「後部ミサイル発射管、全門ウォンバット装填!」
「ゴットフリート、バリアント照準、ミネルヴァ!!」
AAのブリッジには、主砲以外の戦力を用いてきたミネルヴァの攻撃に対応する声が飛び交っている。
指示通りに計器を操作するアスランは、そんな中、相対するミネルヴァに乗るサクラの無事を祈っていた。
両艦は今回の戦闘で主砲の準備をしておらず、擦れ違いざまにそのほかのミサイルで互いを攻撃しあっている。
このまま行けば、両者とも無傷とは言わないがそれほどのダメージもなく済ませられるのではないか。
アスランは、そう考えた。
だが。
「面舵20、回避―!!」
マリューの叫ぶような指示に、すぐさまノイマンが応えてAAの軌道を変える。
しかし、ミネルヴァの方はAAが放ったミサイル攻撃を避けきることが出来ず、まともにその爆撃を受けていた。
どうやら何度もミサイル攻撃が加えられた箇所に当たったようで、装甲が剥げ遠目にも艦内で火災が発生していることがわかった。
アスランの背には嫌な汗が流れる。
そして、アスランの隣にいたメイリンはハッとしたように叫んだ。
「あそこ…医務室の近くです!…サクラちゃんが!!」
「な、んだって…!?」
アスランの全身から一気に血の気が引く。体の痛みも忘れて立ち上がり、ブリッジ上部にある大きなモニターまで駆け出した。
その後を追うメイリン。
何事かと目を白黒させるクルー達の中で、ミリアリアだけが「サクラ」という名前に胸をざわつかせる。
「アスランくん、一体どうしたの?」
「そんな…、サクラ…」
「さっきシンが出撃してたから…サクラちゃんは医務室、ですよね…」
すれ違いざま、一部が炎上するミネルヴァを見ながら茫然自失となっているアスランに、メイリンが認めたくないと思いながらも今までのことから考えられることを口にする。
マリューが、ひどく衝撃を受けているアスランに声をかけるが、アスランには聞こえていないようだった。
尋常ではない様子の二人に、ミリアリアは立ち上がる。
「ちょっと、サクラちゃん、て…まさか、キラのサクラちゃんのことなの!?」
駆け寄ってモニターを見つめたままのアスランの肩を掴み、自分の方に振り向かせたミリアリアは強い調子で問い詰める。
とっさに言葉に詰まったアスランだが、ミリアリアの言う「サクラ」は、どう考えてもキラと自分の娘のことにしか思えない。
「ミリアリア、どうしてサクラのことを…」
「!!見てないの?私が送ったもの!?…あの馬鹿、絶対届けてって言ったのに!!」
ミリアリアは「信用した私が馬鹿だった…」などと、溜め息をついていたが、すぐにはたと我に返る。
状況が飲み込めていないアスランは、サクラのことを何故ミリアリアが知っているのか理解できずに困惑していた。
「じゃあ、どうして貴方、サクラちゃんのこと知っているの…?っていうか、どうしてミネルヴァにサクラちゃんが!?」
「君が送ったもの…?いや、サクラのことは…」
「って、そんなこと言ってる場合じゃないわ!!どうして、よりによってミネルヴァに!!」
「アスランくん、ミリアリアさん…?」
ミリアリアの剣幕にアスランもすぐに応えることができなかったが、マリューを始めとしたクルー一同も混乱の極みにあった。
マリューがみなの気持ちを代弁するように、声をかけると、ミリアリアは
「緊急事態よね…」
と言うと、アスランを強く見据えてこう言った。
「サクラちゃんのこと、ミネルヴァにどうしているのかも含めてここで説明してちょうだい」
「何を…言っているんだ?」
シンの頬に拳を叩き込む直前、耳に入ってきた情報を上手く処理することができず、レイは体を硬直させた。
いまシンは何と言った?
