「そっちは大丈夫ですか?」
カガリの乗るアカツキがデスティニーによって堕とされるとAAクルーの誰もが肝を冷やしたその時、危機を救ったのは新しいMSに搭乗し空から颯爽と現れたキラだった。
フリーダムによく似たその機体が、通信越しにバルトフェルドが語ったものなのだろう。
戦闘に参加するほど体力が戻っていないキラには、今の戦闘すら辛いはずだ。だが、そんな素振りなど見せず以前にも増した操作でザフトのMSを翻弄している。
「ええ、まだ本格的な戦闘はしていないから…。キラくんこそ大丈夫なの?」
「まだ大丈夫ですよ」
モニターに映るキラの顔色はいささか青い。
マリューの気遣いにキラは微笑んで答えるが、ブリッジのクルー達は心配そうにキラを見た。もちろん、アスランもその一人だ。
「キラ、無理はするなよ」
「うん。大丈夫だから…アスランこそ無理はしないでね」
「心配しないで」という言葉をキラは飲み込んだ。いままで散々アスランに心配をかけてきた自分が言う台詞ではないなと苦く思ったからだ。
自分と同じようにジッとしていられないとキラは考えていたから、ブリッジにアスランが居てもキラは驚かなかった。
アスランとの会話で穏かな顔をしたキラだったが、「マリューさん」と艦長であるマリューに向き直ると戦士の顔で宇宙のラクスからの様子をつたえた。
「ラクスの方は準備が整ったみたいです。プラント本国の方も、地上の方も。あとはカガリからジブリールを捕らえたと連絡が入ればすぐに動けます」
「わかったわ。キラくんのお陰でアカツキも行政府へ到着したみたいだし…一端キラくんも帰投したらどうかしら?」
ようやく終わりの見えたこの戦い。やっと全てのことにカタがつく。
ひとまず安心したマリューは、大丈夫だと言ったキラにAAへ戻ってこないかと提案した。だが、キラは静かに首を振った。
「いえ。まだジブリールは月への逃亡を考えているようですから、僕はマスドライバーを落としてきます。
せっかく再建したものですけど、退路を断っておかないと取り返しの付かないことになるから」
そう言うとキラはすぐさまAAの傍から飛び立ち、新たな戦場へと向かった。
(無理はしないでくれよ、キラ…サクラのためにも)
飛び立つキラの姿にアスランは胸の中で呟いた。
デスティニーがアカツキに最後の一太刀を浴びせようとした時、その間に割って入った新型MS。
映像越しに伝わるその気迫に、アスランはすぐさまキラだと直感的に思った。
無事に宇宙から戻ってきたのか、と安心したが彼女が対峙するデスティニーのパイロットがシンだと知っているアスランは激しい戦闘を予想して身を硬くした。
ほとんどフリーダムと変わらないその姿に、シンは以前のように必ずコックピットを狙って攻めてくると思ったのだ。
だが何故か、フリーダムによって右腕を落とされた直後からデスティニーは沈黙してしまい、新たな攻撃を繰り出してくることはなかった。
フリーダムがその場から背を向けて飛び立っても、追うこともせず微動だにしなかった。
(何かあったのか、シン?)
一時はキラを殺されたと、シンに対して深い憎しみを抱いたこともあった。だがその憎しみよりも、シンへは哀れみの方が勝った。
理想を追い求める姿にかつての自分を見たからかもしれない。
エヌジャマーキャンセラー搭載型のフリーダムやジャスティスに弱冠劣るとは言え、デスティニーの機動力はほとんど変わらない。
いや、遥に性能で劣るインパルスでフリーダムをしとめたシンなのだから、機動力を理由に戦闘を放棄したとは考えにくい。
では何がシンの身にあったのか?
(まさか…サクラ!?)
