『ラクス、手間取ってすまなかった。ジブリールは確保した』

ちょうどシンがアークエンジェルにてアスランと対峙している頃、すべての戦いを終息させるためのカードが揃った。
オーブ代表首長として国に戻り軍の指揮を取り戻したカガリに、戦局を変える力を持つ白のクイーンは安堵のため息をつき、通信回線越しのカガリや自分の周囲を見回して言った。

「みなさん。これで終わりにいたしましょう」

ラクスの声に、ブリッジは全ての決着をつける時が来たのだと奮い立った。
いっ時は、すべてを捨てることが世界のために一番よいのではないかラクスはと思った。だが、世界はそれほどたやすくラクスを忘れ去ってはくれなかった。

(ならば今度こそ、わたくしは最後まで世界と命を共にしましょう)

慈愛を感じさせる言葉をクルー一同にかけたあと、すぐに彼女は”女王”然とした凛々しい表情をつくり宣言した。

「エターナル、これより地球へ降下いたします!!」

それが、終局の合図だった。



オーブ本土にまでザフトの連合軍が進軍し、オーブの最終防衛線の崩壊も時間の問題ではないか、との見方が強まったその時。
意外なところから終息はやって来た。

『わたくしはラクス・クライン。両軍は、ただちに戦闘を停止してください』

後の世まで広く語り継がれることになる彼女の第一声。
オーブ近海、その本土で戦う全ての人々の耳に届いたのは誰もが知る声だった。
オープンチャンネルで敵味方関係なくそれを発信しているのは、平和の歌姫、ラクス・クライン。

『繰り返します。両軍はただちに戦闘を停止し、速やかに母艦へ帰投願います』

強い意志を確かに感じさせる声が、もう一度繰り返す。その音声と共に今度は映像も発信された。

『両軍、戦う理由はもうありません。既にジブリール殿はオーブ当局によりその身柄を拘束されています』

多くの者が知るラクスとは違う、凛々しい衣装の彼女がどこかの戦艦だろうか、その司令席前に立っている。
しかし、両陣営が困惑したのはラクスの登場よりも、彼女によってもたらされた“ジブリール捕獲”の知らせによってだ。

「ラクス・クライン……」
「ラクス様!?」
「なぜ、彼女がそんなことを!!」

にわかに慌ただしくなる戦場、そして情報が交錯する両陣営。
それはミネルバも例外ではない。

『オーブ代表首長カガリ・ユラ・アスハ殿とわたくしは、平和のための労苦は惜しみません。 これからも争いのない世界のため、わたくしたちは地球とプラントのかけ橋になってゆく覚悟です』

そしてラクスは、誰かを断罪するように瞳の光を強めた。
それをミネルバの司令官席で見たタリアは、なぜだか悪い予感がした。

『だからこそ、わたくしは徒に両者をもてあそぶものをそのままにすることはできません』

その言葉で、タリアはこれから起こりえるだろう未来がある程度予想できた。
ルナマリアに頼んだ偵察結果はタリアもある程度目を通していたし、情報操作の上のあのアークエンジェル討伐作戦の当事者であったからだ。
オーブのことは分からないが、ラクス・クライン、彼女がこの派手な演出で何をしようとしているのか、タリアには予想ができる。

(ギルバート…)

その時に彼へと向けた感情が一体なんであったか、タリアは生涯解明しようとはしなかった。

『わたくしは、ここにプラント最高評議会ギルバート・デュランダル議長をここに告発いたします!』

ラクスの告発の声と共に、両陣営にはギルバート・デュランダルの罪を明らかにするデータが送信された。



「デュランダル議長、プラント最高司法院からの正式な召喚状をお持ちしました」

デュランダルは数日前に勝利の朝やけを見たカーペンタリア基地の執務室にいた。
オーブで流れたラクスの映像は、もちろんここへも流れてきた。戦場で流されるのと同時に全世界の電波で流されたのだ。
デュランダルの罪を証明するデータも地球、プラントの主要機関へと同時に送信された。

「君か、ジュール隊長…」

逮捕状と言っても過言でない召喚状を持って多数の兵を従え、デュランダルの身柄を拘束に来たのは誰あろうイザーク・ジュールだった。
アイスブルーの瞳をすがめたその人は、本当に残念そうだ。
もっと慌てふためくのではないか、とイザークは考えていたのだが、デュランダルは穏やかともとれる静かさで日に照らされる海を見つめていた。
召喚状にもあるデュランダルの罪は数え上げれば切りがなかった。
その中でも大きな取り扱いだったのが、情報操作まで用いた独裁だった。
先の大戦後に発足したアイリーン・カナーバ率いる暫定評議会は、パトリック・ザラの暴走を許した議会と法のあり方に深く反省し、議会、および長の独裁を厳しく取り締まる法を施行させた。
デュランダルの秘されていた行動は、その法にことごとく抵触していた。

