※「僕のお姫様」「異文化ディスコミュニケーション」前提

「おかしな男だな、”トリスタン”」

そう言って笑う美しい人は、記憶よりも成長した殿下に違いなかった。
けれど、ご自分の生まれも妹君のことさえお忘れになっているようだった。
焦土となったこの土地で生きていくため、それほど辛い思いをされたのかもしれない。
ですが、殿下。
今度こそ、俺が何からも貴女を守ってみせます。
俺はもう、あの頃のような非力な子供ではないから。


「へー、普通の学校ってこんな感じなんだな」
「……わたあめ食べたい」
「わたあめ?何だそれ?」
「…スザクがおいしいって言ってた」

EU戦の最前線から呼び戻されてすぐ、誉れ高きナイトオブラウンズの一員であるジノ、アーニャ、そしてスザクはエリア11に派遣された。
エリア11。
そう帝国の反逆者『ゼロ』がいるエリアだ。
ジノ自身は、ゼロのことを、ロイドによる最新鋭の機体を操る自分達三人を一度に送るほどの相手ではないと思っている。 ゼロに並々ならぬ執着があるらしいスザクは別として、自分とアーニャはあのままEUとの戦いにてもよかったのではないかと考えていた。
だが、それでもエリア11に来たのは命令だったこともあるが、何よりジノがこの土地を一度自分の目で見たかったからだ。
生涯を、忠誠を捧げると決めた皇女が亡くなった土地だったから。

「それにしても、何でスザクあんなに来るな!って言ったんだろうな?」
「…知らない」
「ああ言われると、何がなんでも来てみたくなるじゃんか。なあ、アーニャだってそう思わないか?」
「…わたあめ」
「だから、わたあめってなんだよ」

微妙にかみ合わない会話を繰り広げながら、ジノとアーニャはスザクが昨日から通っているアッシュフォード学園の学園祭を存分に楽しんでいた。
ジノは10を過ぎる頃まではずっと皇族方の学友として共に宮廷で勉学に励み、その後は軍の士官学校に進んだ。 それゆえ一般的な学園に通ったことはなかったので、アッシュフォードの学園祭というものは、ジノの目にはひどく新鮮に映った。
この学園に通う同僚のスザクは、昨夜強く学園祭には来るなと念押ししてきたのだが、天邪鬼なところがあるジノにスザクの行動は逆効果だった。
一人で行くのもつまらないと思い、同じく同僚のアーニャを菓子で釣ってこうしアッシュフォード学園へやってきた。

『え〜ご来場くださいました皆様、我がアッシュフォード学園の学園祭を楽しんでいらっしゃるでしょうか! 生徒会長のミレイ・アッシュフォードでございます! 』

「なんだ?」
「あ…りんごあめ」

屋台が立ち並ぶ校庭を歩いていると、突然元気の良い女性の声が放送され、ジノもアーニャも、道行く人も思わず足を止めて放送に耳を傾けた。
もっともアーニャは、偶々そこにあった屋台の売り物に目をとめて立ち止まっただけだったが。

『ただ今より、本日のメインイベント、「私の騎士は誰?美貌の生徒会副会長、ルルーシュ:ランペルージとの一日デート権をかけたトーナメント大会!」の出場者登録を始めます!
トーナメント方式はいたって単純、レプリカの剣を用いた一対一の勝ち抜き戦!商品は、我がアッシュフォード学園生徒会が誇る美女・ルルーシュ・ランペルージとの一日デート権! 後夜祭のお楽しみ、ダンスパーティーまで彼女を拘束できる権限をあたえちゃうぞ!出場資格は無し!生徒も一般の方もふるってご参加あれ!』

『健闘を祈るぞ、諸君!』と明るく締めくくられた放送の後、そこかしこで男子生徒たちが「ウォォォォ―!!」と雄たけびをあげて、気合を入れている。 中には、「こちら登録会場☆」という案内の方向に突進していく生徒の姿もある。
一般の参加者は、そんな生徒たちの行動に弱冠気後れ気味だ。

「『ルルーシュ・ランペルージ』…ねえ…」

男子生徒たちの様子を見る限り、放送にあった『美女』という文句に偽りはなさそうだ。
だが、ジノにとっては美貌がどうとかよりも、その副会長の名前の方が気になった。
『ルルーシュ』
それは、ジノにとって唯一無二の名前。
市井の者は皇族にあやかって名前をつけることが多々あるため珍しい名前ではない。
だが、ジノは『ルルーシュ殿下』が死んだ土地で、その名を聞くことになるとは思わず、何故か縁のようなものを感じた。

