「貴殿の功績を讃え、ここにフェイスの称号を与える」

デュランダルの晴れやかな声とザフト上層部からの拍手も、今のシンには重たいものでしかない。
あんなにも憧れたネビュラ勲章も、フェイスの称号もまるで自分が今まで追撃した人の命が詰まっているようで酷く重く感じた。

「これからも、君の活躍に期待しているよ」

デュランダルのその励まし。以前のシンならば、きっとなんの躊躇いもなくハッキリと返事を返しただろう。
けれど、今は逃げ出さずにいることだけで必死だった。

「シン?」

同じく、今回のヘブンズベース戦の功績によってシンと同じ称号を与えられたレイは、デュランダルに言葉を返さず沈黙しているシンを訝しげに見た。
先日からシンの様子が、おかしいことはレイも分かっていた。だが、長年の計画の遂行のためレイ自信が動かなければならない事態が続き中々シンとゆっくり話せる時間が持てずにいたのだ。
ただ、シンが最近サクラとの接触をあらかさまに避けていたらしい。 艦内にいる時は、用のない限りサクラの側を離れずに面倒を見ていたシン。
だが、ここ数日、サクラはルナマリアと一緒にいて、シンと共にいる姿を見た者は誰もいなかった。
ミネルヴァクルーは、シンがとルナマリアの疎遠は、アスランとメイリンを追撃したことが原因だと思っていた。
もちろん、レイはそのことも原因であるとは考えていたが、それではルナマリアの元にサクラがいることの説明にならない。

「シン?」

だからこそ、レイはその原因について問い詰めなければならないと思っていた。
そう、それは全て計画のために―。
二度目のレイの声で、さすがにデュランダルも「おや?」という顔をしてみせる。

「…全力を尽くします」

そしてシンは、ようやくぎこちない微笑みを浮かべて一言だけ返す。
その様子を、ミネルバクルー代表としてこの場に来ていたルナマリアが、後から心配そうに見守っていた。


カーペンタリアに到着する直前、偶然にもシンはサクラと顔を合わせてしまった。
自分がどんな態度をとればいいのかも分からないシンは、やはりサクラを前にしても優柔不断な対応しかとれなかった。
何が正しいのか分からなくっているのに、サクラを前にして出てくる言葉は謝罪しかなかった。
謝罪の言葉で、アスランやフリーダムのパイロットが帰ってくるわけでもない。
だが、それでもシンはサクラを前に謝らずにはいられなかったのだ。
その意味すらわからないサクラに謝罪をするのは、シンの自己満足だとわかっている。
こんな時、いっそ罵られた方がどんなに楽だろう。
けれど、両親を失ったことすら知らないサクラの、以前と変わらず自分を慕ってくる目が、いつか憎悪に燃えて自分を見るようになった時、果たして自分は耐えられるのだろうか。
腕の中で何時の間にか、泣きつかれて寝入った顔を見つめながらシンは苦い気持ちで、苦しげに眉を寄せることしかできなかった。


「それでは失礼いたします」

三人揃って、シン達が叙勲を受けた部屋を後にするが、その距離は微妙に離れており、常の姿を知っている者たちは奇妙に思った。
歩く順番はレイを先頭に、シンが続き、最後がルナマリアだった。

(本当に堪えてるのね…)

随分頼もしくなったと思っていた背中が、小さくなってしまったように感じられるシンの背中を見つめて、ルナマリアは小さな息をこぼす。
先ほどの邂逅でサクラにとって、今シンがどれほど大きな存在だったか改めて感じたルナマリアは、この先を憂える。
もうすぐ、戦争は終わる。
けれど失ったものは元に戻ることはないのだ。
当初、サクラを保護した時には身寄りがないとうことで、戦争終結後シンがサクラを養子にすると主張していた。
しかしサクラの身元がはっきりしてしまった今、シンに同じことが言えるのだろうか。
たぶん、シンが今一番恐れていることは、いつかサクラがシンを憎むようになることだろう。
そう、かつて自分の想い人を殺されたシンがフリーダムのパイロットを憎んだように。
今になって、ルナマリアもアスランの言葉の意味に気づかされる。
いつの間にか、自分たちは誰かを悲しませる立場になっているということを。
自分たちは、ただ戦闘の第一線におり、後に残された戦場の悲惨さを知ろうとしなかっただけなのだ。
知ろうとすれば、いつでも知れたはずだった。
けれど目先の勝利だけが、自分たちを平和に導くものだと妄信してしまっていたのだ。

(「識って」いれば…か)

