「それ…アスラン…”サクラ”って、」
キラは混乱していた。
”サクラ”という名前と歳の特徴があまりに自分が知っている”サクラ”に当てはまるからだ。
そう、目の前の恋人との間に出来た自分の子である”サクラ”に。
けれどアスランが知るわけがないのだ。
キラはアスランに己が身ごもったことすら伝えずに姿をくらましたのだから。
自分に子供がいることも、ましてやその子供が女の子で”サクラ”という名前だということも。
「ア、スラン…あの子のこと…知ってる、の?」
我知らずに震えてしまうキラの声。
アスランが言う”サクラ”とキラが思う”サクラ”。
それは同じ子供のことか。
「ちょっと事情があって、その子と知り合ったんだ。茶色い長い髪をした…お前に、よく似た…」
驚愕に目を見開くキラに微笑んで、アスランは語る。
その瞳があんまりにも優しいもので、キラはまた涙をこぼしそうになる。
アスランの言いようから、彼が言う”サクラ”があの”サクラ”であることは間違いがない。
サクラと過ごしていた時、キラはあの子にアスランの影ばかりを見出していた。
けれどアスランは、サクラを見て他ならぬ自分の影を見出したと言う。
「でも…瞳の色は君とよく似た、翠の目の…女の子?」
まるで泣き笑いのような表情になってしまっていると思う。
でもキラはアスランの言葉を引き継いで、精一杯の笑顔を見せて言った。
半ば確信してたとはいえ、キラの口から語られる真実にアスランは心拍数が上がるのを抑えられない。
「キラ…じゃあ…」
「きっと、君の言う”サクラ”は僕の知っている”サクラ”に違いないね…」
「お前が知っているというなら、あの子は…」
言わなくてももう答えなど出ているようなものであろう。
しかし、この事実を言わなければ全てに決着などつくはずもない。
”サクラ”のこと、そして、キラの秘された出生こそが2人を別つ原因になったのだから。
キラは一度目を閉じて、揺ぎ無い視線をアスランに向ける。
「アスラン……。君に何も告げずに僕が一人でしてしまったことだけど…。あの子は、サクラは…君と僕の、こ……」
そこに続く言葉は2人には承知済みだ。
しかし。
「お前ら、緊急事態だ!!ラクスが!!」
その最後の言葉は突然艦内に鳴り響いたアラートと、医務室の扉を乱暴に手動で開けたカガリの声にかき消された。
カガリの切羽詰った態度に、よほどの事態がラクスの身に起こったのだと2人に知らせる。
さすがのカガリも出来ることならば今だけはキラとアスランを2人にさせてやりたかったのだが、起こった事態が事態だ。
「「ラクスに…!」」
キラとアスランは同時に叫ぶ。今回も前回も、失ってはならない要の人物が希代の歌姫であることに変わりはない。
ラクスは、闘いの後にある世界にこそ必要な人物。今、ここで失うわけにはいかないことをキラも、そして、デュランダルの本当の人となりを知ったアスランも重々承知していた。
「アスラン…」
「ああ、大丈夫だ」
キラとアスランにとっては、とても大切な話の途中だ。
だが、緊急事態というからには、優先させるべきなのは個人の事柄よりも大事のほう。
悲しいかな、そのことを誰よりも分かっているキラは視線でアスランに言葉をかけると、アスランも承知していると、キラを安心させるような笑みを作った。
キラはアスランの声を背に、扉で待っていたカガリと共にブリッジへと駆け出した。
「状況は!?」
ブリッジに駆け込んだキラとカガリの目に飛び込んできたのは、正面のモニターに繋いであるバルトフェルドとの通信だった。
「キラ君、カガリさん!それが…」
『ローラシア級1隻にナスカ級2隻。無傷で包囲網を突破させてくれる相手ではないな…』
バルトフェルドは少しおどけた口調でそう答えたが、モニターに映る彼の顔は苦々しいものだ。
現在、エターナルにはパイロット不足のため戦闘に出撃できるMSがほとんどない。
それに加えて元来エターナルは、フリーダムとジャスティスの運用及び後方支援を目的に建造されたもので、それほど高い迎撃システムを装備しているわけでもない。
それゆえ、この状況をエターナルが突破するのは絶望的といえた。
「バルトフェルドさん!何か策は!!」
『策っていってもな…さすがに俺一人で、っていうのにも限度があるからな…』
バルトフェルどの言葉にブリッジにいるみなが、押し黙った。
エターナルに助力したいのは山々のアークエンジェルであるが、エターナルがいるのは空の上―宇宙だ。
艦隊を空に打ち上げる設備は今ここにはない。
この地上から宇宙のエターナルに助力できるモノがあるとするならば、それは加勢できるMS。
そして、それが出来るのはきっと先ほどブリッジに現れた華奢なこの人だけー。
その思いは、マリューを始めキラ自身ですら同じだった。
だが如何せんキラは床上げしたばかりの身だ。何より、先の大戦時からキラの手足となって幾多の戦場を駆け抜けたフリーダムはもうない。
