮られた。
一瞬の出来事だったので、ジノもルルーシュも、声を出すこともできず固まってしまった。
ルルーシュは自分で、口を半開きにしたままだったことに気づき、さぞかし間の抜けた顔をした写真になってしまっているだろうと、変に冷静なことを考えてしまった。
いち早く立ち直ったのは、ジノで立ち去ろうとする少女にハッとして声をかけた。

「ちょ、アーニャ待て！」
「……なに？」

ことの成り行きに呆然としていたルルーシュだったが、ハッと現実に立ち返った。
ハッとしたらハッとしたで、今まで何とも感じなかった踵が痛みを訴えていることに気づいてしまった。
普段、履くことのないヒールのある靴が原因だ。 はしたないとは思っても、痛みには勝てずドレスの裾を持ち上げて靴を脱ぎ、踵の具合を確認してみた。

（見なければよかった…）

幸い、皮は剥けていなかったが、赤く腫れていて今にも皮がめくれそうな様相だった。
痛みを堪えて、ルルーシュはもう一度靴を履きなおす。
ジノは、あれやこれやと連れの少女に話をしていた。 何とかジノとの時間を失くしてしまおうと考えていたのだが、これでは逃げ道がなくなってしまったも同然だ。
ああやはり午後中、ジノと共に過ごすことになるのだな、とルルーシュが諦めた時だった。

「それと、もう一個」

どうやら話をつけたらしいジノが、俊敏な身のこなしでルルーシュのところに走ってきた。

「おい…」
「ご無礼を！」

そうして、あまり無礼とは思っていない顔でルルーシュの腰を抱き寄せて、もう片方の手でルルーシュの手を取り 「殿下との写真、もう一回撮って！」と少女に言った。
ルルーシュは一応、小さな声で咎めたのだが、どうにも邪気のないような顔を向けられると強く出られない。
それは、懐かしい記憶の男だからか、邪気のない柔和な笑顔が一年前の誰かとだぶるからか。

「じゃーなー、アーニャ！…さて殿下、まずは…」
「あの子を放っておいていいのか？」

またも間抜けな音を出して写真を撮っていった少女は、すぐに背を向けて立ち去った。ジノは、呑気にその背に向かって手を振るとルルーシュに微笑んで、再び歩き出した。
今度はルルーシュがジノの言葉を遮る。
ルルーシュは、自分の腰に添えられたままの手のことも、ものすごく気になってはいたが、取り合えず何時だって自分とのデート権は放棄してもいいのだと言いたかったのだ。

「ええ、殿下がお気になさらなくても大丈夫ですよ。アーニャとはいつでも遊べますし」
「…いや、私が言いたいのは」

だが、ジノはわざとやっているのではないかと思うほど外した考え方でルルーシュの言葉を受け取っていた。
その勘違いを正そうとルルーシュが口を開こうとした時、ジノの声がルルーシュのそれに重なった。

「お、あまり人がいないな。好都合ですね。殿下、馬はお持ちですか？」

あてどなく歩いているとばかり思っていたジノは、どうやら馬術部のブースを探していたようで、たどり着いた場所はルルーシュもよく知るアッシュフォード学園の厩舎近くの受付会場だった。
ジノの問いに、自分のペースを乱されているルルーシュは素直に答えてしまう。

「馬？　ああ、いつも乗る馬ならいるが…」
「あ、そこの君。殿下、ルルーシュ殿下の馬を連れてきてくれ」
「こんな時まで”殿下”と呼ぶな！」

ジノは、ルルーシュへの呼びかけを「殿下」としたまま、受付にいた男子生徒に言付けた。
お遊びだとしても、ここまで徹底しなくていいものを。
言っても聞かない男だと、ルルーシュもこの短時間で学んでいたため、脱力してしまった。
あの感受性が豊かな、繊細そうな少年がよくもここまで別人のように変わったものだとルルーシュは考えてしまう。
「殿下」とジノに呼ばれるたび、一つ一つ、懐かしい思い出が蘇る。
それは、いま現在の罪をルルーシュに思い出させた。
だが、つらいばかりなわけではない。
ジノの屈託ない笑顔が、スザクとのことで揺れ動き、傷ついていたルルーシュの心を確実に慰めていた。
学園でのほとんどの時間を共に過ごしている生徒会メンバーではなく、十年以上も会っていないブリタニア貴族であるジノに癒されている。
昔、一番辛い時にジノへ甘えを見せてしまったルルーシュの心は、無意識のうちに同じことをしようとしていたのだ。

