ガンッ!
常ならばそこまで外すことのない銃弾は、ひどいそれ方をして射撃場に鈍い音を立てた。

「はぁっ…」

続けざまに撃った銃を下ろすと、肩が上下するほど息が上がっていた。
改めてスコアを見てみれば、酷い結果で、指示された的に当たっていた銃弾はひとつもなかった。

(なにやってるんだろうな…)

何かに没頭すれば、あのことを忘れられるかもしれないと射撃場に来たシン。
だが、いざ的に向えば、構えた銃の先に映像で見たフリーダムのパイロットやアスランの姿が幻のように浮かんでくる。
あの日から一瞬たりとも忘れることの出来ない、消えることのない事実がシンを苛む。

ヘブンズベースへの総攻撃は無事に終了した。
首領のロード・ジブリールの捕縛は叶わなかったが、彼以外のロゴス主要メンバーは全員拘束した。
追い詰められた連合軍の残党は粘り強く抵抗したが、ザフトと連合を離反した艦隊で構成されたこちら側に敵うはずもなく最後はあっけなく投降。
先日の北ヨーロッパ一帯への侵攻に勢力をつぎ込んでいたために、ヘブンズベースに残っていた機体がザフト側に劣るものしかなかったことも大きな勝因だった。
そのため最前線に派遣されたシン、レイは然程の苦労もなく連合の部隊をなぎ払うことができた。
彼らにとっては造作ない働きであったが、ザフト内でもその働きは他者と比較にならい。
そのため、ミネルヴァが帰投するカーペンタリアにおいてデュランダルからフェイスの称号を授与されることが決まっていた。

「俺がフェイス、か」

シンは苦い笑みを漏らす。
アスランと同じフェイスの称号が、もうすぐ贈られる。
一年も前のことでもないのに、ひどく遠く感じられるあの日々。
フェイスとしてミネルヴァにやって来たアスランにシンは反発すると同時に、強い憧れをもったことをよく覚えている。
だから、彼から初めて認められたと思った時にシンは最高に嬉しかった。
サクラの迎えに遅れるほど、その余韻に浸った。
けれど、シンは憧れたその人の言葉をことごとく聞かず、取り返しのつかないことを仕出かした。
死後の世界にアスランがいるのなら、彼はそれみたことかと嗤っているだろうか。
いや恋人を殺した相手に、今一度忠告を与えるようなお人よしだから、今のシンを心配しているかもしれない。

「アンタ馬鹿だよ」

もしアスランが、フリーダムを堕としたシンに拳の一つでも浴びせていればシンはここまで罪の意識に苛まれることはなかっただろう。
自分の大切な者を失くして、その復讐のために自らの力を行使する。
シンがやったのは、そういうことだった。それが争いの連鎖を生むことに気づかずに、そうした。
だが、アスランは力を行使することをしなかった。
シンを目の前にして、手のひらに爪が食い込むほどに拳を握ってその連鎖を己で止めた。
子供まで成す仲の恋人だ。その無念はどれほどだったのだろう。
人を想う気持ちに優劣をつけることはできないが、シンがステラを想っていたのと同じくらいアスランはフリーダムのパイロットを想っていただろう。

「アンタ本当に馬鹿だ」

シンは子供のように、自分の憎しみを周囲に当り散らすことでしか家族を、ステラを亡くした無念を晴らすことができなかった。
だが、それは新たな自分を生み出すことに他ならなかった。
そう思うと、シンは戦闘で以前のように振舞うことができなくなっていた。
誰かの大切な人であるかもしれない目の前の命を奪うことが恐い。
自分と同じ道を辿らせる者を生み出すのが恐い。
ぐるぐると心を支配するその感情は、シンの戦い方を変えさせていた。
かつてシン自身が「甘い」と評したフリーダムとよく似た戦い方を取るようになっていたのだ。
ルナマリアは何か感ずるものがあったようで、悲しそうな目をシンに向けてくるだけだった。
だが、レイは違う。
ヘブンズベース出撃前に、サクラの前でとった不可解な行動と戦闘の様子。
明らかに以前のシンとは異なる様子に、レイは訝しげな目を向けて何があったのか強く詰問してきた。
けれど、シンはレイに語る言葉を持たなかった。
いったいどう言えばいいというのだ、サクラの両親がフリーダムのパイロットとアスランだなんて。
レイを信頼しているし、大切な仲間だと思う。
彼のきつい問い詰めも、自分を心配してのことだと理解している。
だからこそ言えない。
憎しみの連鎖を自分で止めたアスランのように、シンも罪の連鎖を自分で止めたいと思う。
いつかは発覚してしまう事実かもしれない。
だが、シンはもうこれ以上、今の段階で誰かに悲しみや憎悪を広げたくなかった。
幸いレイは、デュランダルと今後のことで連絡を頻繁にとる必要があるらしく、忙しく動き回りあまりシンへの詰問に割ける時間がないようだ。

「シン」

銃を下ろして俯いたままだった、シンの背に声が掛かった。
それはルナマリアのもので。
シンはルナマリアとも、ヘブンスベース戦後ほとんど口をきいていなかった。
ただ、時折ルナマリアが自分に何か言いたげな視線を向けてくることは知っていた。
知っていて、知らないふりをした。
ルナマリアがシンに言いたいことなど、たった一つだろうから。