「サクラの母親…フリーダムのパイロットだったんだ…」
もう一度、しっかりとした声でシンはレイに言った。
瞳は強くレイを見据えていて、とてもではないが嘘をついているようには見えない。
そんな馬鹿な!とレイは思う。
フリーダムのパイロット、キラ・ヤマトは男性のはずだ。サクラの母親になんてなれるわけはない。
思わずレイは、シンの襟首から手を離して後ずさった。
「そ…そんな馬鹿なことあるわけないだろう!!」
らしくはなかったが、レイの声は掠れていた。
有り得るなずがないと頭では思っても、瞳で訴えてくるシンの様子がレイに嫌な予感を起こさせる。
間違っているはずがない。
メンデルで計画に直接関わっていたデュランダルが言うのだから。
”完成した”彼に会ったことはなかったが、確かに男性という計画で進められたと。
そう、レイはデュランダルから聞いていた。
だが、そこでハッとする。デュランダルもクルーゼも、そしてレイ自身も生身の”キラ・ヤマト”に会ったことがないことに。
”彼”の存在が示されていたのはいつだってデータ上のことだった。
「嘘じゃないの、レイ…」
「ルナマリア…」
血の気が引いているレイに、ルナマリアはシンの言葉に重ねて言った。
アカデミー時代から共に過ごしたルナマリアだったが、レイのこんな取り乱した様子は初めてだった。
シンが真実を知った時のような思いをまたさせてしまうのかと気持ちは落ち込むが、それでもルナマリアは口を開いた。
「私のところにアスラン宛の手紙が誤送されてね。
その中に入ってたの…フリーダムのパイロット―キラっていう人とラクス様が話してる映像が」
”キラ・ヤマト”。フリーダムのパイロットである者の名前は、恐らくザフト軍内でデュランダルとレイ、そしてアスランしか知りえなかったはずだ。
その名が出たことで、ルナマリアの話には高い信憑性がある。
レイの顔はますます青くなった。
「二人でキラって人の妊娠のこと話してた。きっとアスランにも似てるとか、彼が喜ぶとか…」
「アスラン?」
確かにアスランは、”キラ・ヤマト”と懇意にしていたと聞いていた。
それが友情であろうと恋情であろうと、ただ二人の仲が親密だったという事実だけで十分だった。
そう、二人が同性だと思っていたならば。
「その人が妊娠したの…アスランの子供だって、二人で話してたの」
同性ならば、どんなに想い合ったとて子供は作れない。それこそ自然の摂理を曲げたレイのような存在を生み出す技術を用いなければ不可能だ。
だが異性で互いに求め合えば、子は成せる。
それが連綿と続いてきた命の繋ぎ方だ。
「だが、どうして、例え、フリーダムのパイロットがアスランの子供を身ごもっていたとして、どうしてそれがサクラの母親になる!」
”キラ・ヤマト”だけでなく、アスランまで絡んできてレイの頭は思考を止めてしまいそうだ。
なぜなら、もし”キラ・ヤマト”が女性でサクラの母親だった場合、父親はアスランになるからだ。
そう、どちらも自分がシンをそそのかして殺した相手だ。
「サクラちゃん本人が言ったの…キラって人見て、『ママ』って。何回も『ママ』って言うの」
「馬鹿な…」
一言だけ呟いたレイは視線を落とした。
サクラが、アスランとキラ・ヤマトの娘。
ずっと男性だと思っていた”キラ・ヤマト”が女性だったこともレイにとっては衝撃的だったが、何よりもサクラのことがこれほどにレイを追い詰めていた。
人とは違う生まれ方をしたレイにとって、サクラは、シンやルナマリアとは違う”家族”にも似た温かさをくれた子供だった。
だから、例え限られた未来だとしてもレイはサクラの為に出来る限りのことをして消えるつもりだった。
サクラが望むように不明の両親を探し出し、もし死亡していた場合は然るべき措置をとりシンに預けて…。
「レイ…」
声もでないほどに衝撃を受けているレイに、ルナマリアはかける言葉も持たず、ただ沈痛な面持ちでその姿を眺めることしかできなかった。
沈黙に支配されたブリーフィングルームは、先ほどから外で始まった戦闘の衝撃で少し揺れていた。
誰もが黙ったまま、立ち尽くしたままの中、再び動きだしたのはシンだった。
「サクラ、おいで」
「シン、ちゃん?」
部屋の隅で小さくなっていたサクラの傍に言ったシンは、いつになく優しい声と表情でサクラを抱き上げた。
瞳に涙が滲んでいたサクラも、シンの腕に収まると安心するのか受け答えははっきりしていた。
ルナマリアはその様子を黙って見ている。
何をするつもりなのか判らないが、シンの優しげな表情は見ようによっては泣いているようにも感じられた。
「サクラ…いま『ママ』のところに連れてってやるからな」
「ママのとこ?」
「シン!?」
咎めるような声でシンの名を呼んだルナマリア。
サクラは突然、母親のことを言い出したシンを不思議そうに見ている。
「ああ、会いたいだろ?ルナ、サクラの荷物持ってきてくれる?」
「ちょっと、シン! 『ママ』ってまさか、あんた!?」
「……ルナ、頼む」
ルナマリアの問いかけには答えず、シンは言った。
