太陽が沈みゆき、夜が迫るこの時間。
赤道直下の夏の王国が誇る透き通るような海原も、全てが橙に染められる。
その海を見渡せる剥き出しの岩肌に一人の者がたたずんでいた。
大きな花束を携えたその人の、紫の悲しげな視線の先には白い石碑がある。
ユニウス・セブンの落下の影響で石碑を囲んでいた花々は波にのまれてしまったらしく、石碑は岩肌の中にぽつんと残されている。
それは先の大戦時、大西洋連邦によるオーブ解放作戦で亡くなった全ての者たちを追悼する慰霊碑だった。
「ごめんなさい…」
瞳の主、キラはぽつりと呟く。
あの時は攻めてくる地球軍のMSと戦うこと、その相手を死なせないようにすることで精一杯で、逃げ遅れた人たちを守ってやる余裕が無かった。
軍とは何の関係もない民間人。
その中にMS戦闘の攻撃に巻き込まれて死亡した人が少なからずいると、戦闘後に聞いた時にキラは血の気が下がった。
彼らが死んだのは、自分の放ったビームのせいであったかもしれないし、自分が避けた攻撃のせいだったのかもしれない。
それゆえに彼らへの謝罪は尽きない。
ラクスが今のキラ言葉を聞けば、彼女は「そんなことは無い」といって、痛ましげな顔をするだろう。
だからキラはラクスの前ではこんなことは言わない。ラクスと一緒にいる時であれば、謝罪は胸の中で呟くだけだ。
「どうか安らかに…」
キラはそう言うと、手に持っていた花束をその慰霊碑にたてかけ、祈りを捧げた。
キラが彼らの為にしてやれるのは、もう安らかな眠りを祈ることくらいだから。
『トリィ』
キラが軽く目を閉じて祈りを捧げていると、どうしても手放せなかったトリィが肩にとまった。
遠くから聞こえるラクスの歌声と機械鳥の声に誘われるように目を開けば、自分の背中に感じる人の視線。
その視線が気になって振り向いてみれば、そこには黒髪の少年が一人。
意志の強そうな印象を与える赤い瞳。
けれど、その瞳ではない白い部分までもうっすら赤くなっている気がするのはこの夕日のせいであろうか。
それとも泣いていたのだろうか…。
「慰霊碑、ですか……?」
少年がおずおずとしたような声で話しかけて、キラの目の前にある石碑のことを尋ねた。
キラはその彼に無意識に悲しげに微笑んで、答える。
「そう、だよ…。先の大戦で亡くなった全ての人たちの、ね…」
少年はその答えに、泣きそうな、でも怒りに満ちた表情を浮かべる。
キラはやはり彼は犠牲になった誰かを思って泣いていたのだと思った。
彼の表情は先の大戦中にいやというほど見たものと同じだったからだ。
「その花は…貴方が…?」
少年は慰霊碑の前におかれた花束に目を留めると、キラにそう問う。
「慰霊碑の周りの花も流されてしまったから……」
キラは少年に苦笑したように答えると、もう一度自分が捧げた花に視線をやった。
「ごまかせない、ってことかも…」
「え…?」
少し強くなった風にかき消されそうになりながらも少年の呟きはキラの耳に届いた。
その意味深な言葉の意味が分らずキラは思わず聞き返していた。
「いくら綺麗に花が咲いても、人はまた吹き飛ばすって…」
その強くはき捨てるような少年の言葉にキラは目を見開く。
そして、その言葉はキラの胸に深く突き刺さった。
それは、近づいていたラクスの歌声が止まったっことにも気づかないほどの衝撃で。
「き…み…」
なぜなら、その言葉は先の大戦を繰り返すこととなった今の世界、そしてその争いにおいて剣をとり、今また同じことをする自分を糾弾する言葉のようだったからだ。
だが少年は、キラの呼びかけにハッとなりすぐに表情を取り繕った。
「俺、なに言ってんだろ…。すいません、へんなこと言って!」
少年はそう言うと、すぐに踵を返してキラに背を向けて行ってしまった。
キラはその背を呆然と見つめてしまっていた。
「どうかなさったんですか?」
様子のおかしいキラにラクスは心配そうに尋ねた。
「なんでもないよ…」
キラは無理をしたように笑ってそう答えたが、ラクスは何かあったのだと気づいていた。
けれど「ならいいのです…」と、あえて触れずにそっとして置いてくれる。
ラクスは美しい上に聡く、そして優しい。
そんなラクスに何度助けられてきただろうか。
「本当になんでもないよ…」
キラはもう一度ラクスに微笑みかけて言うと、心の中で先程の少年に懺悔した。
(ごめんね…僕はもう一度剣を持つ)
言葉に出せないキラの懺悔はただキラ胸の中で消えてゆくのだった。
|