「お前は人の話を聞かない男だな…」

だから、ジノがやることなすことにルルーシュは本気で怒ることが出来なかった。
結局、口をついて出てきたのは、好意から心底呆れているとしか思えないような言葉だけだった。
ジノはそんなルルーシュの言葉に、ただ会話ができるだけでも嬉しくてたまらないという顔をして笑った。

「持ってきました！　こちらが副会長の”ナイトメア”です」

そうこうしているうちに、ルルーシュがいつも乗っている白馬、ナイトメアを連れた先ほどの男子生徒があらわれた。
元々、馬術部の馬として購入されたナイトメアだが、その気性の荒さと気位の高さから誰も乗りこなせる者がいなかった。 だが不思議なことに、ルルーシュにだけはおとなしく従い、その背に騎乗することを許していた。 だから今では、ルルーシュ専用の馬になってしまっている。
ルルーシュ自身運動は得意ではないが、幼い頃に母から鍛えられた乗馬だけは得意であり、この一年、暇さえあればロロに乗馬を教えながらナイトメアに乗っていた。

「今日一日、よろしくな。ナイトメア」
「お前、これに乗るつもりか？」

そういう理由がナイトメアにはあるため、ルルーシュはジノの言葉に心底驚いていた。
いや、ジノの言葉だけではなくナイトメアの態度にもだ。
ジノはその額あたりに手をやってナイトメアをなでていた。
男子生徒は、ナイトメアをつれてくると早々に退散した。きっと厩舎からここまで連れて来るのだけでも、そうとうの労力をようしたからに違いない。 ナイトメアは、ルルーシュ以外まともに扱えないのだ。ルルーシュが世話をするときには大人しいのだが、他の者がやろうとするとまさに「世話をさせてもらっている」と言う状態になってしまう。
だから、ナイトメアがジノに大人しくされるがままになっていることに驚いたのだ。

「ええ。でも…」

ジノは笑ってるルルーシュの問いを受け止めたが、それに答える前にルルーシュの腰に両手をやった。

「え…？」

声をあげる間もなく、ふわりとルルーシュの体は抱き上げられ、すとんとナイトメアの背に乗せられていた。

「殿下もお乗りください」

始めは何が起こったのか、ルルーシュも自分でわからなかった。
だが、自分がジノに軽々と抱きかかえられてナイトメアに騎乗させられたと理解すると、自分でもそれと分かるほどに頬に血が上った。
しかし、馬上では自分の足を使わなくていいので、靴擦れをおこしていたルルーシュにはありがたい提案だった。
まさか自分の怪我に気づいて…とルルーシュはハッとしてジノを見つめた。
すると、ジノは蕩けるような視線で自分を見つめてた。その甘い瞳に、ルルーシュの鼓動はますます乱れた。

「殿下、学内の案内はお任せできますか？」

ジノは、そう言うとナイトメアにひらりと飛び乗った。
ナイトメアは大人しくジノに手綱を預け、その背に乗せることを許している。
囲うようにまわされた腕に、ルルーシュは何故だか安堵してしまった。
こんな風に誰からも守ってやるというように腕を回されたのは、マリアンヌの死後、CC以外では初めてだったからだ。
後に振り返れば、満面の笑みを讃えたジノ。
ルルーシュは、この午後だけはジノのために、少しだけ自分に安堵をくれたジノと過ごそうと腹を括った。



「…そうですか、殿下には弟君が…」
「ああ。私のたった一人の家族だ」

ナイトメアに乗りながら、ルルーシュとジノはたわいのない話をしていた。 主にジノがルルーシュのことを聞きたがり、ルルーシュばかり喋っていたのだが。
ルルーシュが家族のことを口にすると、鸚鵡返しにルルーシュの言葉を呟きジノは沈黙した。
やはりジノは、自分をルルーシュ・ヴィ・ブリタニアだと感づいていたのかもしれない。だが、今のルルーシュの発言でその可能性は完全に否定されたはずだ。 皇女ルルーシュに、実の妹はいても弟はいないのだから。