『キラ…ちと酷な話なんだが……お前さん、宇宙に上がってきてくれないか?』
「え?」
重い沈黙を破ったのはバルトフェルドの硬い声だ。
それに戸惑うキラやブリッジのクルー。
『機体なら…ここにある。世界が平和なままなら決して必要にはならなかっただろうモノだが…今の俺たち、お前に必要なモノがここに、ある』
『バルトフェルドさん!』
「ちょっと待て!キラはまだ本調子じゃないんだぞ!!」
バルトフェルドを非難する声音のラクスとカガリ。
今までエターナルで黙っていたラクスも、そして声を荒げたカガリも、どちらもキラにこれ以上の負担をかけたくはなかった。
為政者であるためになら、今ここでキラに負担を強いてでも活路を見出すバルトフェルドの提案を推しただろう。
けれど、先の大戦からキラの苦しみを見てきた2人は、人の情という―為政の面からみれば甘さととられるだろうものを捨てることができなかった。
しかし、バルトフェルドの提案は酷くキラの心を揺さぶった。
フリーダムを失ったキラには、もう戦う術が残されていない。
今までのキラであったならば、それはそれで自分の命を犠牲にしてもいいような戦い方を見出してそうしようとしただろう。
だが、今、キラには”生きたい”という思いが生まれた。
それはもちろん、二度と会えることはないと、そう思っていた彼との再会があったからだ。
相変わらず身勝手な自分に嫌気が差すけれども、それでもこれから先を彼と、そして許されないかもしれないが、あの子と生きて生きたい。
だから、この再び起こってしまった戦争を終わらせたい。
そしてそれにはフリーダムのような力が必要だと、キラは知っていた。
「カガリ、ストライク・ルージュ貸してね」
「キラ!お前」
「マリュ―さん。マードックさんに至急ルージュの準備を」
「キラ君…でも」
『キラ!お待ちください、キラ!』
突然口を開いたかと思えば、明らかに宇宙へ上がることを前提とした言葉ばかりが出てくる。
そんなキラに周囲は、キラの体調や諸々のことを慮って止めるように名を呼んだ。
だが、周囲の声を止めたのはキラ自身ではなく、突然話って入ってきた、アークエンジェルの面々には懐かしい声音だった。
「もうそうなったら、キラには何を言っても無駄ですよ」
少し上ずってしまった声で仕方がない、というような雰囲気を滲ませた彼は他の誰でもない―アスラン・ザラ、その人だ。
まだ体を起こすのさえやっとなのに、緊急事態と聞いてメイリンに肩を貸してもらってブリッジにまで歩いてきたらしい。
「アスラン!」
彼の状態をよく知っているキラは、思わずアスランに駆け寄ってメイリンから受け取るようにして彼の体を支えた。
近くで見る彼の顔には、もう既に玉のような汗が浮かんでいる。
「アスラン…」
「お前が決めたのなら、もう何も言わないさ…」
どこか諦めたような口調の彼にキラは申し訳なくなってしまった。
たぶん、こんな風に彼を諦めさせてしまっているのは他ならない自分の今までの行動のせいだからだ。
だから精一杯の気持ちを込めて、キラは―。
「アスラン…」
離れている間に随分違ってしまった背丈を埋めるために背伸びをして、彼に、口付けた。
言葉にはしていないけれど、今までの謝罪と寂しくて仕方がなかった恋情を込めて。
今は時間がなくて言葉にはできなくて、どうしようもないけれど、せめて彼には少しでも伝わるように。
その口付けはただ触れるだけで、直ぐに離れたが、アスランはひどく驚いた顔をした。
「キラ…」
「帰ったら…帰ってきたら、全部話すよ。何もかも全部。許してくれ、なんていえないけど…ちゃんと『もしもの時は自分を優先させて』も帰ってくるから、だから」
先の大戦時にアスランが無理矢理に取り付けたような約束をキラが覚えていてくれたことが、アスランの微笑を引き出す。
時間もないだろうに、自分の気持ちをうまく言葉にできずにいるキラに、アスランはまた優しく微笑んで言った。
「ああ、大丈夫だ。安心しろ、俺はここでお前を待ってるから…」
「うん」
優しく送り出すアスランの声を聞いて、名残惜しげにアスランから離れるとキラは一目散にドッグへと駆け出した。
そして、2人の突然の口付けに静まり変えていたブリッジに落とされたのは静かなラクスの声。
『もう、よろしいのですね?』
静かで、多くの意を含んだ問いだった。
モニターから、ひたとこちらを見つめるラクスの視線と出会う。
それにアスランは、先ほどキラに向けたような甘さを含んでいて、何処か晴れ晴れとした微笑を浮かべて「ああ」と簡潔に答えた。
その日、ザフト軍及び反連合軍がヘブンズベースを落とし、主要なロゴスのメンバーが捕らえられたという報告と、偽ラクス・クラインの追撃に当たっていたローラシア級1隻とナスカ級2隻及び擁していた25機のMSが、未確認のMS1っ
機によって戦闘不能にさせられたという報告が、デュランダルの元に届けられた。
|