(キラ……?)
アスランは声が聞こえた方角に手を伸ばす。
いや、伸ばそうとした。
けれど手は彼の意思に反してまったく動いてくれなかった。
(手が…?)
だが手だけではなく、体全体がひどく重くて身じろきすらできないことに気づく。
そうして、思い出す。
自分がどうしてこうなっているのか、その理由を。
(シン、か……)
結局、いいように利用されただけだと遅まきながら気づいたあの時。
キラの生を信じたくて、ということもあってジブラルタル基地を身一つで飛び出した。
追っ手は、新型機に搭乗したレイとシン。
シンは自分の言葉には耳を貸さず、彼やレイの友人であるはずのメイリンもろとも自分たちが乗るザクを攻撃した。
そして大破するザク。
所々で火花を上げるコックピット内、メイリンを庇いながら脳裏によぎったのは、キラの生死と、あの子―。
そう、あの子の―。
「アスラン………」
アスランの思考がそこまでたどり着いた時、もう一度、掠れてはいるが、確かに求めていた声を聞いた。
それも、先程のようにどこかから遠く聞こえるというようなものではなく、直ぐそばでささやかれているような声だった。
その声が合図だったかのように、ようやく体の感覚が戻ってきたアスランは自分が瞼を閉じていることに気づく。
これは夢なのか現実なのか、どちらなのか。
それとも死後の世界というものなのか。
だが、そんな疑問はもう一つの事実に気づいた時にはどうでもよくなってしまった。
自分の手のひらが懐かしい温もりに包まれていることに気づいた時には。
「……アスラン…」
温もりも声も知っている。
かつては誰より側にあったもので、ひどく自分に馴染んだものだ。
懸命に目を開こうとするのに、それすらも侭ならないこの身が忌々しい。
早く、早く。
この温もりが消えぬうちに、その姿をこの目に映したい。
世界中、どこを探したって見つけられなかった彼女を。
「………―………―」
果たして―アスランの瞳はようやく、捜し求めていた姿を捉えた。
キラ、と動かした口元は震えすぎて声にならない。
最後に見た時から確実に大人びた表情が離れていた月日をアスランに教える。
でも、それでも変わっていない色白の肌と綺麗な栗毛。
そして、今は閉じられているその瞳に隠された紫電の瞳もきっと変わっていないだろう。
キラはアスランの手を両手包んで祈るような姿で目を閉じていた。
まだ彼女はアスランの目覚めに気づいていない。
アスランは早く彼女の声が聞きたくて彼女を呼びたいのだが、やはり声にならず。
なけなしの力を必死に振り絞って、ようやく少しだけ彼女に包まれた方の手を動かすことに成功した。
それは本当に微々たる動きだったが、全神経をアスランの手だけに集中していたキラはビクンッ!と大げさなほど体をすくめて、ハッと目を開ける。
「ア………………」
閉じていた瞼を持ち上げたキラが見たのは、かすかな笑みを浮かべる目覚めたアスランの姿だった。
これ以上ない、というほどに目を見開いたけれど、キラの視界はすぐにぼやけ始める。
その理由はたやすくわかる。
自分でたてた誓いを破らぬよう懸命に堪えていたものが頬を伝わったのを感じ取ったから。
彼の名前を呼びたいのに、声が出てこない。
本当は一番初めに言わなくてはいけない謝罪の言葉すら、どこかへいってしまった。
キラはただ涙を流してアスランを見つめることしかできない。
「キ………ラ…………」
そんなキラを見て、アスランはキラの全てを許すというような微笑を浮かべて、弱々しいけれど変わらない声音でキラを呼ぶ。
アスランも、キラに逢えたらたくさんの聞きたいこと、言いたいことがあった。だが、それよりも彼はまず、涙を流して呆然としている彼女をどうにかしてあげたかった。
だから、必死に力を入れてキラを抱き寄せようと、彼女の肩に手を伸ばす。
「アスランッ!」
けれどアスランは手を伸ばしただけで十分だった。
アスランの手がキラの肩に掛かったと同時に、キラがアスランの胸に飛び込んできたからだ。
「生きッ…て………目、さめ……って!」
「キラ………」
堪えていた分だけ涙は止めどなく、アスランの胸に染みこむ。
嗚咽交じりに言葉をつむぐキラの髪をぎこちない仕草で梳くアスラン。
互いの温もりにどれほど焦がれたことか。
キラが決意した別れであったが、それとて本意ではなかった。
だから、2人は互いの体を精一杯の力で抱きしめあった。
本当は、こんなことをしている場合じゃないということは二人とも理性ではわかっていた。
ただでさえ情勢が緊迫していて、2人がいるAAは主力のフリーダムを失っていて。
やらなくてはいけないことも、2人が話さなくてはいけないことも山積みだった。
けれど、この一時は、このしばしの時だけは。
互いの温もりを分け合っていたかった。
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