「こんなところにいたのね、キラ君」
「マリューさん」

1人深海を見つめるキラに声をかけたのは艦長であるマリューだった。
姿の見えないキラのことを心配して探し回ってやっと見つけた時、マリューの目に映った彼女の後姿はとても寂しげで声で。
だからマリューは殊更明るい声を出した。
すぐ後に立った人の気配に微塵も気づかなかったキラは突然かけられた声に驚いて振り返る。

「…言いたくないならいいんだけど…カガリさんと何かあった?」

マリューはキラの隣に立ち先程までキラが見つめていた凍えそうな海の底の景色を眺めながら遠慮がちに聞いた。

「マリューさん…」
「ごめんなさい、お節介かとは思ったのだけれど…」
「いえ、そんな…」

問いかけに苦しげな表情をしたキラを見てマリューはすぐに謝る。
実は最近アークエンジェル内では変わったところがあった。
それは、このキラとオーブ代表首長のカガリが全く話をしなくなったことだ。
正確に言えばキラはいつも通りなのだが、カガリがキラを視界に入れない。初めのうちは単なる喧嘩かと誰もが考えた。
だが、それにしては長すぎるのだ。
そしてその原因がなんとなく予想がつくアークエンジェルのクルー達はどうしたものか、と頭を悩ませていた。
そんな中でもカガリからキラが血を分けた姉妹であることを聞いているマリューは、先の大戦時を思わせる今のキラのことを心から心配している。

「やっぱり”彼”のこと…かしらね」

キラはマリューの問いかけに曖昧に笑うことしかできなかった。
マリューの推測は当たっていた。
キラとカガリの諍いの原因はキラがアスランとの再会を拒んだことに起因する。
ただ、それだけならばこんな大事にならなかっただろう。
カガリが本当に憤慨しているのはそんなことではない。
あの日、アスランに会わない理由を言わないキラが漏らした”母親”という言葉を聞いたカガリにもう誤魔化しは通用せず、キラは全て―自分から姿を消した理由を、彼の元に行かない理由を全て話した。
全てを聞き終えたカガリは「どうして言わなかった!」と涙を流してキラを叱った。
その時にキラはカガリから強烈な平手を貰い、その後しばらくは頬が腫れたままだった。
そして最後にカガリはキラにあることを厳命すると、それまでは口を利かないと言って今日までそれを実践している。

「カガリが怒るのも仕方ないです…」

キラがカガリから厳命されたこと。
それは、

『あの甲斐性無しにキチンと会って全て話して責任を取らせろ!そして直ぐにでも子供を迎えに行け!』

ということだった。
けれどそれを実行するつもりはキラの中にこれっぽちも無い。
それはたった一人の姉にも譲れるものではなく。
彼の元を去る時に、あの子を手放した時に、 キラが決めてしまったことだったから。

「…仕方がないんです」

カガリの言葉のようにキラが行動することは永久にない。
だからカガリが自分の言葉を曲げなければ一生キラはカガリと話す事すらできないだろう。
たった一人の姉なのだから、そんなことはとても寂しいけれど。
こんな状態のキラを置いて宇宙に上がることをラクスはたいそう気にしていた。
だがそんなことを言っていられない程世界の情勢は不安定でキラ精一杯の笑顔でラクスを見送った。
大義の前にはそんなことは小さなことだから。

「そう…でもね、キラ君」

寂しげに「仕方がない」と言ったキラを見ていたマリューだが、慈愛に満ちた瞳を向ける。
キラは正面からその瞳を受けて、マリューの言葉に耳を傾けた。

「お互いに生きているなら…会いたいなら…会ったほうがいいと思うわ」

その言葉にハッとするキラ。
マリューは会えないのだ。
どんなに願っても彼女が一番大切に思った人には、もう二度と。

「あ…ごめんなさい…マリューさん」
「そんな…謝らないでちょうだい。言い方が悪かったわね」

ただ自分の我侭で彼に会わないキラは、自分の態度がマリューに対してとても申し訳ないものだと思い謝ってしまった。
けれどマリューは慌ててキラの謝罪を止めさせると、もう一度言い直す。
その瞳は先程と全く変わらず、いやそれ以上の慈しみに満ちていて。

「ねえ、キラ君。自分の心のまま、気持ちの向かうまま生きたってそれは咎められることじゃないのよ」

「ね?」 と言ってキラに微笑みかけるマリュー。
キラはその笑みに泣き笑いのような表情を作った。
けど涙は頬を伝わらない。

「ありがとう、マリューさん」

マリューの優しさに、キラは今自分ができる精一杯の笑顔を向けてそう言った。

それはアークエンジェルが、思わぬ再会が待つ冬の街に飛び立つ直前の出来事だった。