「これは…やるしかない、ってことだよな」

ジノは「楽しみだな」と呟いて、取り合えずアーニャに自分もこのトーナメントに参加する旨を伝えようと思い隣を見たが…。

「あれ?アーニャ?」

アーニャの姿は隣になく、迷子か!?とジノはきょろきょろとあたりを見回す。 すると、アーニャは近くの屋台の目の前でじっと売り物を見ていた。

「……ジノ、これ買って」

水飴が塗りたくられた林檎を指差して、アーニャは淡々とジノに言った。
あまりにもマイペースのアーニャに少し脱力しつつも、ジノはアーニャ指定の林檎飴を奢り、トーナメントへ参加する旨を伝えたのだった。



「ジノ…お前、来るなってあれほど言ったじゃないか…」
「おいおい、今は”トリスタン”って呼んでくれよ」

大勢の観客が見守る中、本日の目玉である「私の騎士は誰?美貌の生徒会副会長、ルルーシュ・ランペルージとの一日デート権をかけたトーナメント大会!」の決勝が、もう間もなく始められようとしていた。
優勝者が決まれば、パフォーマンスとして優勝商品でもあるルルーシュ・ランペルージが登場して、騎士叙任式の真似事をすることになっている。
それゆえ、観客達は今か今かと決勝の結果が出るのを待っているのだ。
その決勝に進んだうちの一人は、学園の生徒で生徒会書記でもある、柩木スザク。
学園生徒の中でも随一の身体能力を誇るスザクが相手では仕方がないと、彼に敗北を喫した生徒たちは優勝商品に未練を残しつつも引き下がるしかなかった。
そして、もう一人の決勝進出者は何故か「トリスタン」と名前を登録している一般の参加者だった。
どこか人を喰ったような表情で華麗に決勝まで駒を進めてきた彼は、その物語から抜け出てきたような容姿で女生徒たちから圧倒的な歓声を受けている。
もちろん、その「トリスタン」とはジノのことだ。
帝国の中でも最高の騎士―ナイトオブラウンズbRであるジノにとって、どんなに屈強な猛者が相手だろうとそんなことは問題ではなかった。
今ではナイトメアフレームの操作技術がものをいう軍部だが、ナイトオブラウンズのメンバーはその技術に加え、このような実践的武術においても一流の力が求められる。
ジノも当然、剣術の心得がある。

「じゃあ”トリスタン”。何で来た?」
「怖いな〜。だって、お前があれほど来るなー!って言うから気になっちゃってさ。アーニャもいるぞ」

そう言いながら持っていた剣でジノが指した先には、たくさんの菓子に囲まれて見た事もないほど機嫌がよさそうなアーニャがいた。
その様子を呆れつつみたスザクは半目で、目の前にいるジノを睨んだ。
何故こんなにもスザクが拘るのかわからないが、ここまで感情をむき出しにするスザクというのをジノは初めて見た。
それが余計に面白くてジノは、近くに居た司会を呼び寄せる。

『はいはい何でしょうか〜?』
「ねえねえ、これ真剣に変えちゃダメ?」
『真剣ね、真剣…って、えええええええええええ!?』
「おいっ」

素っ頓狂な声をあげた司会にもジノは満面の笑みで、手元にあるレプリカの剣を器用に回している。 それを咎めるスザクだが、ジノは「まあまあ」と宥めながら続ける。
会場も突然のジノの発言にざわついている。

「俺、このレプリカだと軽いんだよ。やっぱり決勝だからこそ、最高の形で勝ちたいっておもうでしょ?」
「ジノ!」
「だーかーら!! 俺は”トリスタン”!」
『会長〜!ってことなんですけど…どうしたらいいですか〜』

ジノの突然の申し出に、スザクは明らかに憤った表情でジノを咎めたが、本人はいたって飄々としている。
司会者は、マイクを通して助けを呼んでいる。
すると、何処からかジノがこのトーナメントを知った放送と同じ声が聞こえてきた。

『真剣!なんていう提案でしょう!まあ、スザク君なら大丈夫でしょうけれどねえ…ちょっと問題が…』
「大丈夫ですよ。俺もコイツと同類ですから、責任は自分達でとります。私たちの務めの一環として、この決勝の場をお貸しくださいませんか? ミレイ・アッシュフォード嬢」

