「なんだと!?」

医務室でカガリがアスランにジブリールとセイラン家の黒い繋がりを話していると、キサカからの緊急の連絡が入ったとマリューの切羽詰まった声が伝えてきた。
その声音に只ならぬものを感じたカガリは、デッキへと急ぎ、そこでオーブを取り巻く情勢が最悪のものになったことを知る。

「それでウナト…政府は何と答えを出した?」
「公式回答はまだだ。だが、セイランのことだ。素直にジブリールを渡すはずがないだろう」

八方塞りの状態だとしても、今までしぶとく世を騙してきたセイラン家のことだ。自分からはどうやっても認めようとはしないだろう。
しかし、その態度によって被害を被るのはオーブの民だ。
ザフトの軍艦がすでに領海ギリギリまで押し寄せていることを考えても、公式回答次第で直ぐに本土は火の海になるだろう。
先の大戦時と同じように。

「くそッ!市民への警告はどうなっている?」
「…それが…。まだ何の警告も出されていない」
「そんな…、そんな馬鹿な!!」

それは、カガリにとって最も忌むべき報告だった。
あのオーブ解放作戦時にも、少なくない民間人が戦火の犠牲になった。突然の連合軍からの奇襲に、当時のオーブ政府はできるだけの人員を動因し、民の安全を優先したが、それでも犠牲者はでたのだ。
それゆえ、あのようなことは二度と起こさないと新たな代表首長として就任した時にカガリは強く誓った。
しかし、今の状況ではその悲劇が再び繰り返される可能性が高い。カガリはいてもたってもいられなかった。

「ラミアス艦長、 スカイグラスパーを借りるぞ!」

カガリは言うが早いが、扉に向かって駆け出す。「カガリさん!」とマリューの声が上がり、画面越しのキサカも「カガリ!」と咎める調子で名を呼んだ。

「私はオーブ代表首長だ。何も出来ずに民を見殺しにするくらいなら、私も同じ戦火の中で彼らと共にいくことを選ぶ!!」
「カガリさん…」

振り返って言った、そのキッパリとした物言いは、為政者としてはいささか感情的であったかもしれない。
だが、その過ぎるほどに民を思う心こそオーブ代表首長としてカガリがウズミより受け継いだものだった。
その強い決意と心に、改めてマリューは感じ入った。

「その心構えは、仕える者としては誇らしいのだがな」
「本当。でも、それでは困ってしまうのよ」

カガリの言葉に呆れたようでいながらも、どこか誇らしげな表情を見せたキサカの声と共に、カガリが背を向けていたドアからはエリカ・シモンズが現れた。

「エリカ!お前、どうしてここに」

エリカ・シモンズは、本土のモルゲン・レーテで本国の情勢を逐一伝える役割を担っていた。それゆえ、カガリにはこの場にエリカがいることが不思議だったのだ。
だが、そんなカガリの驚きも彼女が続けた言葉によって全てが吹き飛んでしまう。

「ウズミ様の最後のお言葉を貴方に届けるために、本土を他の者に任せてまいりました」



「そんな!今までは大丈夫だったじゃないですか!」

カーペンタリアの施設内で、ジブリールがオーブに潜伏しているとの情報を聞いてしまったシン、レイ、ルナマリアの三人は直ちにミネルヴァへ戻り機体を万全の状態にしておくことをその場で命じられた。
おそらく、ミネルヴァの整備が済み次第オーブへ向かう命が下されるだろう。
そのためレイが詰め寄っていたことは中断を余儀なくされ、三人はそれぞれ自分の機体に向かった。
だが一度サクラに顔を見せたほうがいいと思い、途中ルナマリアは、医務室に立ち寄った。そこで看護兵に、今まで戦闘中サクラの面倒を見てくれていた医務室で、これ以上サクラを預かれないと言われてしまったのだ。

「実はここだけの話…急にこの艦の担当医が変わってしまって…その方が医務室は託児所じゃないって怒ってしまって…」

ごめんなさい、と言うと看護兵は医務室を退室して部屋にはルナマリアとサクラだけが取り残された。
前任の担当者は、サクラがミネルヴァに保護された経緯を間近に見てきた。よって、サクラの精神状態のためにもミネルヴァに乗船させることに賛成した一人だった。
そのため、シンやルナマリアたちが戦闘に行く時は、いつも医務室でサクラを預かってくれていた。
だが、その軍医が急に変わってしまったと言うのだ。
戦闘中にサクラを一人で部屋に残しておくことなどできない。
戦場では何があるか分からないのだ。考えたくはないが、もしもを思ったときには、誰か直ぐに助けてくれるような人の元にサクラを置いておきたかった。