「ねえ、シン。シンもつらいってわかってる。でもね…お願いだから、サクラちゃんに会ってあげて」

シンは、あのヘブンズベース戦直前のあの時からサクラと顔を合わせていなかった。
どんな顔をして会えばいいのか分からない。
あの子を守りたかったのに、あの子の両親を奪ったのはシンなのだ。
守ったつもりが、傷つけることになったのだ。
これ以上、サクラの側に居て自分の存在がまたサクラを傷つけることになったりしたら、今度こそシンは耐えられない。

「…いったい、どんな顔して会えって言うんだよ」

自分自身を嘲笑う声で、シンは答えた。
答えが返ってきたことに、ルナマリアは安堵する。
今までどんなに話しかけようとしても、全てを拒絶する態度でシンは他の者を寄せ付けなかった。
だからこそ、ルナマリアもサクラでさえもシンを見つけても近寄ることさえできなかった。
シンがサクラの声から逃げた日から、サクラの情緒不安定は輪をかけてひどくなった。
すっかりサクラの笑顔に記憶の彼方にやられていたことだが、サクラはあの悲惨は体験をしてから一年も経っていないのだ。
いくら普段、普通に生活できていたとしても、その精神はほんの少しのことでバランスを崩す。
その引き金が、シンのあの態度だった。
時折、サクラは発作のように泣き出す。
まだシンを呼んで泣き喚くならば、ルナマリアもシンのことを考えて自分でどうにかしようとした。
だが終いに、サクラは「ママ」と泣き喚くのだ。
「ママ」
サクラの母親は、もうどこにもいない。他でもない、シンの、いやルナマリアたちの手で撃たれたのだから。
サクラが「ママ」と泣き喚くたび、ルナマリアはサクラを抱きしめて必死に宥めた。
だがいつしか宥めの言葉は、自分の謝罪になる。
「ごめんね、ごめんね…」
何度も、何度も。サクラが泣きつかれて眠ってしまうまで、何度も何度も。
自己満足の謝罪だとルナマリアもわかっている。けれど、謝ることを止められなかった。
サクラは大抵、泣き喚いている間のことは次の日には忘れてしまっているので、ルナマリアが謝っていたことなど覚えていない。
そして、あの無邪気な笑顔で自分を慕ってくる。
ルナマリアにとっても、もう限界だった。

「サクラが泣くの」

ルナマリアのその言葉に、今まで彼女に背を向けていたシンはゆっくりと振り向く。
シンの目に映ったのは、それほど会わなかったわけでもないのに幾分やつれたルナマリアの暗い表情。

「『シン』って泣くの。それでシンが来ないって分かると今度は『ママ』って…」

「ママ」
シンは、そのフレーズに体をすくませて元々暗かった顔色が、さらに酷いものになる。
ルナマリアにもシンの変化はよく分かった。だが、敢えて言葉を続けた。

「シン。恐いのは分かるわ。いつかサクラちゃんが、本当のことを知ったらって。そう考えて、合わせる顔がないって思ってるのもわかる。 でもね、あの子は今泣いてるの。今、シンが必要だって泣いてるのよ。あの子が呼んでるのは、もうシンしかいないのよ!」

始めはゆっくりと、最後は叫ぶように。
ルナマリアの言葉はシンの心を抉った。

「でも…でも…俺は!」

そう、シンが言葉にならない叫びを放った時。

「リュナちゃ、ん…リュナちゃ」

射撃場の扉が開き、泣きながらルナマリアを呼ぶサクラが入ってきた。
相変わらずその腕には、お気に入りのピンクのハロぬいぐるみを抱え、後からは確かにハロと呼べる球体が付いてきて。
いつもならば澄んだ瞳が覗く顔は、今は涙でぐしゃぐしゃで肩は涙を流すたびに上下する。

「サクラ…」

シンは呆然とその名を呼んだ。
声にサクラの名を乗せることすら久しぶりで、数日ぶりに呼んだその名は随分みっともない声になった。
その声に、今までルナマリアしか目に入っていなかったのだろうサクラの目がシンを捕らえた。
両腕に抱えたぬいぐるみから覗く瞳は、驚きに見開いた。
サクラは、すぐに「シンちゃん!!」と言ってシンに飛びついた。
飛びついたといっても、身長の差があるためサクラが抱きついたのはシンの足だった。
シンは呆然としていたが、サクラはそんなシンの様子に構わずシンの足に縋って泣き続ける。
サクラがシンの足に抱きつく力は、子供とは思えないほど強いもので。
どれだけ自分の行動がサクラに不安を与えていたのか、シンはまざまざと思い知らせれた。
それを悟った瞬間、シンは膝を突いてサクラを強く、強く抱きしめていた。

「サクラ、ごめん!ごめん、ごめん…」

今だってシンは、今までのことをどう償えばいいかなんてわからない。
ただ、今この瞬間は。
自分の名を呼んで泣いているサクラを抱きしめることが、自分にできる唯一つのことだと思ったのだ。

そして、ミネルヴァは間もなくカーペンタリア基地へと到着する。