ジノはそう言うと何処にいるとも分からない会長に向かい、優雅に礼をした。
会場の女性のほとんど、そして男性すら、その身のこなしに見蕩れた。
それほどに、ジノの一連の立ち居振る舞いは観客を魅了した。

『そう、言われてしまうと……では、相手のスザク君と協議して決めてください。あくまでも訓練と貴方が仰るのでしたら、構いません』
「ありがたき幸せ…」

一瞬の躊躇いのあと、会長はそう言って許可を出した。
いや、ジノが許可を出させたと言っても過言ではない。
会場にいた何人がジノの本当の言葉の意味に気づいただろうか?
現在スザクがナイトオブラウンズの一員であることは周知の事実であるが、他のメンバーの顔を知っているものはあまりいない。
スザクが広く顔を知られているのは、俗に言う「オレンジ事件」とユーフェミアの騎士任命があったからだ。
スザクと同類というのだからジノの身分はよくわかるだろうし、『務めの一環』という言葉を使ったことも効果があった。
また、ジノがナイトオブラウンズであるということよりも、今回はジノ自身の生まれがものをいった。
ジノはこのアッシュフォード学園が、かつてルルーシュの後見を務めていた家だったことを知っていた。 それゆえ、どこからか見ているアッシュフォード家の者ならば自分の姿を見て、誰だか判断できると踏んだのだ。
下位のものが上位の者に服従するのは貴族社会の鉄則。
ずるい手段だとは知っていたが、ジノはそうまでして感情を出したままのスザクと本気で戦ってみたかったのだ。
いつの間にか自分の目的が変わっていたことは気づいていたが、これはこれと状況を楽しんでいるジノだった。

『さあ!会長が黙認だそうです、対するスザク君、どうしますか!?』

ぴりぴりとした空気に耐え切れなくなってきのか、司会者はジノにも分かるほど冷や汗をかいている。
問いかけられたスザクはしばらく黙っていたが、おもむろに口を開いた。

「会長!申し訳ありませんが日本刀、お貸しいただけませんか?」
『スザク君!?』『おいおい、スザクゥゥ!!』

スザクの口から出てきたのは、明らかにジノの申し出を受ける台詞。
それに驚く会長と司会の声が重なって会場に響く。もちろん観客はワッと沸いて、この事態を心底楽しんでいるようだった。

「やったねー!こんなお前と戦えるなんてツイてるなあ、今日の俺」
「何かあったら君が責任をとってよね、”トリスタン”」
「まあ、何かあったら、それは俺が全部責任とりますよ、もちろん。…本気でこいよ、スザク」
「…ああ、そうさせてもらうよ」

すぐさま二人の下には、日本刀と真剣が届けられて決勝戦が始められることとなった。



『勝負あり!!』

レプリカではない剣による前代未聞のトーナメント決勝戦は、大勢の観客が見守る中、白熱した試合となった。
中世の騎士のようなスタイルで戦うジノと明らかに日本古来の剣術だと分かるスザクの試合は、息も付かせぬ攻撃と防御の応酬が繰り広げられ、このまま永遠に決着がつかないのではないかと思われた。
だが二人の力が互角だろうと、その手に持つ武器はそうではなかった。

「はぁ…、おま…こんな、つよかったんだ、な」
「なんだ、と、思って、たんだよ…」

雌雄が決した直後に、疲れ果てた二人は決勝の舞台となったステージに突っ伏した。
乱れた息の間から、互いを認めあう言葉が出るジノとスザク。
勝負あったの声とともに、会場は盛大な歓声に包まれて二人が互いに言う言葉は中々聞き取れない。
それほどの大歓声。司会も、二人の凄まじい試合に判定をあげる声が遅れた。

「ジノ…くやしいが、君の…勝ちだ」
「嫌だ。あんなの勝ちだなんていわねーよ。再戦しろよスザク」

先に立ち上がったスザクは、そう言ってジノに手を差し伸べる。
不承不承といった感じで、手を取り立ち上がるジノ。
勝負に勝ったのはジノだった。
何度目になるか、刃を合わせてにらみ合っていた二人だったが、その時、スザクが手にしていた日本刀にヒビが入り根元からぽっきりと折れてしまったのだ。
勝負に集中していたジノは、咄嗟にその隙を逃さぬようにスザクに首に持っていた刃を突きつけた。
それが、決め手だった。

