「サクラ!?」
「シンちゃん!」

デスティニーの調整を終え、パイロットスーツを着込んだシンがブリーフィングルームに向かうと、そこには既に支度を済ませているレイと共にサクラがいた。
サクラはここ数日の不安そうな顔から一転して、以前のような可愛らしい笑顔を振りまいてシンのもとに駆けて来た。
すでにミネルヴァは戦闘配備を整えて、カーペンタリア基地からオーブへ向けて出航している。いつもならサクラは既に医務室にいるはずだ。

「どうしてここに…」
「レーちゃんが、ここっていったよ!」

先日サクラと顔を合わせていたことで、いまだ心の整理はつかずとも、シンは以前のような態度をぎこちなくだが取れるようになっていた。
笑顔で膝に抱きつくサクラを促し、オーブ沖を写したモニターの前にいるレイの元へ進む。

「レイ、なんでサクラが…」
「医務室に置いておけないと言われたんだ。仕方がないだろう」
「仕方ないって!何かあったら!!」

ブリーフィングルームは機体が格納されているハッチに程近い場所にあり、ハッチが襲撃された場合、一番被害が大きくなるだろう。
もちろん、それ相応の強度が考えられたつくりになっているが、絶対に安全な場所とは言い切れない。
今までの医務室も「絶対に安全」だとは言えないが、常に誰かが傍にいるため、もしもの時もいち早く脱出してくれると考えていたのだ。
だが、ブリーフィングルームではパイロット達が出撃してしまった場合、誰もいなくなってしまう。
そうしたら、サクラは一人だ。

「何かあったら…?お前は、この戦いに負けるつもりなのか?」

モニターを見ていたレイは、シンの方に向き直って、冷たいともとれる声音で聞き返す。

「サクラを守ってみせると、言ったのはお前だろう?今さら、その言葉を撤回するか?」

『ここに居れば、サクラを俺が”絶対に”守ってやれる!』
そうアスランとタリアの前で豪語したのは他ならぬシン自身だ。
今だって、サクラを何者からも守りたい気持ちは変わらない。
だが、その方法は今までのように、ただ戦いに勝ち続けることでよいのだろうか。
シンはそれが正しいと信じて、フリーダムを撃ち、結局はサクラから大切な者を奪った。

「サクラを守りたい気持ちは変わらない!でも、今言ってるのは…!!」
「同じことだろう?サクラがミネルヴァに居るのだから、戦って守らなければサクラは守れない」
「それは…!」

確かにレイが言うことも一理あることは確かだ。
ミネルヴァは戦艦であり、ザフトの中では主力戦艦として見られている。そのため、戦場では常に敵の標的となっている。 そのため、サクラがいるミネルヴァは戦わなければ守れない。

「シンちゃん…?」

常の口喧嘩と雰囲気が只ならぬことをサクラは感じ取ったのか、不安そうにシンを見上げる。
シンは、サクラを守りたいと強く思う。
けれど、その思いの強さが諸刃の剣となることをシンは知った。

「…今回は三人で出撃する必要もないだろう。相手は手負いとは言え獅子だから、油断は出来ないがな」
「レイ」
「だから、お前は何も心配せず、戦場へ行ってくればいい」

レイはそう言って、シンに笑みを向けた。
レイは先ほど、地内で問い詰めたことの続きを聞こうと考えていた。だが、今のシンのサクラに対する反応は以前と変わらないように見えた。 それは、シンが無理をしてそのように振舞っていたのだが、レイは見抜くことができなかった。
そして何よりレイは、最後となる戦闘で大きな力を発揮するであるシンに、これ以上無用なことを言って調子を落とさせたくなかった。

「それって、レイがサクラを見ていてくれるのか?」
「ああ。レジェンドを出すまでもないだろうな。なんだ?それともお前がサクラを見て、俺が出るか?」

レイもできることなら、その方がいいと思っていた。
だが、ここに来て持病のようになっている発作の感覚が短くなってきている。薬で抑えているとはいえ、レイの体は普通とは違う。 戦闘中に薬の効能が突然切れることだってあるのだ。
だから、シンにこの場は任せたいと考えたのだ。

「いや、俺が行くよ。サクラを、頼む」
「ああ、もちろんだ」

シンは、レイの言葉に一瞬、自分が戦闘に行かなくてすむなら、という安堵を覚えた。
だが、それはただ単に現実からの逃避でしかないことにすぐに気づく。
ここ数日、多くのことを考えた。
オーブでなくした両親、マユのこと。
あの冬の街で失ったステラのこと。
そして、自分がサクラから奪ったアスランとフリーダムのパイロットのこと。
シンは争いが憎かった。
自分から大切なものを奪う争いが憎かった。
だから軍人になって、争いのない世界を作りたいと願った。
だから、デュランダルの言う悪の根源さえ根絶やしにすれば世界から争いがなくなるのだと思っていた。
だが、「悪の根源を根絶やしにする戦い」においてさえ新たな憎しみと戦いが生まれるのだと知った。
「奪うもの」がいれば「失くすもの」がいる。
そんな簡単な図式に気づいたのは、つい最近のこと。
だから、戦場でパイロットのことを考えない戦い方ができなくなった。
今ではフリーダムのパイロットやアスランが、どうしてあんな戦い方をしていたのか理解できる。 フリーダムやAAの行動を全て認めるわけではない。
だが、彼らの行動理念であろう、人を極力傷つけない、という思いにシンは共感できた。
「もう奪いたくない」とシンは思う。
けれど、自分が今まで屠った人々のことをなかったことにはできない。
シンはその罪から、逃げたくはないと思う。
だから、最後の最後まで戦場に立ち続けことが、自分の贖罪であり、責任なのだと思う。

「いってくる」
「ああ」
「いってらっしゃい!」

サクラが笑って暮らせる、戦いのない世界を作りたいと思う。
だが、その世界でいつかサクラは自分を憎むようになるだろう。
他にも、その世界でシンを憎む人はたくさんいるだろう。
だが、今。
シンにできることは、戦場に立ちフリーダムのように戦って戦闘機を戦闘不能にすること、サクラを守ることだけだ。
ならば、シンはいつか来る胸の痛みを知っていても、最後まで逃げずに戦場に立ち続ける。
シンは、そう道を選んだ。
サクラの変わらない笑顔と信頼を向けてくれるレイの微笑みがただ、シンには痛かった。