「本当に大丈夫なんですか?」
AAのブリッジ、人員が足りないためにオペレーターを務めることになったメイリンの隣には、病み上がりのアスランの姿もあった。
起き上がることすらやっとだったアスランだが、オーブの危機に一人寝ていることなど出来ないと、無理をおしてオペレーター席に座っていた。
「ああ…オペレーター位なら問題ない」
メイリンを安心させるように微笑んだアスランだったが、その額にはうっすら汗が滲んでいる。
マリューやミリアリアは、じっとしていられないアスランの気持ちも判るためその行動には何も言わなかった。
また今まではオーブ軍の兵士たちがオペレーターとしてAAを補佐していたが、彼らはカガリと共にオーブへ向かってしまっている。
それゆえ、いまAAでは人員が不足していたのだ。
「でも…」
「いいんだ。それより、君の方こそいいのか?」
オーブが戦っている相手はザフトとその他の連合軍だ。
カーペンタリアにいるミネルヴァが出撃してくる可能性は低いが、皆無ではない。彼らと交戦することもあるのだ。
「できるなら戦いたくはありません。でも…私、たくさんのことを知りました。だから自分にできることはしたいんです」
メイリンはAAに来て多くのことを知った。
複雑に絡み合った真実が気持ちを傷つけることもあった。だが真実を知った者として、この一連の争いを一刻も早く終わらせることが義務だと思ったのだ。
だから、メイリンはこうしてAAのデッキに座っている。
「そうか…」
少しばかり躊躇いを見せながらも言い切ったメイリンに、アスランは静かに微笑んだ。
アスランには、彼女を自分の逃走に巻き込んでしまったという負い目がある。つい先日まで自分が所属していたザフトと戦わせるような酷なことはしたくはなかった。
だが、アスランが意識を取り戻していない間にカガリから今回の一連の事件のあらましを聞いたらしい。
ラクスのこと。ユニウスセブンのこと。そして、デュランダルが最終的に目的としていること。
それがメイリンに、戦うことを決意させたようだ。
実際、ミネルヴァでも有能なオペレーターだったメイリンの力は有り難いものだ。力になってくれるならば、これ以上のことはない。
メイリンの様子にアスランはひとまず安心したが、ミネルヴァと戦いたくないのはアスランとて同じだった。
(サクラ……どうか無事で)
無用な心配はさせまいとキラに告げなかったが、ミネルヴァには自分達の娘であるサクラがいる。
シンとレイがあれ程心を砕いて守っているのだ。心配は要らないだろうが、今までのように戦場までサクラを伴ってくる可能性が高い。
いや、心配だからこそ二人はミネルヴァにサクラを乗せているはずだ。
ミネルヴァが戦場に居た場合、恐らくこのAAと一騎打ちになるだろう。そうなれば、どちらも無傷ではいられない。
だが、マリューにサクラの存在は黙ったままだ。戦闘に足枷はめたくなかったからだ。
非情と言われた父・パトリックと同じことをしているのかもしれないと、アスランは思う。
それでも。
今のアスランに、祈る以外サクラの為にしてやれることはなかった。
「オノゴロ島、光学映像でます!!」
モニターに映るのは、既に激しい戦闘が繰り広げられているオノゴロ島沖の様子。
散開するザフトの軍艦を識別する声が上がる中、一同は最後に挙げられた名前に気を引き締める。
「これは…ミネルヴァです!!」
「やはり…」
ある程度は予測していたが、マリューは厳しい眼差しでモニターに映るミネルヴァを見た。
恐らく、あちらの艦長タリア・グラディスも同じ思いでこちらを見ているだろう。
できることなら、撃墜などしたくはない。戦力になる兵器だけを破壊して戦線を離脱させたい。
だが、ミネルヴァはザフト最新鋭の戦艦。AAとほぼ同等、もしくはそれ以上の力を有する艦である。
戦闘不能にするならば、撃墜をするくらいの勢いで攻撃しなければならないだろう。
「アカツキ、二時方向にて敵MSと交戦中」
ミリアリアの声と同時に、デッキの全モニターに映像が出る。
AAクルー達は見慣れぬそのMSを、新型か、とアカツキを圧倒する機体を驚きの目で見つめたが、アスランとメイリンにはそのMSに見覚えがあった。
忘れもしない、自分達を追撃した機体。
「これは、ディスティニー!!…シン!!」
アカツキの腕を切り落とし、再び大きなサーベルを構えた姿にアスランは叫ぶ。
「シン、やめろ!!!」
結局、シンの心には何も響かなかったのかとアスランは悲しく思った。
フリーダム撃墜後に言ったことも、脱走中の海上で語ったことも。
何もシンを変えることはできなかったのか。
(お願いだ、これ以上、これ以上…自ら進んで奪うな!!)
