『わたしは全ての国民、そして我が国の理念を信じて下さっていた世界の人々へと謝罪を表明し―』

シンが母艦であるミネルバへ戻ったのは、ちょうどラクス・クラインの声が消え、オーブ代表の声明がすべての艦や機関へ流される最中だった。
何が起こったのか、シンに細かいところは分からない。
ただ、シンがサクラと決別した悲しみに浸っている時間すらないことだけはハッキリとわかった。

『わたくしは、ここにプラント最高評議会ギルバート・デュランダル議長をここに告発いたします』

そのラクス・クラインの宣言と共に、それまでは思ってもみない人物の登場に困惑していただけの戦場が変わった。
それは両軍の母艦や主要基地、機関にデュランダルの罪を証明するデータが送られたからに他ならない。 偽装ではないデータに恐慌に陥ったのはどちらの陣営も同じだった。
だが、戦場に立ちMSで戦っている兵士たちにまでその情報はまわってこず、とにかく撤退の命令だけが下された。
シンも、その中の一人だった。

「いったい、どうなってるんだ…」

ミネルバへと戻っても、戦場にいる時とシンの状況はほとんど変わらなかった。
ハッチを開いてもらえはしたのだが、ドッグには常とは異なる喧騒が渦巻き、技術者たちや兵士たちが互いに険しい顔している。

「議長が…って」
「告発をしたのはラクス様で、あのラクス様は―」
「いや、カナーバ前議長も…」

ディスティニーを降りたシンが耳にしたのは、クルーたちの言葉だ。
シンは一刻も早くことの詳細を知りたかった。
サクラのために願った一日も早い世界の平和。
デュランダルが提示した平和な世界では、サクラは笑っていられないと今のシンには理解できる。
だがシンにとって、目的のための明確な手段を明示してくれたデュランダルは信頼に値する人物だ。
だからその彼が何故、あのようにラクス・クラインに告発などされなければならないのか皆目分からなかった。
そしてシンは、自分以上に、盲目的と言っていいほどデュランダルを見ている同僚のことが心配になった。
まったく状況をつかめていないシンは手近にいたクルーの腕を鷲掴んだ。

「おい、いったいどうなってるんだ?」
「こっちが聞きたいくらいだよ!! 俺たちだって教えてほしい!」

気持が急いて詰問口調になったのが相手の神経を逆なでしたようで、シンは逆に怒鳴り返された。
そしてちょうどその時だった。

『本艦艦長タリア・グラディスよりミネルヴァ全クルーへ通達する』

オーブ代表の声明が流れ続けるモニターの声が消され、全艦への一斉放送でタリアの声が流れる。
こんなことは初めてだった。普通、艦長が自ら放送を使うことなどあり得ないのだ。
ただ事ではないと、誰もがわかっている。

『本艦はただ今よりカーペンタリア基地へと帰還する。速やかに準備に取り掛かるよう』

皆が一様に固唾を飲んで聞いた艦長の最初の言葉は、帰還の命令。
もちろん軍人にとってこの後の行動は命令あってのものであるから、命令はなければ困る。 だが皆が知りたいのはそんなことではないのだ。
沈黙が落ちた後、放送は終わらなかった。

『……皆も知っていると思うが、先ほど戦場でギルバート・デュランダル議長が告発された。 本国の最高司法院から召喚状も発行され、既に議長…いやデュランダル氏の身柄もプラントへと移される段階に入っている。 また本国の議会も、アイリーン・カナーバ前暫定評議会議長、ルイーズ・ライトナー前議員により告発された。 それゆえ、議会は暫定的にデュランダル議長を告発したカナーバ前議長、そして…ラクス・クライン氏によってその機能を果たすことになる』

誰もが押し黙った。
プラント最高司法院からの召喚状。
それが何を意味するかは、仮にもアカデミーを卒業した軍人なら誰でもわかっていることだ。
先の大戦を反省して作られた法令。議会や議員、そして軍の管理職者に適応される法だった。 悪用されないため告発に必要な証拠などは厳しく限定されはする。だから、司法院が召喚状の発行まで認めたということは、罪があると言っているようなものなのだ。

「うそ…だろ」

自分の口からだったのか、誰の口からだったのかはシンにはわからなかったのだが、そういう声が場に落ちる。
それは一同の心に浮かんだ言葉だ。

『詳しいことは、すぐに行われるプラント暫定評議会の会見で発表される予定である。その時間は帰還の準備を中断することを認める。以上』

淡々としたタリアの指示だったが、最後に告げた言葉はいつもの厳格な艦長から飛び出すとは思えないものだ。
その言葉により一層、この事態がいかに重大なことであるかが強調された。
より混乱したドッグからシンは一目散に、すぐそばにあるブリーフィングルームへと駆け出す。

(レイ…!!)

