ブリーフィングルームからシンがデスティニーへ搭乗した直後。
オーブは、ユウナ・ロマ・セイランが会見をし、「ジブリールなる人物はオーブ内にいない」との公式見解を表明。
当然、虚偽であることを掴んでいるデュランダル率いるザフト側は、これに憤慨。
すぐさま、実力行使に訴えることが全軍に伝達され、オーブ本島は現在、ザフトからの猛攻を受けている。
「え…レイ、だけ?」
先日のヘブンズベース戦より、ルナマリアの機体となったインパルスを調整してブリーフィングルームへ行くと、何故かそこにはレイと、彼が連れてきたサクラの姿しかなかった。
サクラのことで未だ心の整理をつけられずにいるシンのことを心配していたルナマリアは、当のシンがいないことに目を見開いた。
「サクラもいるよ!」
「あ、うん!そうよね、ごめんごめん」
ルナマリアの呟きを聞きつけたサクラは、頬を膨らませて拗ねて見せる。慌てて謝るルナマリアの姿に、レイは柔らかな表情を作った。
室内には、以前のような穏かで優しい空気が、少しだけ流れた。
「シンはもうデスティニーで発進した」
サクラはルナマリアに言いたいことだけ言うと、レイの元に駆けて行き抱き上げてもらっていた。レイも嫌がる素振りなどみせず、軽々と抱き上げてルナマリアの疑問に答える。
「でもまだ発進命令なんて…」
「俺たちはフェイスだ。自分の判断で出撃できる」
「そっか…そうよね」
つい先ほどではあるが、シンとレイはフェイスに任命されたのだ。
さっそくその権限を使って、シンは出撃したらしい。だが、ルナマリアはまだシンのことが心配だった。
ジブラルタルでの様子を見る限り、自分の身の振り方が分からず苦しんでいるようだったからだ。
「シン…大丈夫だった?」
「なにがだ?」
「特にってわけじゃないけど。ただ、最近元気なかったから…」
その理由などよく知っているが、レイに真相が知れていない以上、このようにはぐらかすような物言いしかできない。
そんなルナマリアの様子にレイは眉をしかめたが、何も言わなかった。
「特に、変わったことはないさ」
「シンちゃんは、サクラにいってきますって言って、いっちゃったよ」
素っ気無い返事を返すレとは対照的に、最近のお気に入りのピンクのハロを抱きしめながら上機嫌でサクラは言う。
サクラの手には、以前から持っていたピンクのハロのクッションに加え、いつの間にか、動くロボットのハロがあった。
プラント内で有名なそのロボットは、誰がサクラに贈ったのかなど一目瞭然だ。
アスランが出奔した後、サクラを見た誰もがその贈り主のことを考えて、没収したほうがいいのではないかと話が出た。
だが、嬉しそうにハロと戯れるサクラを見てしまうと、誰も実行に移すことなどできなかった。
「そう…」
「でもシンちゃん元気なかったよ?おなかいたいのかな?」
「そんなことはないだろう。腹でも空かせていたのかもしれないが…帰ってきたらシンと食堂にでも行こうか」
「うん!」
存分にレイに構ってもらえることが嬉しいのだろう。サクラの機嫌は、ここしばらく見られないほど良いものだ。
サクラの中で、具合の悪そうな者は大抵、腹痛を起こしているのではないかと振り分けられる。
子供らしい発想だが、そんなサクラの気遣いにミネルヴァクルーはここ一年ずっと癒されてきた。
ルナマリアは懐かしい風景を思い出して、少しだけ視界が滲んだ。
あの頃は、未来にこんな真実が待ちうけているなんて夢にも思わなかった。
ルナマリアは、零れそうな涙を振り切るように話題を変えた。
「ねえ、レイ。さっき言ったじゃない?これが『最後』だって」
「ああ…言ったな」
「なら、この戦いが終わったらレイは何がしたい?すぐには無理かもしれないけど、きっと長いお休みも貰えるでしょうし…」
その休日のことを思ってか、どこか遠くを見つめていたルナマリアは気づかなかった。
『長いお休み』と聞いたとき、レイが悲哀を込めて嗤ったことに。
レイの体は、既に長くは持たないと言われている。それを今まで薬の力で騙し騙し、やってきたのだ。
レイの望みは唯一つ。
自分が共犯であるデュランダルとクルーゼの計画の遂行、それだけだ。
その目的さえ果たせれば、レイは後のことなどどうでも良かった。自分の全ての時間をこの計画に使うつもりだった。
