「美しいな…」
今や、コーディネーターのみならずナチュラルにさえ支持されたプラントの最高権力者は、ジブラルタルの自室で呟く。
執務室から一望できる海原は、朝焼けに染まり輝いていた。
デュランダルは思う。
こんな風に心静かに、何かを美しいと感じたのは本当に久しぶりのことだ、と。
長年の夢を目の前にしたことで、ようやくここ数年持つことのなかった心の余裕が生まれたらしい。
今日、デュランダルはヘブンズベースに向けて最後通告をするつもりだ。
地球軍の主力艦隊の殆どは、ロゴスが操る自軍に反旗を翻してザフト軍と合流している上、世論はこちらの味方である。
そして、それに加えて新型MSデスティニーとレジェンドを擁したミネルヴァも万全の態勢で彼らを迎え撃つ準備が整っている。
万に一つも、ザフト側が敗北することはないと言っていいだろう。
ロゴスが片付けば、残りはオーブ。
唯一、デュランダルの望みを妨げる存在を内包する国だ。
先々代の意志を受け継ぐ獅子の姫君。
言葉一つで兵たちさえも従える白のクイーン。
そして―。
人類の夢―最高のコーディネーターと彼が操る無敗のフリーダム。
だが、そのフリーダムはもう無い。
フリーダムを擁しないクイーンも、獅子さえも恐れるに足りず、デュランダルの満願成就を妨げる者はいない。
(キラ・ヤマト…いや、キラ・ヒビキ―”人類の夢”、”最高のコーディネーター”)
彼のことは、彼が生まれる前から知っていた。
結局、デュランダルは実際の実験に立ち会う前にユーレン・ヒビキ博士の元を去ったけれど、キラ・ヒビキのコーディネートを議論する段階では研究メンバーの一員だったからだ。
あの頃の自分は、その存在が全てのコーディネーターを幸福にし、人類の新しい可能性を開く鍵になるものだと考えていた。
だが、そんな思いも浅薄なものだと気づくのにそう時間は掛からなかった。
切欠は恋人―タリアとの別れと、ラウ・ル・クルーゼとの出会い。
それらが、人類のために良かれと思っていた自分たちの研究は、不幸しかもたらさないと気づかせた。
遺伝子に手を加えることで起きる、想う人との間には、自分の血を継ぐ者を残せないという弊害。
人の飽くなき欲望を助長する遺伝子操作技術が引き起こす悲劇。
気づいてしまったら、ヒビキ博士についていくことは出来なかった。
だから、デュランダルはコロニーメンデルを出て、クルーゼと共に、この世界を粛清することを誓いあった。
長い道のりになる計画を綿密に立て、それと共にクルーゼのテロメアを少しでも長くする術をデュランダルは求めた。
その道のりで、クルーゼと同じ境遇の少年―レイと後に名づけた―と出会い、引き取ったのは単純な哀れみからか、叶わなかった自分の血を受け継ぐ者への憧れからなのか、今でもデュランダルには分からない。
ただ今ではレイは、慈しむべき部下であり、頼もしい共犯者で、デュランダルにとってかけがえの無い存在となっていた。
「もうすぐ、もうすぐだ…ラウ、レイ……」
もう1人の共犯者だったクルーゼはもうこの世にいはしないが、きっとどこかで世界の変革を見ているに違いない。
デュランダルとクルーゼが憎んだのは、発達した遺伝子技術そのものでなく、それを私利私欲のために使う人々だった。
確かにデュランダルは、己の操作された遺伝子を憎んだこともあったが、コーディネーターそのものを憎んだことはない。
コーディネーターと言う存在も中身は只の人間、ナチュラルと変わらないだということを研究者としてよく知っていたからだ。
だからデュランダルは考えたのだ。
どうすれば、自分のような絶望を味わう者がいなくなる世がくるか。
どうすれば、クルーゼやレイのような犠牲者を出さなくてすむ世界になるか。
その結論が、日進月歩の遺伝子操作技術を応用することだった。
人の遺伝子というのは、ありとあらゆる情報を持っている。その人物の能力をそこから見出すのは容易いことだ。
大なり小なりの違いはあれど、世界というのは個人が自分の持つ能力を見極め、仕事をし、生活することで成り立っている。
結局、世界は初めから遺伝子に支配されていたのだ。
だからこそ、デュランダルは思いついた。
初めから全てが遺伝子によって決まっているならば、その遺伝子情報を調べて各人の調和を取り、予定運命を知らせてしまえばいいのだと。
決められた未来なら、何かに期待して失望することもない。
それが自分の能力ゆえに定められたものならば、諦めもつくだろう。
血で血を洗う争いごとや、私利私欲に走ろうとする者たちは遺伝子を調べて調和を図る機関が駆除すればいい。
これが神をも恐れぬ所業だと言いたい者がいるならば、言えばいい。
例え何と罵られようとも、デュランダルは引き返すつもりなどないのだから。
「だからこそ、予定運命を変えられる者などいてはならないのだよ…」
”キラ・ヒビキ”。
この世で唯一、人口子宮で育てられた完璧なコーディネーター。
ヒビキ博士の最高傑作といっても過言でない彼だが、デュランダルもかつて在籍した研究チームはただ彼を誕生させるだけでは飽き足らなかった。
彼らは用意周到に”次”を考えていた。
だからこそ、キラ・ヒビキは”彼”なのだ。
卵子よりも多く採取できる=より研究に利用できる精子を持つ男性体の方が今後の研究のために有用だと彼らは考えたのだ。
さすがに、自分の子供をそこまで研究に利用することを当のヒビキ博士は拒否したが、結局は他の研究メンバーに押し切られる形になったはずだ。
ヒビキ博士を始めその研究メンバーたちはことごとくブルーコスモスの粛清にあっているため真実は定かではないが、廃墟になったコロニーメンデルに残された書類にはそのように記載があったから間違いはないだろう。。
だから、デュランダルのデスティニープランには唯一。そう、唯一、組み込めないのだ。
人でありながら、人ではない生まれ方をした彼のことはデュランダルといえども未知数だから。
彼の存在が、そんな未知数なコーディネーターたちを生み出させる原動力になってしまうから。
彼のことは本当に哀れだと思う。
彼だとて好きで、あんなめぐり合わせのもとに生まれたわけではないのだから。
だが、それでも彼の存在はディスティープラン―デュランダルの世界にとって危険なものでしかない。
「君も願った”平和な世界”を、祝福してくれたまえ」
地平線の向こうから完全に姿を現した太陽が、勝者の笑みを湛えたデュランダルを照らしていた。
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