「本日1200より、ザフト及び反ロゴス同盟軍はロゴス代表のロード・ジブリールが潜伏していると思われるヘブンズベースへ総攻撃を行う。シン、レイはそれぞれデスティニー、レジェンドで出撃。ルナマリアはインパルスで本艦の援護を。以上、出撃準備に入れ!」

スパイ騒ぎで一時騒然となったジブラルタル基地だが、その翌朝にはデュランダル議長がヘブンズ・ベースに向けて最後通告を通達が出されたことで、基地内には戦闘前の独特の高揚感が満ちていた。
軍に駐屯する者たちは、昨夜の騒動などすっかり忘れたようで、彼らの関心ごとといえば今回の作戦でこの戦争が終了するかどうかということだった。
もちろんそれは、ミネルバに乗船するものたちとて例外ではなく、皆が一様にこれが最後の闘いと意気込み、ブリッジから放送されたタリアの声に張り切って戦闘の準備に入ってる。
だが、そんなミネルバ内で浮かない顔をして、動きも鈍い者が2人―ブリッジで直接タリアの命を聞いていた者の内のシンとルナマリアだ。
常ならば軽口の一つや二つ交わしているはずの2人は、今日は酷く沈んでいて、ルナマリアは早々にブリッジから出て行ってしまっていた。
ミネルバに乗船している者たちは今日、ここにいないアスランとメイリンのことについては朝一番でタリアから説明を受けていたため、2人の様子に不審を抱くものは居なかった。
誰もが、シンとルナマリアの仲はそのことでぎくしゃくしてくるものだと思った。
だから2人のおかしな雰囲気について言及するものは居らず、気まずげに様子を伺うだけだ。
確かに2人が朝から互いに一言も話さないのは昨日の騒動が発端であったが、直接の原因はそんな単純なモノではない。
けれど、それは今だシンとルナマリアしか知らぬことだ。

「シン、大丈夫か?」

俯き加減でブリーフィングルームへ向かうシンに労わりの声をかけたのはレイだ。
昨夜レイは、報告も兼ねてデュランダルのもとで過ごしていたたため、アスランを撃った後シンと顔を会わせたのはつい先ほどだ。
シンはもうアスランのことでなど動揺しないだろうと判断し、昨夜はシンの側には居なかったのだが、それが仇になったかとレイは少しばかり後悔する。
デュランダルの理想に傾倒しているからこそ、アスランがその理想の破壊者ならば、アスランを撃ったとしてもそれはシンに戦闘での自信をつけこそすれ、ショックを与えることになるとは思わなかったのだ。
まるでシンをチェスの駒のように扱ってしまってるな、と自覚しているレイは、口では労わりの言葉を吐き、心うちでは打算をめぐらせる自分自身を自嘲した。

「レイ…」

だが、元々まっすぐで身内には甘いところのあるシンは、信じきっているレイの言葉に青白い顔を上げて揺れる瞳を晒す。

(レイに言ってしまおうか…サクラのことを…)

アスランがサクラの父親で、フリーダムのパイロットがサクラの母親だったという事実はシン1人で抱えるには重すぎた。
同じ秘密をルナマリアも知っているが、彼女はシンのような簒奪者ではないから、シンの苦しみを共に背負ってくれるわけではない。
だからシンは、フリーダムを撃った時も、アスランをメイリンもろとも海に沈めたときも変わらずシンを肯定して励ましてくれたレイに全てを話してしまいたかった。
だが、シンにそれを躊躇させるのは、レイが自分と同じくらいサクラを可愛がっているという事実だ。
深くは知らないがレイも身寄りがないということをシンは知っていたし、サクラに向ける暖かな眼差しが意味する表には出さないレイの思いも知っていた。

だから。

(やっぱり俺は……)

シンは、心を決めると無理にでも微笑んだ。

「いや…なんでもないよ……少し疲れてるのかも…」

「そうか…それならいいんだが」

シンはレイにサクラのことを話さなかった。 いや、話せなかったというのが正しい。
レイも良心の呵責からか、それ以上そのことについて追求することはなかった。
そして、共にブリーフィングルームへ行く道の途中、偶然にも医務室へサクラを預けるルナマリアと遭遇してしまう。

「それじゃ、サクラちゃん…ここで待っててね…」
「ねえ、リュナちゃん、シンちゃんは?シンちゃん、こない?」
「…サクラちゃん」

サクラの問いにルナマリアは黙ってしまう。なぜなら、沈黙以外にルナマリアが答えられることなどないからだ。
医務室の扉の前で、お気に入りのぬいぐるみを抱いて利発そうに話すサクラに変わったところなど見られない。
いや、一つの変化として、サクラの周りをどこかでみたことのある球体が跳ね回っていることが挙げられるかもしれない。
だが、サクラ本人にはなんの変化などない。
変わってしまったのはシンやルナマリアだ。

「シン?」

常ならばサクラを見れば文字通りサクラの元に飛んで行ったシンは、サクラとルナマリアを見た途端体を硬直させて歩を止めてしまった。
その態度のおかしさにレイがシンの名を呼んだことで、サクラとルナマリアもシンとレイの存在に気がついたようだ。

「シン…」
「シンちゃん!」

シンの姿を認めたサクラとルナマリアの態度は対照的であった。
ルナマリアは何処か哀れみを含んだような視線で痛ましげにシンを見つめて、言葉を飲み込むようにシンの名だけを呟いた。
そしてサクラは、ようやく尋ねていた人物に会えたという喜びを体一杯で表しシンのところまで満面の笑みで駆けてくる。

「シンちゃん!あ、レーちゃんも!」

サクラはやっと、シンとレイの側まで来ると精一杯背伸びをして2人の顔を見つめて、笑った。
その笑顔はこの戦争中、何度シンやレイ、他のミネルバクルーを癒したか知れない。
けれど今。
いま、シンにとってその笑顔は何よりもつらいものでしかなかった。
優しく滲むその瞳の翠。
あのヒトと同じ、その瞳。

「?シンちゃん?」
「シン?」

先ほどからサクラの呼びかけに一向に答えないシンに、当のサクラはもちろん、先ほどから硬直したままで身じろきもしないシンを不審に思ったレイが畳み掛けるように名を呼ぶ。
けれど、シンの目に映っていたのは、ただサクラだけ。
父親譲りの翠色の瞳を緩めて、母親そっくりに微笑むサクラその姿。

(俺が奪った!!)

「…ッゴメン!!」

シンは結局、その場から逃げることしかできなかった。

「おい!シン!!」

苦しそうに顔を歪めたシンにただ事ではないと察したレイは、目の前の事態についていけずキョトンとしたままのサクラを一瞥し、「ルナマリア、頼む」とシンの後を追った。
ただそこに残されたのは、昨夜と同じようにシンに拒まれて呆然とするしかないサクラと、それを慰めるように後からサクラを抱きしめるルナマリアだった。