サクラの荷物―それが何を意味しているか分からないルナマリアではない。
シンはサクラをフリーダムのパイロットの元へ連れて行くつもりなのだ。サクラがずっと会いたがっていた母親の元に。
まだ戦闘が続いている状態だ。サクラを連れて行くのは、おそらくフリーダムの母艦だろうAAに違いない。
そこにサクラを連れて行くことは、シン自身にも危険が及ぶ。
AAにサクラのことを信じてもらえず、MSごと撃落とされる危険。AAで捕縛される危険。そして、軍内部でシンがスパイとして告発される危険。
シンは、そんな危険全てを承知しているのだろう。
ルナマリアに頼み込む目は、静かに凪いでいた。
「…わかったわ。ちょっと待ってて」
たぶん、もうシンに何を言っても無駄なのだとルナマリアは悟った。
真実を知ったあと、ルナマリアだってサクラにとって何が一番最善なのかさんざん考えたが、、シンのように思い切った行動なんてできなかった。
けれど、今フリーダムのパイロットが生きているなら、ルナマリアもサクラが母親の元に行くことがいいのではないかと思う。
だから、ルナマリアは了承の返事をしながら自分の部屋へサクラの荷物を取りにブリーフィングルームを後にする。
「ママのところ?シンちゃん、ママしってるの?」
「うん。サクラのママ見つかったよ…。だから俺が連れていくよ」
シンの言葉に、サクラは裏にある事情など一切わからずただ単純に喜んでいた。
その喜びように、シンはこうしてこの子を送り届けて行った先でどんな仕打ちを受けたって構わないと思っていた。
「レイ」
先ほどから、黙って視線を床に固定したままのレイ。
シンだって、こんなに衝撃を受けているレイを見るなんて初めてのことだ。
冷たいようにも見えるが、いつだって自分を応援して、一緒に色々なことを考えてくれたレイ。
シンにとって、レイは一番の理解者で、戦友だ。
本当は、自分のような思いをレイにだけはさせたくなかった。
「俺、戦いのない世界―俺みたいな思いする人がいなくなるような世界をつくりたかった」
シンの話を聞いているのかいないんのか、レイは微動だにしない。それでもシンは話し続ける。
「今だってそんな世界をつくりたいと思うし、フリーダムがその邪魔をするなら止めたいと思う」
フリーダムという言葉が出て、レイの肩が少しだけ動く。
シンはレイに背を向けていたため気づかなかったが、シンに抱き上げられていたサクラはそれに気づき「レーちゃん…?」といつもと違うレイに不思議そうな声をあげた。
「でも、俺。そのために、サクラを傷つけたくないんだ」
そう言うとシンは、抱き上げ方を変えてサクラの表情を覗き込む。
先ほどからの異様な空気に、ようやくサクラはいつもとシンたちの様子が違うことに気づいたのか、優しげなシンの顔にもサクラは困ったような顔を見せた。
「シンちゃん?」
「いまさら俺が言うことじゃないと思うし。サクラ一人のためにって思うかもしれない。だけど…」
そこでシンは一端言葉を切り、レイの方を向いた。
レイもその様子を感じ取って、ようやく顔を上げてシンを見つめる。
「だけど、俺…サクラが笑ってくれない世界なんて、つくりたくないんだ」
言い切ったシンは、泣きそうなくせに笑っていた。
自分などよりも、余程精神的に強く”人”として生きているシン。
同室のパートナーになった時から、レイはシンのそんな”人らしさ”に憧れていた。
反発するように冷たい態度を取ったこともある。けれど、それは全て”憧れ”からの反動だった。
(ごめんなさい…ギル)
この命、すべて貴方のため使おうと思っていた。
今だって、デュランダルに受けた恩、与えてもらった”幸せ”を忘れたわけではないし、自分のようなものを作り出さない、彼の目指す世界を共に作り上げたいと強く思う。
けれど。
サクラのことを見捨てることは、”人として”あるべきではない姿のような気がする。
”人らしい”シンや、ルナマリア、その他ミネルヴァのクルー、それにサクラ。
彼らと過ごしたこの月日、いつの間にか自分は、甘さとも取れる”人らしさ”に感化されたようだ。
ああ、自分の手で貴方の夢を壊してしまうかもしれない。
そう、レイは苦く思う。
たぶん、レイはシンと同じように”キラ・ヤマト”をもう一度撃てはしないだろう。
サクラのことがあるだけで、こんなにも簡単に全てを懸けてきた計画の敵を見逃そうとしている自分が少しおかく思える。
けれど、そんな”人らしい”自分がレイは嫌いではなかった。
「サクラ…」
「なあに?」
心配そうな顔で、先ほどから一言も発しないレイを見ていたサクラ。
レイは、そんなサクラの顔を見て、やはりシンと同じような顔をして言った。
「サクラ、風邪、ひくんじゃないぞ…」
「レイ…!」
レイの言葉を聞いて、顔をほころばせたシン。
そしてタイミングよく、ちょうどルナマリアがブリーフィングルームに戻ってきたのだった。
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