「ところで、”トリスタン”」

だから、ルルーシュはもう一度ジノに提案すべく口を開いた。

「なんでしょうか？」
「…やはり、その言葉使いやめてもらえないか？　ここにはお前と私しかいないのだから、騎士の振りをする必要なんてない」

ジノから「殿下」と呼ばれることは、ルルーシュ個人としては別によかった。
だが、こうも二人きりの時にしきりに呼ばれては、ルルーシュとてどこでぼろをだすか不安になってきたのだ。
うっかりと、懐かしい、などと言ってしまうかもしれない。
ごまかせる自信はあるが、不安の芽は摘んでおくことに越したことはない。

「…ご迷惑でしょうか？」

先ほどまでの弾んだ声から一変したジノの声に、ルルーシュは後を振り返った。
すると、ジノが大型犬が主人に叱られたような表情でルルーシュを見つめていた。 精悍な面差しを持つジノのそんな表情に、ルルーシュの胸は無性に締め付けられた。

「いや、迷惑だとは…だが」
「では出来る限り、崩した言葉を使いますから。ですが、”殿下”と呼ぶことは許してください…」

思わずルルーシュは言い淀んでしまうが、ジノは懸命な様子でルルーシュに懇願してきた。
ああ、やはり男は、あのジノなのだな、とルルーシュは思ってしまった。
その情けない表情が、泣いていたあの日のジノと同じだったから。
随分気が強くなり言葉や行動が別人のように変化していたが、根の部分はやはり変わらなかったようだ。
そう思ってしまうと、ルルーシュはジノに強く言えなくなってしまう。 無意識にルルーシュは、ジノに甘かった。

「許すも何も…ああ、もういい。好きにしろ」

自分が気をつけるだけ気をつけよう、ルルーシュは決心してそう言ってしまった。
おそらくジノは言うことなど聞かないだろうなと思ったから、とルルーシュは自分に言い訳した。

「ありがとうございます、殿下」

ルルーシュの答えを聞いたジノは、子供のように目を輝かせて喜色を浮かべた。
その顔を見るだけでルルーシュの心には、穏かさが染み渡ってくる。

「…本当におかしな男だ」

だから自分への呆れを隠して、ルルーシュはジノへの呆れのように言葉をつむぐしかなかった。



「なんて愚かなんだ、私は…」

ジノと踊り終えたルルーシュは、一人になりたくて人気のない屋上を目指していた。
ジノの求めにより、一曲だけという約束で踊ったワルツ。
ダンスを申し込んできたジノは、”トリスタン”という仮の名を脱ぎ捨てて、”ジノ・ヴァインベルグ”としてルルーシュにダンスを申し込んできた。
その時の周囲の反応で、ルルーシュはようやっと思い出したのだ。
自分を売った代償にスザクが得たナイトオブラウンズの地位。 現在、その�ｂRを務めているのが帝国屈指の名門ヴァインベルグ家のものだったことを思い出したのだ。

「ジノ…ジノ・ヴァインベルグ…」

�ｂRの名前は確かに知っていた。 だが、それが自分の記憶の中のジノと結びつかなかったため、ルルーシュはあのジノをナイトオブラウンズだと認識できなかったのだ。
自分の間抜けさに笑い出したい気分だ。
だが。

『今日が終わっても…また。またお会いしていただけませんか？』

ジノは、あの時と同じ言葉を使ってルルーシュに懇願した。 それは、やはりルルーシュが”ルルーシュ・ヴィ・ブリタニア”と認識しているから出た言葉だろう。
皮肉を込めた「私に会う暇などないだろう、ナイトオブスリー？」 との問いに、ジノはキッパリと断言した。

『いいえ。貴女にお会いできるならいくらでも時間はつくります』

その答えに、例え今ルルーシュが否と言ったとしても、ジノは再びルルーシュの前に現れる気がした。
機情や帝国の命令で動いているのかもしれないと一瞬疑惑が胸をよぎったが、ジノに不審な様子は見られなかった。
それより何より、ルルーシュは気づいてしまったのだ。
ジノが、心から自分を求めていることに。