艦内のデッキから思うことしかできないアスランの願いが届いたのだろうか。
直後、アカツキとディスティーの間には、白く輝く自由と云う名の剣が舞い降りる。
「う、そ…なんで」
白と青のフォルムで目の前に立ちはだかるMSの姿が信じられなかった。
その姿はまさしく、フリーダム。
自分がこの手で堕とした、サクラの母親が乗るフリーダムだった。
敵の大将機であろう金色に輝く機体に相対したシン。
敵の戦意を削ぐためには、この機体を落とすことが一番だと判断したのだが、相手方も中々にしぶとかった。
ビームを弾く装甲にたじろいだが、直ぐにビームサーベルを構えて対応した。
パイロットの技量もそれほど高くはなく、何とかコックピットを傷つけることなく戦闘不能にすることができると意を決して飛び掛った。
まさに、その時だった。
「どう、して…」
空から自分達の間に割って入ったフリーダムは、ディスティニーの右腕を落とすと金色の機体を守るように立ちはだかった。
別人が乗っている可能性だってあるはずだが、シンはすぐさまその可能性を打ち消した。
正確無比にデスティニーの右腕だけをサーベルで落とす、その技術。
相対した時に感じる、その迫力。
搭乗しているのは間違いなく、自分が死力を尽くして撃墜したフリーダムのパイロットだ。
「生きてた…?」
奪ったと思った。
守ると決めたサクラから、自分自身が一番憎んだことをあの子にしたと思った。
父を、母を、サクラから奪ってしまったとずっと思っていた。
だが、フリーダムのパイロットは生きていた。
自分が二人を殺そうとした罪は消えないけれど、サクラの母親は生きていた。
「よかっ…た…」
シンの口から零れたのは、そんな安堵だった。
ステラを奪ったフリーダムを赦すことなんてできないと思っていた。だが、シンは自分が奪う側だと理解して初めて、自分はそんなことを言える立場ではないと感じた。
既にたくさんの誰かの大切な人を奪った自分には、ステラのことでフリーダムのパイロットを詰る資格なんてないのだ。自分は、たくさんの人に赦しを請う方なのだから。
だから戦い方も変えた。誰一人でないことが望ましい犠牲を最低限にするために。
だから、さっき決めたのだ。せめて、自分と同じような思いをする者たちが今の戦いで生み出されないように。
金色の機体を先に行かせたフリーダムは、相対したまま動かないディスティーと暫く対峙していたが、戦闘の意志が感じられないと思ったのか、背を向けて別の戦闘へと飛び立つ。
先ほどからコックピットでは、ミネルヴァからの通信を知らせる音が鳴り響いている。
だがシンは微動だにせず、対峙するものの居ない目の前の空をじっと見つめ続けている。
「なら…俺は…」
犯した罪は消えない。
だが、せめて誰かを悲しませることをシンはしたくなかった。
もうこれ以上、後悔しないために。
「俺は…!」
シンは強く操縦桿を握り締めて、深く息を吸い込むと、通信回線を開いた。
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