「キラくんに、子供…」

アスランがミネルヴァにサクラが乗った経緯、そしてミリアリアが確かにその子がキラとアスランの子供であることをブリッジクルーに話した。
皆は言葉を失くし、マリューが呟いた一言が一同の気持ちを代弁していた。
一端、戦線を離脱したAAだが、すぐにまた戦場に舞い戻る。その時には、再びミネルヴァと交戦する可能性もある。
しかし、こんな事実を知ってしまったら、ミネルヴァと戦う気持ちも鈍ってしまう。

「サクラちゃんにそんなこと…でも、どうして貴方はサクラちゃんのことを知ったの?」
「あの子にハロを作った時に、トリィのことを聞かれて…そこからキラが母親で、俺が父親だって分かったんだよ」

静かにアスランは答えるが、その表情は暗く、ミネルヴァにいるはずのサクラの安否が気にかかっているようだ。
そんなアスランの姿を見つめるメイリンの表情も芳しくないもので、アスランの逃亡に付いていった時に置いてきてしまったサクラのことがずっと気になっていたのだ。 あの時は、置いていくことが一番だと思っていたが、父親のアスランと母親のキラがいるAAに連れてきてしまえばよかったのではないかと少し思っていた。
もちろん、逃亡する時にメイリンはこんな事実を知らなかったし、アスランは瀕死の重傷を負っているのだから、これが一番最善だったとわかっている。
それでも「もしも」を考えずにいられないのが人である。

「あの、アスランさん…レイもお姉ちゃんも出撃してなかったから、医務室にいなかったってことも…」
「…ありがとう、メイリン」

気休めにしかならない言葉だと分かっていて、アスランはメイリンに礼を言った。
一同は、一体どうしたものかと頭を痛めた。
その時だった。

「ミネルヴァからMSが発進しました!!」

階下に残っていたオペレーターの声と共に、ブリッジのモニターにはミネルヴァから飛び立つデスティニーが映る。
激しいMS戦が繰り広げられている最前線へ行くのかもしれないと、苦く見つめる一同。
だが、デスティニーは後方に下がっていたAAの方に向かって来る。

「持ち場に戻って頂戴! ウォンバット、バリアント装填!」

アスランやミリアリアにオペレーター席に戻るよう促すマリューは、すぐさま迎撃準備の命令を下した。
それに応えて、あわただしくなるブリッジ。
席に戻ったミリアリアは、今サクラのことをどうすることもできない自分に歯痒さを感じて、唇を噛み締めた。だが、戦いは待ってはくれない。 急ぎ、気持ちを切り替えて、計器に向かう。そして、気づいた。

「艦長! あのMSから通信回線を開くように要請が来ています」
「なんですって!?」

ミリアリアの声にざわつくブリッジ。
マリューでさえ唖然としていたが、階下に戻る途中でブリッジ上階に引き返してきたアスランが、「繋いでください」と強い調子で言った。

「アスランくん…大丈夫なの?」

マリューの問いかけにアスランは、ただ微笑みを見せるだけだった。
本当のところは、アスランだって「大丈夫」なのかはわからない。
自分の必死の説得よりも、レイやデュランダルが語る理想を選んだシンだったから、今更自分の声が届くとは考えがたかった。
けれど今までのシンならば、通信なんて絶対にしてこようとはしなかった。
その変化に、アスランは懸けてみたいと思った。

「回線、開きます!」

ミリアリアの声と共に、アスランとメイリンには既知の、他のメンバーには未知のパイロットとの回線がAAに繋がった。



『シン、だろ?』

「あ、あんた…」

サクラを連れ、ミネルヴァを出てきたシン。
タリアたちはシンがフェイスの権限により、自分達の判断で出撃したと思っていた。
だが、シンは戦闘が激しい場所へ飛び立つわけではなく、何故か先ほどミネルヴァが仕留め損ねたAAに向かっていた。
それに気づいたミネルヴァのブリッジから通信が入るが、シンはそれを無視してAAに通信を呼びかけた。
シンの膝に乗っているサクラは、ブリーフィングルームから出た直後から初めて見るものに囲まれて上機嫌だ。
コックピットの中でも、ずっとはしゃいでいる。
シンは、サクラのそんな姿もこれで見納めになるのかと寂しげに見つめた。
そうしている間に、ようやくAAが回線を開き通信が繋がった。
そして、シンは自分の目を疑う。

「あんた…生きて…た、のか?」
『何とか…というところだが…な』

開いた通信のモニターに映っていたのは、自分が殺したはずのサクラの父親、アスラン・ザラだった。
包帯が捲かれていたり、頬にはガーゼを当てていたりと、彼が言ったとおり「なんとか」という言葉がぴったりとくる有様だったが、確かに生きて、そこに居た。
突然、固まってしまったシンを不思議に思ったのか、今まで正面のモニターに映る景色ばかり眺めていたサクラが、シンの方を覗き込むようにしてきた。
ちょうど死角になってAA側からも見えなかったサクラの姿が、モニターに映りこむ。

「シンちゃーん、どうしたの?」
『サクラ!?』

アスランは目を驚愕に見開き、言葉を失っている。
しかし、サクラは事態を理解していないので、久方ぶりに顔を見たアスランに満面の笑みで手を振っている。

「アシュちゃーん!」
『無事、だったか…』

笑顔を向け、別段変わった様子のないサクラに、アスランは目に見えてほっとしていた。
先ほど、ミネルヴァ艦内ではAAの攻撃によって火災が起きていたから、それで心配していたのかと、シンは混乱する頭で納得した。
アスランが。
サクラの父親であるアスランが、生きて、そこにいる。

「…ハッチを開けてほしい。デスティニーを一端おろすために」
『シン?』

シンの言葉にAAのブリッジがざわめく。
だが、アスランだけは向かい合うシンの表情が思いつめたようなものだったので、困惑してシンの名前を呼ぶ。
シンは思う。
普通、自分を殺そうとした者が目の前に表れたら酷い言葉を吐いて相手を罵っても仕方がないだろし、近しい人を殺されたら相手に何をしたって気は収まらないだろ。
だが、この目の前にいるアスランは、そんなことをしなかった。
連鎖を止めることを知っていた。

「サクラ…」

名前を呼ばれてシンの方を向くサクラ。いまもまだ自分に向けてくれる笑顔。
ずっと、これから自分がその笑顔を守っていくのだと思っていた。
ずっとずっと。この手で、サクラの幸せを守ってやれると思っていた。

「サクラを、連れて行くから。アンタの娘を、連れて行くから…ハッチを開けてくれ」

シンは覚悟ができてきなかった。
誰かの大切な人を奪う覚悟も、何を犠牲にしても何かを守る覚悟も。
犠牲にするのは己の理想であったり、感情であったり、自分自身であったかもしれないが、シンはどれもできていなかった。
守りたいものを失う直前で、己の覚悟のなさに気づいた。
たぶん、自分は救われる方なのだ。
結果的に、守りたかったサクラの本当の幸せを奪うこと、自分が一番憎んだことをサクラにすることはなかったのだから。

『シン、おまえ…』
「”返しに”行くよ、サクラを」

たくさんのものを失った。たくさんの悲しみを背負った。たくさんの後悔をした。
だから、せめて。
せめて、サクラにだけは幸せを得てほしかった。
ハッチを開くAAを横目にしながら、何も知らないまま自分に笑顔を向けてくるサクラにシンはただ笑いかけた。