今のシンが何かに影響されるとしたら、それは彼が掌中の珠のように可愛がっているサクラ以外に考えられない。
ミネルヴァはここへ来るまで、アスランが逃走してきたカーペンタリアにいたはずだ。それゆえ戦闘などでサクラの身に何かあったとは考えにくい。
ではシンに一体なにが。
「ミネルヴァ、離水しました!」
「みんな、ミネルヴァが来るわよ!」
考え込んでいたアスランだったが、ミリアリアとマリューの声に気を引き締め、その思いを押し込めて目の前の計器に向かう。
AAの目の前にはデスティーを収容したミネルヴァが迫り、不沈艦と名高い両艦は一騎打ちを展開しようとしていた。
「いったいどういうつもりだ、シン!!」
「ちょっと、レイ!」
微動だにしなくなったシンの様子に、ミネルヴァからは故障かもしれないと一端帰投するよう指示がでた。
しかし、帰投した直後に調べてみた結果、右腕部分の損傷以外にこれと言った故障などありはしなかった。
エナジーフィラーが尽きたわけでもなく、計器の故障でもない。
それゆえ、フリーダムを追わなかったのはシン自身の意志だったことがわかったのだ。
そのことを知ったレイは、ブリーフィングルームに戻ってきたシンをカーペンタリア基地でしたようにシンの胸倉を掴んで問い詰めた。
「あれはフリーダムだ。俺たちの理想、戦争のない国への障壁だ。何故、あの時のように追撃しなかった!」
「レイ、止めなさいよ!!シンだって…シンだって!!」
「…………」
「なぜ黙っているんだ、シン!」
何時になく怒りを表しているレイの様子に、サクラは泣きそうな顔をして部屋の隅にうずくまってしまっている。
常のレイならばそこで理性を取り戻して、冷静にシンの行動の理由を問うただろう。
しかし、今のレイはサクラの様子に気づけるほど周囲が見えていなかった。
それはこの世からやっと抹殺できたと思っていたキラ・ヤマトが再び姿を現したからだった。
シンと同じようにレイもまた、あの機体に乗っているのは紛れもなく以前のフリーダムのパイロットだと確信していた。
人類の欲望を具現化した、ただ一人の完璧な”コーディネーター”。
あんな存在がこの世にいるからこそ、自分のような思い抱える失敗作が次々に生み出される。
もうレイは自分や、クルーゼのような絶望を広めたくはなかった。だから、文字通り命を懸けて今までの計画を遂行してきたのだ。
なのに。
「シン!!答えろ!!」
「レイ!!」
シンはだんまりを続けたままだ。それが余計にレイの怒りを煽り立てる。
そして、レイとシンの間に入って必死に仲裁をするルナマリア。
ルナマリアには、シンの行動の理由が判っていた。
それは間違いなく、サクラの母親のことだろう。
あの機体に乗っているのがサクラの母親なのかはわからない。だが、正確な操縦技術はフリーダムを彷彿とさせ、その可能性は高いように思われた。
それゆえ、サクラの両親を奪ってしまったとここ数日ずっと思い悩んでいたシンは、彼女に再び剣を向けることなど出来なかったのだ。
きっとルナマリアが戦場にいても、同じことをしただろう。
「……できないよ。俺…もう…フリーダムは撃てないよ」
「なに?」
「シン…」
顔を寄せて問い詰めていたレイから顔を背けて床におとしたままだった視線を、レイの瞳にひたとあわせてシンは言った。
それは以前のシンであったならば決して信じられないことで、レイは思わず聞き返していた。
ルナマリアは、決意をみなぎらせたシンの様子に、真実をレイに言う時が着たのかと苦く思った。
「もう、フリーダムとは戦えない…」
「シン!」
今度こそはっきりとそう口にしたシンに、レイは拳を握って手を振り上げた。
だが、
「だって、フリーダムのパイロットはサクラの母親なんだ!!」
シンの頬にその手が届く直前、シンが叫んだ言葉によってレイの体は硬直した。
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