「キラ…」

最終決戦へ赴くキラとそれを見送りに来たラクス。
ラクスは嫌な予感を胸に覚えて、決戦の地となる宇宙を見つめたキラの名を呼ぶ。

「どうしたの、ラクス?」

自分の名を呼ばれたキラはラクスに振り返る。
キラは微笑んでいる。
けれどその微笑みは何かを諦めてしまっているように見えた。
それゆえラクスの心配は増すばかりだ。

「…これを…」

ラクスは自身が感じる不安を押し隠し、ここまでキラを見送りに来た本当の目的を達成するため握り締めていた拳をキラの前に開いて見せた。
彼女の白い手のひらに乗っているのは鎖が通された装飾が施されていない銀の指輪だ。
指輪はラクスのものかとキラは考えたが、よくよく見てみればそれがラクスの細い指に嵌めるにはいささか太いと気づく。

「これは?」

視線で指輪を手に取るように促され、キラはその指輪をかざしてみる。
ラクスはキラの質問には答えないままだが、キラが何かを見つけるのを待っているようにも見えた。
事実、ラクスは待っていたのだ。
キラがその指輪に秘められたものに気づくのを。

「………これって!」

そしてキラはラクスの思惑通りにそれに気づく。
キラが見つけたのは指輪の内部に施された文字。

『永遠に貴方と レノア』

訳せばそんな意味を持つ言葉が彫られていた指輪。
誰かとの永久を願った言葉だけならキラはこれほど衝撃を受けなかっただろう。
だが、それと共に彫られた『レノア』という名前がキラに指輪の持ち主を教えていた。

「はい。お分かりだとは思いますが…生前のザラ夫人がパトリックおじ様に贈られたものです」

人目がないためだろう。
常ならば”敵”として戦わねばならない現議長のパトリック・ザラのことを決して親しげになど呼ばないラクスだが、今は違った。
ラクスは父の友人であり、婚約者の父であるパトリックとは何度も顔を合わせたことがある。
しかし仕事でプラントにとどまることが稀なレノアとは結局一度として顔を合わせたことだないままだった。
だから今の2人の呼び方にも多少の違いが出ていた。

「どうしてそんな指輪が…」

キラは呆然としながら呟いた。
呟きは純粋に驚きのためにでたものであった。
だがすぐにキラは、今から自分が何をしにいくかを思い出してつらそうに眼を伏せる。

「父がおじ様より預かったものです。最後に父と会った時にわたくしが預かりました」

その時の様子を思い出したのかラクスは少しだけつらそうな表情を見せたが、言葉はよどみなく続けられた。

「おじ様はその指輪を見るたびに夫人のことを思い出して、みすみす死なせてしまった、と酷くご自分を責めていらっしゃったそうです。そしてついには、こんな自分は夫人が永遠を願ったような相手ではないだろうとその指輪を外してしまった。 けれどご自身で指輪を捨てることができず、わたくしの父に処分を願ったのです」

キラはラクスの話を聞きながら何度か会ったパトリックの顔を思い描いていた。
いつも厳しそうな顔をしていたけれど、本当は優しい人だと知っていた。
レノアの側でゆったりとしてアスランと自分を見つめる視線はとても穏かで。
アスランはいつも久しぶりに会う父に照れて、極力2人がいる方をみないようにしていたから知らなかっただろうけれど。
それを見ていたキラはパトリックがどれだけ自分の妻と息子のことを愛していたか知っていた。

「おじ様…」
「ですが父はその指輪を処分しませんでした。いつか、きっとまたこの指輪がおじ様には必要になるときが来るだろうから、と。ですが…」

そこまで話し終えたラクスは一息をつく。
ラクスが最後に言葉を濁した意味をキラは正確に受け取った。
事態がここまでどうにもならなくなってしまった今、指輪がパトリックの元に返ることは二度とないだろう。
だから指輪をじっと見つめるキラは悲しげだ。

「どうしてこれを僕に…?」

普通ならば息子であるアスランにこれを渡すのが筋であろうが、ラクスは敢えてキラに渡してきた。
その意図がわからずキラは思わず問うた。

「…この戦いが終わりましたら…折を見てキラからアスランにお渡しくださいませ」

それだけでキラはどうしてラクスがキラにこの指輪を渡してきたか分った。
今アスランに渡せば、彼の決意を揺らがせることになるかもしれない。
だから、全てに決着がついた後、差しさわりのない時を見てキラから渡してほしいとラクスは思ったのだろう。
そこには、これから先2人が離れないという大きな前提がある。
ラクスはそれを微塵も疑っていない。

「…うん」

それに気づかないキラではない。
キラは了承の返事をしたが、表情はラクスの心をざわつかせる何かを諦た色を濃くしていた。

「ねえラクス…」

そんな表情のまま、ラクスから渡された指輪を自身の手のひらに握り締めて言った。

「はい」
「生きて戻ったら…ラクスに頼みたいことがあるんだ…」
「キラッ!」

自分の死を暗示するようなことを言うキラに思わずラクスは声を荒げた。
キラはそんなラクスの態度に苦笑する。

「大丈夫だよラクス…頼まれてくれるかな…?」

ラクスを安心させるようなことを言ってキラはラクスの了承を待った。

「ええ、もちろん…キラが戻ってきましたら、なんなりと…」

キラはそのラクスの答えに「ありがとう」と微笑んだ。
しかし、その微笑にも、ラクスが最後まで気になって仕方がなかった諦観の色は消えることがなかったのだった。