「キラ…?」
「あれ、起こしちゃった?」
元々眠りの浅いアスランは、腕の中にあった温もりが離れていくことに気づいて閉じていた目を開いた。
そこには共に横たわるベッドから抜け出すキラの姿があった。
「いや…それよりどうした?何か…?」
「ううん。そうじゃないんだけ…っぅ…ちょっ、ごめっ……」
アスランは訝しげにキラを見ていたが、話の途中にキラは手で口元をおさえるとバスルームへと駆け込んだいった。
暗がりのなかでもその顔は蒼白に見えて、アスランは心配になって自分も置きだしてキラを追う。
「っぅ……ぅ…」
「キラ!お前、本当に大丈夫なのか!?」
バスルームに急ぐと、そこにはキラがぐったりとして口元を押さえながらうずくまっていた。
たが、何かをもどした形跡はない。
アスランはすぐさまキラに駆け寄ると、華奢なキラの体を抱き起こして顔を覗き込む。
アスランがバスルームに入ってくる時に電気をつけたため、今はいっそ病的なほど白いキラの顔色がよくわかる。
「だいじょ…ぶ。前もこんなこと、あったし……」
「だが、それにしたって…」
キラの話では、以前―キラがストライクでアスランたちクルーゼ隊の追撃をかわしている間もこんな症状がでていたらしい。
その時の軍医の話では、精神面での負担からくる自律神経の問題だったようだ。
だから、キラは今回もそうだろうと、頑としてアークエンジェルやクサナギの医師にかかろうとはしなかった。
それは一重に情勢が緊張している今、主力の戦力である自分のことでみんなを不安にさせたくないという思いからだとアスランにはわかっていた。
「ほんとに、だいじょぶ…だから…ね?」
「キラ…」
キラの言葉にアスランは薄い体を抱く腕につよく力をこめる。
それを自身の体で感じたキラは幸せそうに微笑んで、あまり力が入らない腕をアスランの背中に回す。
「でも…もうちょっと、こうしてて……」
肩口に額を当てて、自分を安心させてくれるそのアスラン温もりにキラは酔う。
本当は、二度と触れることすらできないと思っていたアスランがここにいる。
それを確かめられるからキラはアスランに抱きしめられることが好きだった。
「お前が望むなら一晩中やってやるぞ…?」
そして、そんなキラの幸せそうな顔は見えていないはずなのに、アスランはキラの欲しい言葉をくれる。
キラはそんなアスランの、いつもとは少し違うどこか甘さを含んだ声が好きだ。
きっと自分しか聞けるものがいないという優越感が心の奥底にあるのだろう。
この声は自分だけのモノだという独占欲も。
「そんなこと言ってると、ホントにやってもらうよ…」
クスクスと笑いを含んだ声で答えるキラに、アスランも同じように「望むところさ…」と返す。
アスランにとっても、こんな些細な言葉のやりとりすらひどく心地いいものだった。
一度は失ったと、自分の手で失くしたと、そう思ったキラが、いまここにいるということを確かに信じられるからだ。
そのことがアスランの頭をよぎった時、アスランは先程の少し笑いを含んだ表情を厳しいものに変えて「キラ」と硬い声音で呼んだ。
キラにはアスランの表情は見えなかったが、その声音が厳しいものに変わったことを不思議に思った。
アスランの顔を覗き込もうとキラは顔を上げようとした。
だが、アスランに先程よりももっと強い力で抱きすくめられて、それはかなわなかった。
「アスラン…?」
「約束してくれ、キラ」
搾り出すように、苦しげな声に自然とキラの気持ちも不安になる。
けれど、かすかに自分を抱きしめる体が震えていることに気づくと優しくその背をなでた。
アスランは、キラの手のひらの温もりを感じなが、どうしても約束させたかったことを口にした。
「もしもの時はキラ…自分を優先させてくれ」
そう言った瞬間、キラの手は止まった。
そのことが余計にアスランの危惧を煽る。
宇宙に上がってからは小さな戦闘しかなく、キラもアスランもそれほど苦戦をしいられるということはなかった。
だがアスランは、オーブでのキラの戦い方を見ていて不安に駆られた。
キラは戦場でことごとく相手のコックピット、つまり、MSの核である部分を攻撃しようとはしていなかったのだ。
もちろん、それは余裕のある戦いであればかまわないだろう。
けれど戦いは圧倒的に、自軍が不利。そういうときにさえ、キラはその姿勢を崩さなかった。
だから、アスランは嫌な推測をしてしまう。
もしかしたら、キラは自分の命すら犠牲にしてすら、その姿勢を突き通すつもりなのではないか、と。
「お願いだ…キラ…お前が死んだら……」
とうに腹は決まっている。
自分でキラを殺したと思った時、確かに自分は屍同然だった。
だから。
キラのいない世界に生きている意味なんてないと。
「俺も死ぬから…」
アスランの言葉にキラは戸惑いを隠せない。
アスランが自分の戦い方に不安を募らせていることはなんとなく知ってはいた。
けれど、ここまでアスランが思いつめているだなんてキラは思ってはいなかった。
でも。
「卑怯だよ……アスラン」
さすがは、自分の幼馴染だとキラは思う。
どんな言葉が一番効果的だかよくわかっている。
そして、それに自分が逆らえないことも。
「うん、わかってる。ごめん、キラ…でも、譲れないんだ」
本当にすまなさそうなアスランの声。
でもキラの心にはそのアスランの声に、言葉に涙が零れ落ちそうなほど嬉しさがこみ上げてきた。
そこまで自分を想っていてくれるのか、と。
「ありがとう、アスラン」
キラはアスランの背をなでていた手で、彼に負けないほどの力で抱きしめ返す。
「約束してくれるか?」
アスランはキラにもう一度問い返す。
アスランの不安は、確たるキラの言葉を聞くまではおさまらなかったから。
その声があんまりにも揺れていたから、キラはまるで幼い子供を相手にしているようだと、すこしだけクスッと笑った。
そして告げた。
「君の為になら…約束するよ」
それは、アークエンジェル一行がコロニーメンデルへと到着する少しまえの夜のことだった。
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