ただその名前しか知らない者のように、心の中で彼の名を唱えながらシンは走った。



「レイッ―!!」

駆け込んだブリーフィングルームには、はたして目当ての人物はおらず、シンは必死で艦内を駆け回った。
そうして、ようやくシンがレイを見つけたのは人通りがない、いつか二人で入れられた独房だった。
レイはシンがサクラを連れてミネルバを出る時と変わらずパイロットスーツを着たままで、その手には小型端末があった。

「レイ…」
「シン…戻ったのか」
「戻ってくるに決まってるだろう! それより、レイ、議長が!」

レイの言葉はまるでシンが戻ってこないのかと思っていたかのようで、シンは声を荒立てて否定する。
その声が予期していたよりも大きなものになってしまったのは、レイがとても儚く見えたからだ。
どうして、そう感じられるのかは分からない。
確かに今のレイの表情はとても穏やかで、シンが心配していたようにデュランダルのことで取り乱したりはしていない。
だがそれが余計にシンの心配を膨らませた。

「知っている」
「知ってるって…レイ、お前…」

どうして、そんなに落ち着いて―とシンは続けることができなかった。
レイはシンの目の前で手に持っていた小型端末を開いて、独房の壁のブロックを外してその下にある配線とリンクさせ始めたのだ。

「レイ、おまえ…」
「さっき、ハッキングした。ギルはまだカーペンタリアにいる。すぐに移送されるというのはデマだ」
「デマ…? なんでそんなこと」
「用心してるんじゃないか? 俺みたいのがいるかもって…」

そこまで言われればシンにだって、レイが何を考えているかわかる。
レイがしようとしていること。
以前、ステラのためにシンがしたことと同じだ。

「レイ…」

小さな声でレイを呼べば、レイはいつもシンを安心させてくれた微笑みを向ける。
サクラだけじゃない。
シンは、レイのこんな笑顔にも助けられてきたのだ。

「シン、すぐにここから離れろ。例えお前だって、この先は」
「レイ」

シンはレイの言葉を遮って、彼の手から端末を奪った。
慌てたレイがそれを奪い返そうとする。
だが。

「これ使って騒ぎ起こすから、レイは早くレジェンドんところ行けよ。警報装置鳴ったら出撃しろ」

シンはすぐに端末を立ち上げて常人ではできない速度でキーボードを打ち始めた。
あまり得意な分野の作業でない。だが今そんなことを言っている場合ではない。
もてる限りの力でシンはレイの後押しをしようと思っていた。

「シン」
「早く! 時間ないんだろう」

この行動の善悪を考えるならば、罪を犯したとされるデュランダルを逃がすのだから、悪に分けられるのだとわかっている。
だがシンはもう、それだけで行動したくはなかった。
ただ、シンはレイが心から願っていることを手伝ってやりたかった。
それがたとえ罪に問われるのだとしても、いまのシンにはそれを甘んじて受ける覚悟があった。

「シン…」
「早く、行けって」

背を向けて作業をしていたシンに、レイがそっと近づいた。
そして、ぎゅっと万感の思いを込めたかのようにシンを抱き締めた。
力の強さで胸が苦しいわけではないのに、シンの心は色々な物でいっぱいになって息がつまりそうだった。

「シン…ありがとう。お前と出会えて、よかった…」

それだけ言うとレイは、シンへの抱擁を解いて小走りに独房を出ていこうとした。

「レイ!!」

シンの声にレイの足が止まる。
シンはレイを振り返って、立ち止まった彼に視線を合わせた。
レイの決意がどれほど硬いものか、シンは理解していた。
けれど、シンはこれで二度とレイに会えなくなることだけは嫌だった。
だから。

「サクラ、ちゃんと送り届けてきた」
「…ああ」
「…あの人…アスランも生きてたんだ…」

それを告げた時、さすがのレイも目を見張っていた。シンには、その目に映る感情が何なのかまではわからなかった。

「そうか…」
「あの人、どこで知ったのか分からないけどサクラのこと娘だって知ったみたいだった」
「………」
「…俺たちがあの人たちに直接したことは許されないことだとは思う。でも」

立場の違いによる戦いであったのだから仕方がないものだったのかもしれないとも思う。
けれど、シンはどちらに対しても私怨が交じり、サクラの両親を手に掛けようとしたことは事実で、サクラに対して顔向けできないことをしでかしたことは事実であった。

「でも、俺さ」

だが、サクラに対する罪が消えないとしても、シンはもう一度、もう一度。
シンは視線を伏せた。

「サクラに会いたいと思うんだ」

もう一度サクラに会いたいのだ。
願わくば、その時に隣には。

「だから、サクラに会うその時には、レイも…レイもルナも一緒に」

ぽつりと、いつもの自分と比べたら随分と小さな声だった。
シンは恐る恐る、レイへと視線を元に戻す。
そして目にした表情に今度はシンが驚いた。レイは今までシンが見た中で一番の微笑みを浮かべていた。

「…ああ。きっと、会いにいこう」
「レイ…」

それだけをレイが言ってくれただけでシンには十分だ。
溢れそうになる涙をこらえて、シンは端末に向きなおった。

「レイ、お前の無事を祈ってる」
「…お前も無事で、シン」

どうかこれが二人で交わす言葉にならないことを祈り、レイが出ていく足音を聞きながらこれからの作業に没頭した。



後の記録はこう伝える。
ラクス・クラインにより告発されたギルバート・デュランダルは、その身柄を拘束されてから約半年間病で伏せり、裁判で答弁に応えることなく息を引き取ったという。
彼がふせっている半年間の様子を伝える資料などはどこにもないという。