「サクラ、つかまってろよ」

AAのドッグにデスティニーで着艦したシンは、コックピットを開けると、サクラを抱えて下に降りる。 サクラの小さな腕には、先日から片時も離れず持っているハロ。 背には、元から持っていたリュック。
サクラは、コックピットからの降下をアトラクションと思っているのかはしゃいだままだ。
憂いも何もない笑顔が、シンにとっては救いでも、そして残酷でもあった。

「サクラ!…シン…」
「アシュちゃん!!」

降り立ったシンが見たのは、ディスティニーを遠巻きに見つめる恐らくAAのドッグクルーと、よろよろとメイリンに肩をかしてもらいながらこちらに向かってきたアスランの姿だった。
アスランを認めたサクラは、シンの腕から飛び降りるとアスランの元へ駆けて行く。
その背を見つめて、シンは、ああ、自分の役割は終わったのだと思った。

「サクラ!! 無事で、無事でよかった…」
「アシュちゃん…?」

駆け寄ってきたサクラを、アスランは怪我も厭わず膝をつくと、力の限りで抱きしめた。
そんなアスランに不思議そうな声を出すサクラ。

「本当、本当によかった。よかったね、サクラちゃん」
「メーちゃん?」

そして、半ば泣きながらサクラを見つめるメイリンを、サクラは事態が飲み込めていないのだろう表情で見つめた。
抱きしめれたままのサクラは、メイリンの背後に自分を見て驚く顔をする人々を見た。それは、アスランとキラによく似たサクラに驚きを隠せないAAクルーたちだ。
だがサクラにとってみれば、彼らは知らない人だ。人懐こさが持ち前のサクラだが、何かいつもと違う雰囲気を察知して段々と表情を曇らせた。

「サクラ、どこも怪我とかしてないか? どこか痛いとか…」
「いたいとこ? サクラ、どこもいたくないよ?」
「ああ、でも、サクラどこにいたんだ? 今日は医務室には」
「きょうはね、シンちゃんとレーちゃんと、リュナちゃんといっしょだったの。あのね、シンちゃんがね、ママのところにいこうって」

どこか浮かない顔をするサクラに、アスランはようやく視線をシンに戻した。
こちらを静かに見つめるシンの瞳は、とても凪いでいた。
何となく、この行動と今のシンの表情で、アスランは悟った。シンが以前の自分達と同じように、何かしらの答えを見つけたことを。

「シン…」
「俺、今でもフリーダムのことも、アスラン、あんたのこともよく分からないし、あんたらの言い分が全面的に正しいとは思ってないよ」

その言葉に後に控えていたAAクルー達がざわめく。だが、他ならぬアスランが何も言わないので彼らは静かに二人のやりとりを見守った。

「だけど…だけど俺は、自分と同じことをサクラにさせたくない。俺の選んだ道で、サクラを傷つけたりはしたくない」

かすかに微笑んで、シンは告げた。
そんなシンの表情に、何か嫌な予感でもしたのかサクラは「シンちゃん」と縋るような声音で、今まで一番近かった人を呼んだ。
だがシンは静かにサクラへ微笑みかけるだけだった。アスランともう一度向き合うシン。

「そうか…」
「ああ…。でも、あんたが言ってた『訓示』ってやつは少しだけわかった。わかったから、ここにこうして来たんだ」

「サクラ」とシンは今までアスランに向けていた視線をサクラに落とすと、今までサクラが見たこともないような綺麗な微笑を向けた。
サクラはその微笑を見た事があった。あれは―。

「サクラ。ママとパパと…幸せに、な…」

そう言ったシンは、サクラたちに背を向けてディスティニーのハッチに駆け戻った。

「シンちゃん!!」
「サクラ、危ない!!」

ようやくそのシンの行動で自分が置いていかれることを悟ったサクラは、シンの名前を叫んで飛び出そうとした。
だが、身動きの素早かったシンはすでにディスティニーを発進させる準備を進めており、アスランはサクラの安全のため小さな体を引きとめた。

「シンちゃん、やだ、シンちゃん!!!」

ディスティニーのコックピットには、しきりに自分を呼ぶサクラの声が響く。
涙交じりで、きっとその顔は可愛い顔が台無しなほどに崩れてしまっているだろう。

「サク、ラ…」

サクラと出会ったのは、陰惨な事件現場だった。
ベッドの下で震えていた幼い子供。
紆余曲折をへて自分が面倒を見ることになった、言葉を失った子供。
ミネルヴァの中をその無邪気な笑顔で明るい雰囲気にしてくれた。
何度その笑顔と行動に救われてきただろう。
サクラという天真爛漫な自分と同じ境遇の子供だたからこそ、シンにとって『守りたいもの』だった。

「いや、シンちゃんもいっしょってっ!!」

見るつもりのなかった外の様子をモニターでシンは見た。
アスランに抱きしめられながらも、必死でこちらへ走ってこようと足をばたつかせるサクラ。
シンの視界が歪む。

『シーンちゃん!』

この一年何時だって、その笑顔があった。
レイと、ルナマリア、そしてアスランと。
戦場にいたのにもかかわらず、穏かな時間を過ごすことが多かった。
それは、きっとサクラが―。

「し、あわせ…に…サクラ!」

振り切るようにシンはぎゅっと目をつぶって、操縦桿を引いた。
それと共に、ディスティにーがAAのハッチから飛び立つ体勢に入った。

「バイバイ…サクラ」

もしかしたら二度と会うことができないかもしれない。
ただ、サクラがどこかで両親と共に幸せに暮らしていてくれるなら、シンはそれだけでよかった。
どうか、どうか、あの子が幸せであるように。

「シンちゃん!!!!!」

既にモニターを切ったはずなのに、シンの耳にはサクラの一際大きな叫び声が聞こえた気がした。