時は少しばかり遡る。
「……サクラちゃんも落ち着いたみたい…今はぐっすり寝ているわ」
照明を落とした室内も、今日の始まりを告げる朝日に染められる頃。
ひどく憔悴した様子のルナマリアがシンの部屋を訪れ、ポツリと呟いた。
部屋の一番奥に膝を抱えてうずくまるシンは、返答こそしなかったが、その肩は少しだけ震えて彼がルナマリアの言葉を聞いていたことを示していた。
シンの様子にルナマリアは、かける言葉を見つけられず痛ましげに目を伏せた。
「サクラちゃんは、このまま私が預かるわ…レイにもそう言っとく」
それだけを言うと、ルナマリアは足早にシンの部屋を出た。
結局、最後までシンはルナマリアに言葉を返すことも視線をやることすらしなかった。
けれどルナマリアはシンのそんな態度に腹を立てているわけではない。
むしろ、その切欠を与えてしまった己の失態を深く嘆いた。
(ごめんなさい…シン、サクラちゃん……そして…アスラン)
ひどく残酷な真実を知ってしまったあと、シンはあの場から逃げ出して自室に駆け込んだ。
部屋に残されたのはルナマリアとサクラ。
自分の言葉がどれほどの衝撃を与えたか理解できないサクラは、シンが突然部屋を出ていってしまったことに酷く動揺して、ルナマリアに縋った。
「シンちゃん、どうして?」「サクラはシンちゃん、いっしょじゃダメなの?」
サクラがミネルバに来てから、シンはサクラの側を離れる時は必ず「行ってくるから」と声をかけていたのだ。
それなのに、今回、シンは突然叫んだ後、サクラをおいて部屋を出て行ってしまった。
サクラはシンの叫びにすこしだけ怯えたが、それよりもサクラには『おいていかれた』ということが重要だった。
それは何故か。
今のルナマリアにならサクラが『おいていかれる』状況にひどく動揺したのかよく分かる。
母親と別れたときがそんな状況だったのだと。
シンは見ることがなかった、チップに収められていたもう一つのテキストファイル。
アスランに恐らくアークエンジェルにいる知人より宛てられた、そのテキスト。
『アスラン・ザラへ
その動画ファイルは偶然、ヤキンドゥーエ戦の直ぐ後に監視用のビデオに録画されてたものよ。
本当だったら切り替えがあるはずの監視カメラだったのだけれど、戦闘のときにイカれたみたい。
これを見つけたのは偶然で、見つけたのはキラがいなくなって貴方もAAを出た後だった。
キラが言っていた子供は無事に産まれたわ。
ある北の国に取材で行った時、これも本当に偶然、キラとラクス、それの貴方とキラの子に会ったの。
子供は女の子で”サクラ”というとても可愛らしい子。
貴方とキラによく似てる。
本当はディアオキアで言うべきだったのかもしれない。
けれど、貴方とキラのことに口出しすべきじゃないって思ったし、キラが何よりそれを望んでいなかったから言えなかった。
その後AAで、キラたちは今までずっと北の国にいたけれど、ユニウスセブンのことがあった後すぐにサクラをオーブの施設に置いてAAに合流したって聞いたの。
「今度も生きて帰れる保障なんてないから」って、あの子が幸せに生きていればそれでいいって言うの。
私、貴方とキラがどれだけ想いあっていたか知ってる。
どれほど貴方との子であるサクラを可愛がっていたかも知ってる。
でも今、キラはAAで1人よ。
キラはどんな理由があっても母親を放棄した自分にサクラの母を資格名乗るはもうないし、貴方にも会わせる顔がないって何も言わないつもりでいるの。
だから、本当は口をだすことではないけれど、貴方にこのチップを送るわ。
連絡がつくアイツから送ってもらうからこれを読む頃には、また状況が変化しているかもしれない。
けど、どんなことになろうとキラが逢いたいと思ってるのは、一緒にいたいと思ってるのは貴方とサクラよ。
それだけは覚えていて。
ミリアリア・ハウ』
書かれた文章には、”サクラ”と子供の名前があり、ルナマリアに絶対の証拠を突きつけた。
それに、そこに書かれたキラという人のこと。
短い文章だけなのに、サクラの母親が深くアスランとサクラを想っていることがよくわかった。
シンはこれを読まずにいてよかったとルナマリアは思う。
これでは、追い討ちをかけるだけだから。
「どうなるんだろ…これから…」
シンのことも心配だったが、何よりも気がかりなのはこのサクラのことだった。
アスランとあのフリーダムのパイロットの子供。
サクラはアスランと、彼の恋人であるキラの子供だ。
はっきり言ってしまえば、その2人は今ではザフトに仇なす存在として認識されてしまっている。
絶対数の少ないコーディネーターの、それも希少な存在である第三世代。
そんな子供をどうこうしようとする者はいないと思いたいが、万が一ということも考えられる。
幸い、この事実を知るのは今のところルナマリアとシンだけだ。
本当はレイにも言った方がいいのではないかとルナマリアは一瞬考えたが、自分が撮った写真で追い込まれたアスランと、メイリンのことを思ってすぐにそれはやめた方がいいと結論付けた。
友人であるレイに秘密を持つこと、しかも彼も可愛がっているサクラに関する重要な秘密を隠すことはとても気が引けるが、どうしてもルナマリアは議長に近すぎるレイに言うことは躊躇われたのだ。
「とんだ巡り会わせね…」
あまりに皮肉な運命に引き寄せられたシン、アスラン、サクラ―そしてキラという女性。
その4人のことを思って、ルナマリアは悲しげにそう呟いた。
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