「そんな…」

ルナマリアは、目の前でぐっすり眠ってしまっているサクラを見つめながら途方にくれた。
声が出るようになってからのサクラはミネルヴァクルーに人懐こく振舞っていたが、それはシンが側にいて精神が安定していた時のことだ。
だが、今はシンに側にいてもらえないことで酷く不安定になっている。
そんな状態で誰も知る人がいない場所にサクラを預けるのは、精神不安に拍車をかけるようなものだ。
ルナマリアはこれ以上、サクラを傷つけるようなことはしたくなかった。
その時。

「ルナマリア、どうしてまだ機体整備に向かっていないんだ?」
「レイ!?」

ルナマリアの背後より、涼やかな声がかかる。そこには、何故かレイがいる。

「レイ、どうしてここへ?」
「来てはいけないか?少しサクラのことが気になってな」

そう言うと、レイはサクラの寝顔を覗き込むようにして膝をついた。
サクラを見守る表情は、ここ最近の難しい顔が嘘のように柔らかく、慈愛に満ちている。
冷酷にみられがちなレイにも優しいところがあるとルナマリアは以前から知っていた。
だが、それを知るのは士官学校から同室だったシンや、成績上位者のクラスで知り合ったルナマリアだけで、あまり緩むことのない美貌もあって、レイは周囲の者から血も涙もない奴だと思われていたのだ。
しかしサクラがミネルヴァに来てから、優しさに満ちた笑顔を作るようになった。
レイ自身はそれに気がついていなかったようだが、以前よりも格段に雰囲気が良くなったとドッグの整備員や他のクルーには評判だったのだ。

「で、何故ルナマリアは整備へ向かっていないんだ?」
「…レイだってそうでしょ。ちょっとサクラちゃんのことで問題があって、遅れているだけよ。すぐに行くつもりだけど」
「サクラのことで問題?」

ルナマリアは少しばかり安堵していた。
しばらく二人きりで話す機会などなかったために、レイと自然に会話ができるかどうか不安だったのだ。
ルナマリアがサクラの両親のことを知ってから随分時間が経ったような気がするが、実際は数日しか経過しておらず、レイはその間多忙を極めていた。
それゆえ、レイはサクラの両親のことを知らない。
過ぎ去った時間は戻らないのだから、知らせてもどうにもならない問題だとは思う。
だが、その咎が消えるわけではないとも同時に思う。
いつかはレイもその事実を知って、その咎を背負うべきだ。

「実は…」

事実を知ったときには、レイもシンのようにサクラを避けるかもしれない。
だが、今はまだその事実を知らずにレイだけでも以前と同じ態度でサクラに接して欲しかった。
これ以上、サクラに不安な思いをさせたくなかったから、ルナマリアもレイに真実を話すことをせずに、医務室でサクラを預かってもらえなくなったことを話した。

「そうか…」
「一人で部屋に置いておくこともできないし、今から基地内へ連れて行くのも無理があるでしょうし」

ルナマリアは思いつく手段を呟くが、レイは黙ったままだ。
そして、突然何も言わずにサクラが被っていた毛布ごと抱き上げて扉にむかって歩いていく。

「ちょっと、何処に連れてくのよ」

その行動にぎょっとしたルナマリアが慌てて声をかけると、振り向いたレイはしっかりとサクラを抱き直すと事も無げに言った。

「基地内に戻っている時間はない上、預かる人も場所もない。ならば、俺たちの傍にいるほかないだろう」
「ちょっと、それってブリーフィングルームってこと?」
「ああ。それしかないだろう。それに、恐らく今回の戦闘で三機が同時に出撃することはないだろうからな」

焦るルナマリアとは対照的な淡々としたレイの提案は、確かに最終手段である上、三人が同時に出撃しないのならば最善であると言える。
だが、戦場では何が起きるか分からないのだ。三人が一斉に出撃する可能性がゼロなわけではない。

「でもレイ!」
「…レ…ちゃん?」

更にルナマリアが言い募ろうとした時、小さなサクラの声がレイの名を呼んだ。
どうやら、ルナマリアの大声で起きてしまったようだ。

「サクラ、起きたか?」
「レー、ちゃん?」

いまだサクラは夢現という状態だが、どうやら自分を抱きかかえているのがレイなのは理解しているようだ。 そして、レイはサクラを安心させるために意識的か、それとも無意識のうちなのか、先ほどのような優しい微笑みを見せた。

「ああ。今回は最後だから。最後まで、お前を一人にはしないからな」
「…?…うん?」

何を言われているのか理解していなサクラは、ただ笑顔を見せて曖昧に頷く。
レイはその答えに満足げな笑みを見せて再びルナマリアに背を向けて歩き始めた。

そんなレイの晴れやかな笑顔にルナマリアは、何も言うことができなかった。
そして、どうすることも出来ずレイの後を追うのだった。