「アイリーン殿の子飼いは誰かと探してはいたんだが…まさか、君だったとはね」

そしてその法と共に、アイリーン・カナーバ暫定評議会議長、そしてそれを補佐したルイーズ・ライトナー元議員たちが主導し、最高評議会を弾劾する法も制定された。
それが以前はほとんど機能することのなかったプラント最高司法院への告発の強化だった。
まだ国としては若いプラントが新たなる一歩を踏み出す為に設けた、過ちを繰り返さないようにするための法。
デュランダルだとて、自分がその新法を犯していることを自覚していた。
そして、最近の自分の動向を動向をアイリーンとルイーズ・ライトナが不審がっていたこともつかんでいた。 だが例え彼女たちが行動を起こすとしても、絶対の証拠がなければ立証は難しく、その証拠を集めているはずの部下を捕えれば問題ないと思っていたのだ。
しかし、そのデュランダルの考えは甘かった。
彼女たちの手足として動いていたのはこのイザーク・ジュールであり、何より彼女たちはデュランダルが唯一恐れた白のクイーンと協力していたのだから。
召喚状にある告発人のところには、ラクスとアイリーンの名が連名で記してあった。

「例え法に触れたとしても、平和な世界への足がかり。大事の前の小事だとは思わないか?」

デュランダルは穏やかにイザークへと問いかける。イザークは答えなかったが、意外な声があがった。

「わたくしは、そうは思いませんわ」

兵士たちの列が割れイザークも、彼女へと道を譲る。
そうしてデュランダルの前に堂々と姿を現したのは、誰あろう、ラクス・クラインその人だった。

「大事の前の小事、それはあなたが描く未来が“平和”であるとの前提です。ですが、わたくしは貴方が描く未来も、それを実現するための手段として法を犯すことも許すことはできません」

「ラクス・クライン…まるで、貴方は私が描く未来を知っているような口ぶりですね」

デュランダルは彼女の登場にいっとき言葉を失ったが、すぐに皮肉げに口の端を持ち上げていった。
それを聞いたラクスは、おのが手に持っていた一冊の古ぼけたノートを開いてデュランダルに見せた。目を見張ったのはデュランダルだ。

「これは、コロニ―メンデルにて発見したものです。貴方の手記で、確かにここに貴方が望む未来の形が書いてあります」

その中には、デュランダルが夢見た、ディスティニープランの原型がある。もうデュランダルになす術がないことは明らかだった。
全部処分したはずの若かりし頃の熱い思いの欠片は、その夢を壊す最強の剣となった。

「確かにこの未来は“平和”なのかもしれません。ですが真実の明日が来ない、明日など世界ではない。わたくしは、例えつらくとも努力を超えて手に入る未来を望みます。それが“人”としてあるべき姿ではないでしょうか」

厳しい瞳で言うラクスに、デュランダルは少しだけ表情をゆがめた。
不快、を示しているわけではない。ただデュランダルにはラクスが眩しすぎたのだ。

「貴方は……思っていたよりも理想主義者なのだね」

デュランダルはそう言うと、ラクスの脇をすり抜けてイザークの傍に歩み寄る。
イザークはただ何も言わず、デュランダルの先導のために前に立て足を進めた。と、数歩行ったところでデュランダルが歩みを止めた。

「そういえば、あの告発にはあのことがなかった…。それは何故かな?」

あのこと―――それが何を指すのか、ラクスとイザークには即座にわかった。
ユニウス・セブンの地球落下のことだ。
確かにラクスたちは、デュランダルがあの落下事件に少なからず絡んでいたことを掴んでいた。 今回のことと共に告発しようと思えばできたのだ。だが、彼女はあえてそうしなかった。
だから彼女は。

「―――さぁ、わたくしには何をおっしゃられているのか、分かりませんわ」

振り返って問うたデュランダルに、ラクスは極上の頬笑みを向けていった。
それにデュランダルは一瞬虚をつかれたが、すぐに皮肉でもなんでもない笑いをこぼした。

「前言を撤回する。貴方は、私が想像した通りの人だ」

それがデュランダルにとってラクスへの最高のほめ言葉であった。



「…わかってる。そう怖い顔をしなくたって逃げないわ」

もう一人のラクス・クライン―ミーア・キャンベルは、自分の夢の時間が終わりを告げたことを知った。 それは皮肉にも、彼女が憧れてやまなかった、ラクス・クラインその人の手によってもたらされた終焉だった。
あの全世界同時放送が終わった直後、ミーアの部屋にはいつか会った褐色の肌の軍人が部下を引き連れて彼女を訪ねてきた。
ただの訪問ではないことくらい、ミーアにだってわかる。

(夢の終わり…か)

いつか雨に全身を浸して、彼が言った。
夢はいつか必ず覚める、と。
だから私は言った。

(それでも、その時までは…)

ミーアは自分が選択した生き方に後悔はなかった。
あこがれ続けた夢の中で生きられたのだから。

「夢って、見ている時は長く感じるのに、目覚めると途端に短く感じるものね」

憂いを含んだその表情は、確かに彼女が演じ続けたラクス・クラインその人に瓜二つのものだった。



この日、オーブ侵攻を指揮したギルバート・デュランダルプラント最高評議会議長は、告発により即日離職を勧告される。
それによって暫定的にプラントの最高評議会は、以前と同じようにアイリーン、そしてラクス・クラインによって率いられることになった。
また、侵攻を受けたオーブはこの日、今までのオーブの公式発表が一部の派閥の暴走によりオーブの理念とかけ離れた行動をとったことを自国の国民、そして世界に謝罪を表明した。
そして、ジブリールたちと手を組んでいた政府中枢の人間を一掃し、暫定的にカガリ・ユラ・アスハが代表首長として新たな制度ができるまでの間国を率いることを発表した。