『ななななな、なんっていう決勝戦だったんでしょう!!みなさん見ましたか!?ちょっと、映像班ちゃんと撮ったか!?』

互いに讃えあうジノとスザクを放って、司会は興奮しきって観客達に話しかけたり、記録係の映像班に確認をとったりしている。
観客達も彼に負けず劣らずの興奮具合だったが、司会はステージの裏側から出てきた男子生徒に何やら耳打ちをされて、先ほどまでの興奮した表情から一片、少し引き攣った笑顔を浮かべた。

『ええと…では、優勝者は白熱した戦いの末ついに決まった”トリスタン”!! 優勝者には、お約束の我らが生徒会副会長ルルーシュ・ランペルージとの一日デート権!  それでは今日一日騎士の”トリスタン”を副会長自ら、騎士に任じてもらいましょう!!』

そう司会は言うと、ジノの元に駆け寄ってきてこれから行われるパフォーマンスの順序を手早く説明する。
一応聞いておこうか、とジノはその話に集中していたので気づかなかった。
瞳を眇めてステージの裏方の方を見つめるスザクに。

「了解しました、ちゃんとやりますよ」
『お願いしますよ!では登場していただきましょう、ルルーシュ・ランペルージ”姫”です!!』

ジノは司会者がまた定位置に戻ると、その場で膝を突いて頭を垂れた。
スザクは、ステージ上から降りたようでジノのそばにはもういなかった。
ジノが司会者から聞いた手順は、なんのことはない。皇女殿下たちが行う叙任式そのままの手順だった。
何度か、その式に出席したことのあるジノは手順を聞くまでもなかったと思った。
最初は優勝商品にされている美貌の副会長見たさに参加したトーナメントだったが、思わぬ幸運にめぐり合った。
かねてより余り感情を表に出さなかったスザクと、感情のまま本気で戦えたことでジノは満足だった。
そう、最初の目的を忘れ、余韻に浸るほど満足だった。
だから、ジノは先ほどまであんなにも歓声で揺れていたステージが水を打ったように静かになっていることに中々気づかなかった。

(なんだ…?)

ようやく、周囲の変化を感じ取ったのは直ぐ傍で衣擦れの音がした時だった。
頭を垂れたままのジノには、真っ青なドレスの裾しか見えなかったが、すぐ傍まで学園の生徒会副会長が来ていることがわかった。

「汝、ここに誓約を立て、私の騎士として、私に今日一日仕えることを望むか」
「…イエス、ユハイネス」

静まった会場に、女性にしては幾分低い、落ち着いた声が響く。
マイクを通して会場にも聞こえているのだが、もちろんジノの元に届くのは目の前にいる人の声だ。
ジノの応えは一瞬だけ遅れた。

(この声…どこかで)

本来ある皇女と騎士の誓約文を変えたお遊びの誓い。
ところどころ語呂が合わず、おかしな響きになっていても観客は誰一人笑わなかった。
いや、笑えなかったのだ。
誰の目にも、ステージ上で繰り広げられるものが、まるで本物の皇女と騎士の叙任式のように見えて、呆けたようにその一幅の絵のような光景を見つめていたのだ。
それは、当事者であるジノですら例外ではなかった。
先ほどまで感じていた心地よい戦闘の余韻はいつの間にか消えうせていた。
その代わり今、ジノを襲っていたのは強烈な懐かしさだ。なぜ、自分がそう感じているかわからずジノは戸惑う。

「汝、我がために、一日、私の剣となり盾となることを望むか」

だがジノの戸惑いに止まることなく、真似事の叙任式は続く。
この後、ジノが腰に下げた剣を目の前の人物に渡して誓約が続けられる。

「…イエス、ユアハイネス」

自分を襲う懐かしさの正体が分からず、いささか困惑しながらジノは腰の剣を抜く。
そして頭を上げて、剣の柄を目の前の人に差し出した。
その瞬間、確かにジノの時は止まった。

「私、ルルーシュ・ランペルージは、汝、”トリスタン”を騎士としてここに認める」

見上げた青いドレスの『ルルーシュ・ランペルージ』。
その姿は、まるでジノの記憶の皇女が成長して抜けて出てきたかのようだった。
『ルルーシュ・ランペルージ』は、ジノの皇女、ルルーシュ・ヴィ・ブリタニアと同じ顔をしていた。


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