「っ…」
(ここは…)
薄く瞼をあければ、真っ白な低い天井。
一瞬、自分がどこにいるのか分からなくて、アスランは眉をしかめた。
「気がついたか?」
だが、すぐに声をかけられ、自分がAAにいたことを思い出す。
ジブラルタルを出奔し、デスティニーを駆るシンに撃たれたこと。
目覚めたAAで、キラと再会し、ラクスの危機にキラを送り出したこと。
声のした方を振り向けば、備え付けの椅子に座ろうとするカガリの姿があった。
「カガリ」
「お前な、覚えてないだろう?キラを送り出した後、その場で倒れたんだぞ」
呆れ顔で言うカガリの言う通り、アスランにはキラを送り出した後の記憶がない。
キラの「帰ってくる」という言葉に安堵したこともあるだろう。
キラの後姿を認めると、張り詰めていた糸が切れるように意識が遠のいた気がする。
「本当ならまだ動けるような傷じゃないんだぞ!お前が人より頑丈だったみたいだから、命拾いしたようなもんだ」
「迷惑、かけたな」
「まったくだ!お前は先走りすきだ!!今回だって、キサカが助けに行かなかったら、間違いなく死んでたぞ」
呆れたように言ったカガリだったが、アスランが会話が出来るほどには回復していることがわかると、スッとその表情を引き締めた。
その変化は如実なもので、アスランは不思議そうにカガリを見つめた。
「本当に、キサカが間に合ったからよかったものを…。お前、エターナルで私と約束したことを覚えているか?」
「…忘れるわけないだろう」
アスランは即答する。
その答えに嘘偽りはない。
死ぬかもしれないという最終決戦への出撃前、『キラを幸せにすることができるのか?』という問いかけを、カガリはアスランにした。
それは、キラの血の繋がる唯一の家族としての言葉。
生きて帰ってくるつもりだったアスランだが、それでも絶対的なことは言えなくて、ただ『この先キラがずっと笑っていられるようにしてやりたい』と答えたのだ。
自ら言った誓いは、その直ぐ後に破られることになるのだが、その時は精一杯の気持ちでアスランはそう答えた。
「なら、今度こそキラを離すな。どんな手を使ったっていい、あいつの傍にいろ。…いや、いてくれないか」
カガリは静かに頭を下げた。
普段カガリは、こんなことで頭を下げることなどしない。
それはただ頑固であるというわけではなく、一国を担う者として、容易に他人に付け入る隙を与えないためである。
以前ならば、カガリはそんなことに頓着はしなかったが、代表に就任したことでそうも言ってられなくなった。そして、何よりもそのような毅然と前を向く姿勢を教え込んだのは、アスランだった。
「お、い!何でお前が…ッっ」
「あ、馬鹿!言いから、そのまま聞けよ」
そんなカガリの態度にアスランは驚いて、慌てて上体を起こそうとする。だが、やはり無理が利かない体は思うように動かず、苦痛に顔を歪めた。
カガリは、アスランの肩を押し戻して、また元のように体を寝かせてやる。
「あのな、ここにいるのはオーブ代表首長のカガリ・ユラ・アスハじゃない。私は、キラの姉として頼んでいるんだ」
「カガリ…」
「あいつ、お前が来るまで大変だったんだ。いつものことだが、無茶続きで…。自分はどうなっても良い、と本気で思っていたようだから」
その姿が容易に目に浮かんでアスランは胆を冷やす。
目の前でフリーダムが堕ちた時に感じた、『キラ失った』という思いが真実になっていたかもしれないことに、アスランは恐怖を思えた。
「わかっていたつもりだったが、私が知っていたよりもずっとキラは重症のようだ。お前が側にいなけりゃ、満足に笑えもしない。まあ、今回のことはそれだけじゃないが…」
カガリは、そう言って大きな溜め息を付いて目の前のアスランを見据える。
一度は、恋心(のようなもの)を抱いた相手だが、今となっては同志という思いが強い。第二の家族と言っても差支えないかもしれない。
(まあ実際、義理の弟にあたるわけだし)
この数ヶ月の間、キラの生の中でどれほど”アスラン”という存在が大きいのかは、キラの生き様によってまざまざと見せられた。
それは、キラが去った直後のアスランにも言える。
両者の憔悴ぶりを間近で見ていたカガリは、今度こそ二人は共に生きていて欲しいと思っている。
だからこそ出たアスランへの願い。
「ああ。今度こそ、絶対に離しはしない。絶対に…」
アスランは、カガリの目を見てしっかりと誓う。
その声には、強い決意が滲んでおり、これなら大丈夫だろうとカガリを安心させた。
「だが、カガリ。君も、先走ることは止めてくれ。セイランと結婚だなんて…」
「お前も人のことは言えないだろうが!勝手にザフトに復隊なんかして!…だが、確かにあれは私の配慮が足りなかった」
ロマ家は、アスハ家と同じく首長の中でも発言力の強い家だ。
歴史も古く、資産もある、家柄だった。
