「寒いなあ…」

地球の最北端に近いこの場所は、暦の上ではとうに春を迎え、世界の大半が色とりどりの花々を愛でる時分になっても今だ深い雪に覆われていた。   
そしてそんな場所の小さな家には、ナイティに厚手とはいえショールを纏っただけの姿で「寒い」と当然のことを言う美しい人が一人窓から覗く雪を眺めていた。
肩にかかる柔らかそうな栗色の髪と処女雪もかくやという白い肌。
だがその白さはどこか病的ですらあった。

「ふぇ……」

すると、彼女に答えを返すかのような声が聞こえる。
彼女はさきほど起き出したばかりの寝台へと歩み寄ると、そのすぐ傍らにある揺りかごを覗き込んだ。

「どうしたのサクラ?寒い?」

揺りかごで眠る赤子に、この上もないほど優しげな微笑を浮かべたその人は、問いかけるように指を赤子の口元へとやる。

「ん?」

どうやら彼女が危惧したように寒さなどで声を発したわけではなく、ただ単に寝ぼけていたようだ。
彼女は赤子がまた深く寝入ってしまうと、その小さな額に口付けを送り、少しずれていた上掛けを寒くないように直してやった。
そして、彼女はまた雪を眺めるために窓の側へと行くのだった。



C.E.72 3月10日。
つい先日のこと、ようやくプラントと大西洋連邦との間に停戦条約が結ばれた。
あのヤキン・ドゥーエでの戦いから約半年、長い道のりであった。
これでやっと、すべての戦いに終止符が打たれたことになる。
そこまでを真っ白な世界を眺めながら、女性―いやキラは考えていた。

ヤキンから約半年―ならば自分が彼と別れてから、それほどの時間が過ぎたのか…

たった半年。
そうまだ、たったの半年だ。
彼と12で別れた時には再会までに2年の時を要した。
たとえそれが悲劇に繋がったとしても彼と会いまみえることができた。
それが2年だ。
それに比べれば、半年など短いものだ。

けれど―――

「寂しいよ…」

声にだして呟けばより一層深くなる寂しさ。
ダメなのだ。
12の時と今の別れでは決定的に違うことがある。
キラは知ってしまった。
自分を抱きしめる彼の腕の強さを。
その胸の温かさも。
彼の深い口付けの甘さも。
なにもかもキラは知ってしまった。
だから1度目の別れの時より弱くなっている。

キラはその寂しさを紛らわすように自分自身を抱きしめた。
そうしていないと挫けてしまいそうで。

自分たちがエターナルを去った後、彼がどうしているのか知る術などなかった。
だが偶然にも、それを知ることができた。
久方ぶり彼を目にしたのは、ユニウス条約締結のニュースを流すモニターの中。
なぜかは分らないけれど彼はプラントに残ることを選ばずオーブへと発ったようで、今は父親の後を継いで代表に就任した双子の姉の側にいるらしい。
サングラスをして顔を隠していたけれど、すぐにわかった。
彼だ、って。
カガリの演説がしばらく流れたから、長い時間彼を見ることができた。
なんだかたった半年なのに少し背がみたい。
それにやつれたような気がする。
やはりそれは自分のせいだろう。
優しい彼に何も言わずに姿を消したのだから。
心配掛けてごめんなさい。何も言わなくてごめんなさい。
許してなんて言わない。むしろ憎んでくれてもかまわない。
これは僕のわがままだから。

そしてキラは自分を抱く腕に更に力を込める。
彼の居場所を知っているだけに、自分を律しないと彼の元に走っていってしまいそうで、キラは自分が怖いのだ。
そうしても、おそらくラクスは笑ってキラを許すだろう。
いや、むしろそうしろと薦めさえするのだろう。
けれどもうこれ以上、他人を自分の我がままに巻き込んではいけない。
キラはそう思っていた。

「アスラン…いま君に、どうしようもなく逢いたいよ」

キラの春はこの真っ白な世界と同じようにまだ遠いようだった。