『……馬鹿な男だ』

だからルルーシュの口からは、そう言葉が漏れてしまった。
目の前の自分は、ジノが知っている十年前のルルーシュではないのに、同じ言葉をつむいで自分にまた会いたいなどと言うジノが哀れでもあり、いとしくもあった。
だからせめてもの優しさでルルーシュは、明確な答えを与えなかった。
求める人間に拒まれる辛さをルルーシュはよく知っていたから、自分にひと時の安堵をくれたジノにそんなことをしたくなかったから。

「本当に、馬鹿な男…」

ルルーシュは、輝くようなジノの笑顔を思い浮かべながら呟きつつ、屋上への扉に手をかけた。

「スザク…か？」

そうして、屋上に足を踏み入れたルルーシュが見たのは柵に背を向けて座り込んだスザクの姿だった。
ルルーシュは、今朝、生徒会室で別れてから日中スザクと会うことはなかった。
ミレイの話では、スザクには日中ずっと裏方の仕事を任せていたが、ダンスパーティーの時間から姿が見えなくなっていたらしい。
スザクと顔を会わせないことでルルーシュの心は随分凪いでいたが、先ほどのジノとの一件で漣が立ち始めていた。

「ル、ルーシュ…？」
「なんでこんなところに居るんだ…会長が探していたぞ？」

無視するわけにもいかず、ルルーシュはスザクに話しかけた。
しかし、どうにもスザクの様子がおかしい。
まるで幽霊でも見たかのように自分を見つめている。

「どうした、座り込んで？　気分でも悪かったのか？」
「ルルーシュ、君、ダンスパーティーは…？」

たいが自分もお人よしだと思いながらも、ルルーシュはスザクの目線に合わせて座り込んだ。
怯えているようなスザクの姿がルルーシュには信じられなかった。

（これは自分を売った男…）

自分を言い聞かせてみるが、どこからともなくスザクを恋しいという思いがわいてくる。
憎むべき、裏切り者のはずなのに。

「ルルーシュ…！」

次の瞬間、スザクに名前を呼ばれながら縋りつかれて、咄嗟にルルーシュはその体を受け止めてしまった。

「スザク…本当に、どうしたんだ？」

本当に、自分は恋心を捨て切れていないらしいと、ルルーシュは自身に呆れてしまった。
自分に縋りつくように抱きつく、恋した男の頭を抱きこむ。

「今だけ、こうさせて…」
「それはいいが…本当に何かあったのか？」

抱き込みながら、その猫毛を梳いてやると子供が母親に甘えるようにスザクはルルーシュに擦り寄った。
ルルーシュは、ふと丁度一年前のことを思い出した。 考えてみれば、あの学園祭の前日が只のルルーシュとスザクとして過ごせた最後の時だった。
あの時、自分は最後だからとスザクに縋りついた。
まるで、いまの姿はあの日と反対だ。

（いまさら私に何を求める、スザク）

望みのものを手に入れたならば、自分の心をかき乱すのをやめてくれ。
こんな触れあいえなければ、スザクを完璧に敵とみなしてあらゆる手段を取れるのに。

「今日はおかしくなるのが多いな…ロロもなんだか変だったし…」

ルルーシュは、自分を見失う前にと、たわいもない話を始めた。
あえてロロの名前を出したのは、この一年の間に自分が受けた屈辱を思い出すためだ。
だが、腕の中のスザクが「ロロ」という名に反応した。

「僕は弟じゃないよ…ルルーシュ」
「知ってるよ、スザ…ク…？」

スザクの反応に気づかぬ振りをしたルルーシュだが、腕の中から伸び上がるようにして顔を近づけてきたスザクにルルーシュの声は途切れた。
真剣なスザクの視線に、悲しみをたたえた瞳に動けなくなった。

「弟、じゃないんだ…」

スザクは掠れた声で告げながら、ルルーシュに口付けた。

（知っている…お前は弟ではないし…ロロも”弟”じゃない）

スザクの口付けを受けながらルルーシュは、心の中で呟いた。
これはスザクの懺悔なのだろうか。
もしかしたら、自分達はひどい誤解ですれ違っていただけなのかもしれないと、ルルーシュは愚かな思いを抱いてしまった。
だが、例え自分達がすれ違っていただけだとしても、この恋に未来はない。
全ては、もう手遅れだ。

（これが、本当に最後だな…スザク…）

ルルーシュは、静かに瞼を伏せて、最後の口付けに一筋だけ涙を流した。

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