だから、この戦いが終わった後のことなど考えたことなどなかった。
けれど、今は。
できることならば、サクラの成長を見ていたかったと思う。
「そういうルナマリアはどうなんだ?」
「わたし?」
レイは考えていたことを口に出すことはしなかった。
願いを口にしたところで、直ぐに叶うことのない夢だと分かっていたから。
だから、はぐらかすようにルナマリアへ同じ質問を返した。
「そうね…まずは南国へバカンスかしら?」
笑ってルナマリアは答えたが、その心は全く別のことを考えていた。
ルナマリアは、一番最初にメイリンとアスランが追撃された場所に献花しに行こうと考えていた。
フリーダムが堕とされた冬の海にも。
もしもサクラを伴って行けるならば、サクラも連れて。
だが、ここでレイにそう告げることは憚られた。
「そうか…」
「ええ!今から楽しみよ!」
お互いに真実を隠したままの会話。
察しの良い二人は、何とはなしに互いの嘘に気がついていた。
だが、それを問い詰めるようなことをしなかった。
それが、二人の互いに対する優しさで、思いやりだったからだ。
「そろそろ戦闘空域だな…シンも戦闘に加わったようだ」
「『最後』の戦いなのね」
モニターに映るオーブ沖の様子を見ながら、二人はそれきり、沈黙した。
「嘘だろ…なんで!」
デスティニーのコックピットで聞いたオーブの発表は、とんだ茶番だった。
決定的証拠があるにも関わらず、あくあまで白を切りとおすつもりのその発表。
直後に本部より、武力行使の通達が来たこともなっとくしてしまうほど、ふざけた会見だった。
オーブ首脳陣にろくな者がいないことなど、分かりきっていたシンだったが、国に住む人々を恨んでいたわけではない。
自分たち家族を護ってくれなかったオーブを国として憎んでいても、国民すべてがその対象だったわけではないのだ。
だから、目の前に広がる現状に目を疑った。
「なんで、こんな…」
オーブ市街を写したモニターには、デジャヴゥを感じる光景が広がっていた。
焼け落ちる高層ビル。
火に包まれる道。
逃げ惑う人々。
シンが以前見たものとなんら変わらない、その戦場。
「政府は何をやっているんだよ!」
オーブ内の電波を拾って状況を調べてみると、どうやら避難勧告すら出ていなかったようだ。
今頃になって政府の者たちが避難誘導を始めたようだが、パニックに陥った人々を誘導することは並大抵のことではない。
これでは、ザフトの攻撃によって無駄に人が死ぬだけだ。
軍属ではない、普通の人々が。
「クソ!」
シンはデスティニーのビームサーベルを構えると、目の前に旋回していたオーブ所属のムラサメと次々と戦闘不能にしていく。
それは一つの決心だった。
今でもサクラへの罪悪感は拭えもしないし、屠った人々への贖罪は尽きない。
どうしたら、償えるのかもわからない。ただ責任を取らなくては、という一心で戦場に立っている。
けれど、今のシンにも出来ることがあった。
今、目の前で戦火に怯えるオーブの人々はいつかの自分だ。
無力で、悲しみに暮れるしかなかったいつかの自分。
この戦いで全てが終わったとしても、自分のように何かを奪われた者は、戦いの道を選び、自分のようになるかもしれない。
それは悲しみと憎しみの連鎖。
「もう、そんなことは…!!」
連鎖の果てに待っていたのは、シンには絶望だった。もう、そんな思いを誰にも味わって欲しくはない。
いつかの自分のような悲しい道を選ぶものを新たに生み出したくない。
シンにできること。
それは一刻も早く、このオーブでの戦闘を終わらせて、ジブリールを捕獲すること。
デスティニーの機動力ならば、追撃と同じほど容易に、戦闘不能に追い込むことができる。戦闘でも最小限の犠牲で、オーブの行政府を抑えることができれば、戦闘は終わる。
「そんなこと…もう二度と!!」
だからシンは目の前のムラサメを切りつけて、オーブの行政府を目指す。
もう二度と、自分のようなものを生み出さないために。
悲しい連鎖を、ここで終わらせるために。
そして目指す道に立ちはだかったのは、黄金色に光るMSだった。
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