後の祭りであるが、自分たちが誰かを悲しませる前に、もっとたくさんのことを「識って」いれば良かったとルナマリアは思う。
士官学校で教えられる軍の規律や、兵法より、余程大切なことを、もっともっとたくさん。
「識って」いても、現在の状況は何も変わらなかったかもしれない。
けれど、心構えは、きっと違ったはずだ。

(そう、あの人のことだって…)

ストライクのパイロット―サクラの母親のことだって、「知って」いれば、シンはあんなにも憎むことはできなかっただろう。
自分たちは、甘いと言われても情を捨てることのできない者だから、「知って」いる人を手放しで憎んだり、撃つことはできないのだ。
その人を心底憎む状況に陥っても、その理由を知っていれば、きっと憎しみには綻びが生じてしまう。
一時の感情に身を任せて憎んでも、理性が戻れば必ず一片の後悔が生まれる。
シンが、ストライクのパイロットをあれほど憎めたのは、彼女が「知らない」人だからだ。
人は元来、未知のものに恐怖したり、畏怖を覚えるものだ。
ストライクのパイロットが、伝説とまで呼ばれ畏怖されたのは、その桁外れの強さももちろんだが、誰もそのパイロットの正体を知らなかったからだ。
だから、シンを含め多くの人がストライクのパイロットを個人として認識していなかったのだろう。 アスランは、その個人を認識していたから、ダーダネルスでも、その後の戦闘でも手を出せなかった。
軍人として、それは失格なのだろう。けれど、それは「人間」としてなら至極当然のことのようにルナマリアには思えた。
ルナマリアは、紅を着るものと言えど末端の一兵士でしかない。
そのような自分に上層部が何を考えている術はないけれど、「識る」と「知る」ことの大切さを自分たち軍人はもっと学ぶべきなのだろうと思った。

(世界が平和になるには、甘い考えなんでしょうけどね)


ルナマリアがシンの背中を見ながら、そんなことを止めどなく考えていると、先頭のレイが突然立ち止まった。

「シン。お前、何があったんだ?」

レイは後のシンを振り返って、単刀直入に聞いた。
目の前にあるシンの顔色は、みるみる血の気が引いていき真っ青を通り越して白くなっていた。その向こうに見える、ルナマリアの顔色は心なしか青ざめている。

「ど、して、そんなこと、聞くんだ?」

唇を震えさせながら、シンは答える。その握りこまれた拳も小刻みに震えている。レイが、こんな状態のシンを見たのは初めてだった。
自分の知らぬ間に、一体何があった?とレイは嫌な予感に支配されながらも、詰問の口調を緩める気じゃなかった。

「サクラは、今ルナマリアの元にいるそうだな。普通、おかしいと思うだろう?今まで、お前は特別なことがない限り、そんなことはしなかったはずだ。違うか?」
「…ッ」
「だから、何かお前にあるんだろう。サクラを自分の手元において置けない理由が。それを言え」

レイの強い口調に下を向いて、息を詰めるシンの肩に手をかけてレイは揺さぶる。
シンが強情なのは、レイだって短くない付き合いの中で嫌というほど知っている。だから、こういう時こそ、ゆっくりと時間をかけて根気強く聞き出すことが最良の方法なのだ。
しかし、レイはそんなことに構っていられなかった。
頭の中では、計画遂行のためと自分に言い聞かせているくせに、心ではこの焦燥がサクラを気遣っていることから来るものだと分かっていた。

「シン!」
「ッ!!」

一際強い、レイの声にシンは弾かれたように顔を上げて涙をこぼしそうな瞳でレイを見つめた。
それは、酷く深い悲しみに満ちていて。こんな瞳を、レイは未だかつて見た事がなかった。
レイの知るシンは、悲しみに暮れていても、その瞳の中にいつも炎を持っていた。
けれど、今のシンの瞳に炎など欠片も見当たらない。
そこに広がるのは、ただ無音の闇。
漆黒に彩られた、絶望。

「シン?」

その瞳に、瞬間的に呑まれたレイは、その闇がシンを連れて行ってしまいそうな恐怖を感じて、呆然とした声でシンを呼んだ。
だが、その瞳は変わらず、ただレイを静かに見つめて逡巡した後、口を開こうとした。

「なんですって!」

しかし、それは耳を突いたタリアの叫び声によって遮られる。
何事かと、切迫した緊張の只中にあった三人がそろって耳を傾ければ、衝撃の言葉を聞く。

「ジブリールがオーブに…」

最後の舞台は、オーブ。