だが黒い噂が絶えず、政府中枢の中ではロマ家に対して快く思ってないものも多い。
先の大戦時にオーブ領のコロニー・ヘリオポリスで、秘密裏に地球軍のAAおよび、ストライクを始めとする新型MSが造られたことがあった。
これを影で支えていたのが、ロマ家だといわれている。
事件に関わったものには処分を下したとウズミは発表したが、実際は、その大元であると思われるロマ家まで取り締まることができなかった。
それゆえ代表首長に就任してからも、カガリはロマ家の者たちに真実心を許していなかった。
むしろ、いつか彼らが行ってきたことを白日の下に晒し、首長の権限を取り上げるつもりだった。
その為に、カガリはセイランと結婚することでロマ家の内部に入り込み、その証拠を得ようよ思ったのだ。
だが、結婚の日取りなどを決めるとセイランとウナトはカガリを家に軟禁し、政治の中央から引き離した。
気づけば、全てはウナト達の思いのままになっており、カガリにはどうすることもできなかった。
結婚式の最中にフリーダムが現れカガリを攫わなければ、急病などと理由をでっち上げられて、カガリは代表首長の任から引きずり下ろされていただろう。
今もカガリがオーブ本国にいないのだから、状況は変わらなかったように思えるが、オーブにいても行動を制限されれば外にいるよりも何もできない。
だからこそ、カガリは外に出てロマ家の悪政を暴き、オーブの政を正しい姿にしようとしているのだ。
「前々から言っていた連合上層部やブルーコスモスとの談合の証拠を見つけるには丁度いいとおもったんだが…。考えが甘かった」
「丁度よかった…って、お前…。それより、ロマ家はブルーコスモスとも通じていたのか?」
ロマ家がブルーコスモスの現在の盟主ジブリールと通じているとの情報がカガリの元に寄せられたのは、アスランがプラントへ旅立った後だった。
それゆえ、アスランはその事実をいままで知らずにいた・
「ああ。お前がプラントへ行った後にわかったのだがな。そのつながりこそが、ロマ家の財政を潤していたようだ」
先日のデュランダルによる演説で明らかになった、ロゴスの存在。彼らの恩恵を受けていたものの一つが、ロマ家だというのだ。
莫大な売り上げを誇る軍需産業。戦争が長引けば長引くほど、彼らは儲かる。
だからロマ家は、先の大戦で地球軍がザフトの技術力によって追い詰められれば、地球軍の新型艦造船の手引きをした。
それが秘密裏に行われたのは、ウズミがオーブの中立を宣言し、またその力が首長達の間に浸透していたからだろう。
「そんなことが…。なら君は、一刻も早く国に!」
「だから、その証拠を掴もうとして結婚しようとしたんだ!だが、あいつらも慎重でな。私から代表首長の座を取り上げて、なんの権限を持たせないようにしようとしたんだ。私がどんな証拠を見つけても、力がなければどうにもならない」
「他の首長達はどうした」
「ウナトの言うなりさ。恐らく買収でもされたんだろう」
確かに、それではカガリが国にいてもできることは限られてくる。
いや、殆どないといっても過言ではない。
「だから、君はああ言ったのか…」
アスランの脳裏には、あの日ダーダネルスの岩肌で言われたカガリの言葉が蘇る。
『…オーブ国内にいては出来ないことがある… 』
あの時、カガリが認めた通り、アスランの主張が正論であったことは事実だ。
だが、確かにカガリの言うように、大本の部分―国に蔓延る争いの根幹をどうかしなければきっとまた同じことの繰り返しになる。
だからカガリは、肉を切らせて骨を絶つような今回の決断に乗り切ったのだろう。
「すまなかったな。お前が言うとは思わないが、外で話せるような話でもなくてな。」
「いや…。確かに、あの時話さなくて正解だ」
岩肌でカガリたちに会っている姿は、写真に収められていた。それならば、同時に盗聴されていた可能性も高い。
あの場で、ロマ家とブルーコスモスの繋がりがデュランダルに知れていれば、今頃オーブは世界中から非難の的にされていただろう。
しかし、その事実はすでに最悪の形でザフトに明らかになっていた。
カガリが難しい顔して言った。
「ザフトのヘブンズベース攻撃後、ジブリールだけが行方知らずらしい」
「なんだと!?…まさか!」
「恐らく…。宇宙へと上がる施設は殆ど、ザフトが押さえている。ジブリールがまだ諦めていないならば、必ずアイツはロマ家をあてにしてオーブから宇宙へと飛び立つだろう」
「…ザフトには」
「まだわからん。だが、見当づけるのは容易いだろうな」
カガリが、頭を抱ええてそう言った丁度そのとき。
ブリッジでは、キサカからの通信が入り、オーブ領海ぎりぎりまでザフト艦が押し寄せ、政府にジブリールの受け渡しを迫っていることが伝えられた。
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