「でん、…ルルーシュ先輩?」
ルルーシュが殿下と呼ぶなと言ったからだろうか。
ジノは律義にも言い直すとルルーシュを「先輩」と呼んだ。
その言葉のおかしさにルルーシュは一瞬の夢心地から現実に立ち返った。
「す、すまな…」
ハッとしたルルーシュはすぐさま、ジノの胸に手をつき自分の体を起こそうとした。
だが、ルルーシュの目前に迫るのが見慣れた黒い布地―アッシュフォード学園男子生徒の制服だったことに動きをとめた。
ジノもルルーシュの驚きの理由を理解したのか、呆然としたままのルルーシュに殊更優しい声で告げた。
「明日からこちらの高等部に転入することになりました」
ですから、「先輩」とお呼びさせていただきました。
ルルーシュが視線を上げれば、声音と同じ表情でジノは続ける。
嘘。
そう、ルルーシュの言葉が吐息に混ざって小さく響く。
本当に夢みたいなことを告げるジノに、ルルーシュは一歩足をひく。
と、かさりとルルーシュの背で音を立てるものがある。
ルルーシュは音にひかれて背後を見やれば、自分を支えていたジノの手にはそれは見事に咲き誇った薄紫色の薔薇の花束がある。
ジノの言葉に驚いていたルルーシュの瞳が、それ以上に、見開かれる。
なぜなら、その薔薇は―…。
「今日は、これをぜひ貴方にお渡ししたくてお待ちしておりました。プリンセスオブダウン―暁の姫君です」
ジノは固まっているルルーシュの腕に、その薔薇の花束を載せる。
ルルーシュは言葉も出ない。
だって、これはルルーシュの薔薇なのだ。
ルルーシュの為だけに作られ、ルルーシュが自由にするはずだった、ルルーシュを表わす為だけに生み出された華。
ブリタニア皇族、その中でも直系の皇位継承権を持つ皇子王女は、その六つの誕生日に、皇帝より華を贈られる。
それ以後、皇子皇女の御印となる華だ。
ルルーシュも六つの誕生日に、この薔薇を父皇帝より賜った。
だがルルーシュが日本に送られ、死んだとされたことで、この薔薇の所有権は父皇帝へと返ったはずだ。
皇帝の許可なしには、どうにもできない華のはずだ。
だからジノがこれを持って来られることなんてできはなしないし、第一、どうしてジノは自分へとこの薔薇を贈ってきた。
「どうして―」
混乱しすぎたルルーシュはぽつりと心の疑問をそのまま口に出してしまっていた。
それでもジノの包み込むような微笑みは変わらなかった。
「ナイトオブランズに任じられた際、皇帝陛下から『好きな望みを』とありがたいお言葉をいただきましたので、私はこの薔薇を所望しました」
ルルーシュは、薔薇に落としていた視線をはじかれたようにジノへと戻す。
「主を失ったこの薔薇と傷をなめ合いたかったのかもしれません」
ジノは、すこしだけ切なさそうに眼を細めた。
ルルーシュにだってすぐわかった。
ジノが自分のこの薔薇を所望した時のことを思いだしているのだと。
ルルーシュは、泣きたくなった。
先日の、悲しくて、辛くて、憎しみさえ入り混じった気持ちからではなく、純粋に嬉しさで涙があふれそうだった。
「でも、私も薔薇も、もうそんな思いをする必要もないようです」
ね、ルルーシュ様。
ジノは暗闇を照らす光のような笑顔でルルーシュを見た。
ああ、もう逃げられない。
そうルルーシュは心のどこかで悟った。
でも本当は、あのまねごとの叙任式で再会したあの時から。
ルルーシュは、この瞬間を心待ちにしていたのかもしれない。
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