「っ・・・」
うっすらと目を開ければそこは見慣れた自室の天井。
アークエンジェルにてアスランが貰い受けている部屋の寝台の上であった。
今まで瞳を閉じていたため、白い照明の光が目にしみる。
「気が付いた、アスラン?」
そして掛けられる柔らかな声。眇められた瞳に映るのは安心したように微笑む彼女。
「・・・キラ」
どこか夢見心地なままで呟いた言葉に、アスランは自身でハッとして身を突然起こした。
「・・・っ」
「ちょっとアスラン、まだ寝てなきゃダメだよ!」
唐突に身を起こしたアスランにキラは驚き、その体を押しとどめようと彼の両肩に手を置いた。
すると、自分の目の前に来たキラをアスランはきつく抱きすくめた。
「わっ・・・アスラン・・」
「・・・よっかった無事で・・・」
抱きすくめられたキラはいきなりのことに驚きの声をあげたが、自分を抱く腕の強さに彼の名を呼ぶことしか出来なくなってしまった。
それにアスランが呟いたその言葉には例えようも無いほどの安堵が滲んでいた。
「・・・心配、させないでくれ」
「うん、ごめんね・・・」
「もう、目覚めないのかと・・・」
「うん・・・もう大丈夫だよ」
ジェネシス爆破後、プラント臨時評議会によって停戦の呼びかけがなされた戦場。
そこから少し離れた宇宙に一人漂っていたキラはカガリとアスランに救助されはしたが、極度に衰弱していた体がもたず意識不明の状態に陥った。
その後、懸命の医療スタッフの処置により意識を回復させ、コーディネーターならではの治癒力により今では大分回復しているが、意識が戻るまでには数日ほどかかった。
「でも・・・君も心配させないで・・・」
アスランの背中に腕を回したキラは、おとなしくアスランの言葉を聞いていたが、反論するように彼にも自分が言われたことと同じ事を言い返した。
キラがアークエンジェルに運ばれてきてから、アスランは己の傷の手当などは全て後回しでキラにずっと付きっ切りであった。
目だった外傷があるわけではないが、それでも戦闘中に受けている傷が無いわけではない。
そして何より、彼には身体的にも精神的にも休息が必要であった。しかし彼は周囲のそんな意見には目もくれずひたすらキラの傍でその目覚めを待った。
だが、これでは彼のほうがもたないと判断した医療スタッフによって強制的に投薬され、彼は眠りにつかされた。
そして次に目覚めたとき、彼の目の前にあったのは、あれほどまでにその覚醒を願った彼女だった。
「悪かった・・・」
「うん・・・」
二人は互いをその腕の力の限り抱きしめ、お互いの温もりを分け合った。
だが、やはりアスランには薬の効き目がまだ残っているようで、だんだんとその意識が奪われてくのを彼は感じた。
「大丈夫・・・?」
キラはそんなアスランの様子に気づき、自分よりたくましい体をそっと寝台に横たえ、アスランから離れ元のように椅子に腰掛けようとした。
「キラ・・・」
だが、それはアスランが自分から離れていくキラの腕を掴んだことで阻まれた。
「アスラン・・・?」
アスランは力の入らない己の体を忌々しく思いながら、自分の胸元に手をやり首からさげていたものを取り出した。
それは、銀の華奢な指輪にチェーンを通したものだった。
彼はなんとか、その止め具を外し指輪だけをその手に残した。
「それは・・・」
「母の形見だ」
「レノアおばさんの・・・」
キラが少し悲しげな顔をする。アスランはそんな顔をさせるつもりでは無いのだというように苦笑するとキラの左手を取り、ほっそりとした薬指にくぐらせた。
「アスラン!」
どこか叱責するような声とは裏腹に、キラの顔には驚きと困惑と、そして嬉しさがない交ぜになったような顔をしていた。
アスランは、そんなキラの表情をみると優しく微笑み、彼女の頬をなぜた。
「お前に受け取って欲しいんだ」
真摯な声と優しい瞳。
キラの瞳に涙が溜まり、みるみる雫となって頬を辿る。
キラは頬に当てられたアスランの手に両手を重ね、さらに自分の頬を押し当てた。
「なあ、キラ・・・。月へ行かないか?」
アスランは本格的に効いてきた薬に抗うようにキラに語る。だが段々と閉じられていく視界のせいで、キラの表情はよく見えなかった。
「月でやり直そう、全部。あの時から・・・二人で」
その時、少しだけ身を硬くしたキラにアスランは気が付かなかった。
「なあ・・・キラ・・・」
薄れ行く意識の中でアスランは最後にもう一度キラへ問うた。
その時、キラはアスランが好きな昔のような笑顔で
『ありがとう』
と言った。
そしてアスランはその言葉を聞くと安心したようにその意識を手放した。
だからこそ、彼は知らない。
あの後。
彼女が続けて
『ごめんなさい』
と言ったことを・・・。
「キラ・・・?」
次に彼が目覚めたとき、前回とは違い彼女は傍に居なかった。
そしてその代わりに、アスランの枕元には彼が彼女渡したものとは異なる銀の指輪だけが残されていたのだった。
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