『だから、キラ。共に地球にまいりましょう』

そう言ったラクス・クラインはキラと呼ぶ女性に手を差し出した。
2人の会話を聞いていたシンではあるが、シンはその会話をよく理解することができていなかった。
だが、そんなシンにもこの”キラ”と言う人がアスランの恋人なんだろうと分かる。しかも婚約者だとされているラクス・クライン公認の。
そして何よりもシンに衝撃を与えたのは、アスランには子供がいるかもしれないということだ。
女性の話しぶりから本当に、この世に生まれ出でているのかは分からないし、アスラン自身が子供のことを知っているのかも分からない。
しかし、それでも一つだけ確かなことは、アスランは誰かの父親であったということだ。
つい先程、自分がこの手で撃ってきたアスラン・ザラを父とする存在が。
シンの頭には、自分の父親の無残な最期の姿がよぎる。嫌な汗が背を流れるのを感じた。
映像はまだ続いていた。
ラクスが差し出した手を見つめて女性は、こんどこそ一粒の涙を流して笑った。

『君には助けられてばかりだ…。アスランとのことも、フリーダムのことも…』

その言葉にシンの鼓動はドクリと大きく波打つ。
ステラの命を奪い、サクラが幸せに暮らせる平和な世界の構築を邪魔していた憎むべき仇敵。 けれど、フリーダムはシンがその手で撃ったのだ。もうシンたちの目の前に現れることなんてない過去のもの。
それでもシンの鼓動は静まらない。それは、直感的に頭の奥底で湧き出た可能性のせいだろうか。
本能のようなものが頭の中で警鐘を鳴らす。もうこれ以上見るな、と。
これ以上は、と。
だが。

『アスランのことについては、わたくしは何もしておりませんわ。お2人の互いを想う気持ちがあったからこそです。 そしてフリーダムも。わたくしは、ただ剣としてフリーダムをお渡ししただけです。むしろ助けられたのは、プラント、そしてわたくしです』

ラクスは、言葉と共に聖母のようだと例えられ微笑を浮かべた。
そして、キラは差し伸べられたラクスの手を取り一言。

『ラクス……本当に、ありがとう』

と、笑った。
そしてそれが、映像の最後だった。
キラの言葉と共に今まで2人の姿を映していた画面は黒く染まった。

「な、んだよ……こ、れ…………」

映像の音声がなくなった後、しばらくの沈黙が落ちた。
シンは映像が消えた黒い画面を見つめたまま、身じろき一つしなかったが、やっと零れた声は酷く震えていた。
シンをそこまで狼狽させていたのは、最後のラクスの台詞。
『わたくしは、ただ剣としてフリーダムをお渡ししただけです』
聞いたことがある先の大戦時のラクス・クラインの国家反逆罪の罪状。
それは、確か最新鋭機体であったフリーダムをスパイに渡したのいうものであったはずだ。
先の大戦後すぐにその罪状は、ザラ元議長の横行を防ぐことに一役かったとして、戦争終結の功労のこともあり帳消しになっていた。
だが、フリーダムを渡した相手ーつまりフリーダムのパイロットは不明のままであった。
シンは、アカデミー時代にルナマリアや他の同級生たちからそう聞いていた。
けれど今、シンが耳にした会話は…。

「……見て、聞いた通りよ……シン」

シンの背後から、ルナマリアの声が届く。
ルナマリアはシンを止めることができなかった後、2人の口論に小さくなってしまっていたサクラを抱きしめて映像が終わるのを待っていた。
その間にサクラは徐々に、体の緊張を解いていき今はいつものような状態でルナマリアの腕の中に収まっている。
けれどルナマリアは、自分が抱きしめていることだけがサクラを安心させたとは微塵も思っていなかった。

「見て、聞いた、通りって……な、ら……あの人……」

あのキラという女性。
あの、人が。

「キラ。それが、フリーダムのパイロットで、アスランの恋人だった人の名前よ」

映像を最後まで見てしまっているシンには、そのことを隠すことはできないと思ったルナマリアははっきりと口にした。
ルナマリアも、つい数日前に知ったことを。

「フリー、ダムの……で、あの人の、恋人……?」

シンの頭は混乱していた。
あのキラという人がアスランの恋人で、フリーダムのパイロット。
ステラを、この世から去らせたのもフリーダム。
だから、シンはフリーダムを撃った。
自分の大切な者を奪ったフリーダムを。自分の守るべき者のための未来を邪魔するフリーダムを。
でも、そのパイロットがアスラン、あの人の恋人。

『言っただろう”自覚しなければその力、自分に跳ね返ってくる”と!お前はまだ分かっていない』
『いいかシン。確かに、オーブでの時も、あの地球軍の少女の時も、お前は被害者だった。だがな、シン。お前は他では加害者だ。 もうお前は誰かを悲しませる立場に立っているんだ!』

シンの頭になり響くアスランの声。
被害者は誰だ?
マユや父さん、母さんの時も、ステラの時も、大切なモノを奪われたのは自分だった。
奪ったのオーブとフリーダム。
けれど、フリーダムの時はどうだ。
大切なモノを奪われたのは誰だ?奪ったのは誰だ?
『もうお前は誰かを悲しませる立場に立っているんだ』
悲しんだのは。
誰?

「嘘だ、ろ…………ルナ?」
「嘘なんかじゃないわ、シン。……あの人が、フリーダムのパイロットで……アスランの幼馴染で恋人…よ」

シンにとって酷であろうが、ルナマリアはあえて真実を告げた。
つらいだろうけれど、それが真実であり、中途半端に知るよりは全てを知った方がいいとルナマリアは考えたからだ。
もう一つの真実を覗いては。
だが。

「ねえね、リュナちゃん。ママとおねーちゃんの、もっかいみせて。サクラ、ママみたいの」
「サクラ!!」

ルナマリアの腕の中にいたサクラがそう言って、ルナマリアに縋った。
けれどルナマリアは悲鳴のような声でサクラを咎めるように呼んだ。

「…え……?」

無邪気なサクラの一言。
ルナマリアとシンは2人で押し黙ってしまっていたから、子供特有の高いサクラの声は静かな部屋によく響いた。
だからもちろん、シンの耳にも届いている。

「リュナちゃん…?」

名前を呼んで自分をギュウと抱きしめたままのルナマリアのことを不思議に思うサクラ。
ルナマリアから答えをもらえない、サクラの視線は自然とシンの方を向く。

「サクラ……きみ、の……」
「シンちゃん?」

自分の名前を呼んだまま、こちらも固まってしまったシンをサクラは揺れる瞳でジッと見つめた。
今となっては遠い、戦闘も何もない航海途中のあの穏かな昼の日。
寝入ったサクラとアスランを見つけて、”親子”のようだと評したルナマリア。
その理由としてルナマリアが言った、そのアスランと同じ翠の瞳で。
そして、いつものツインテールがサクラを抱きしめるルナマリアの肩口に隠れて見えないその姿。 柔らかそうな茶色の髪と、つい今しがた見たばかりの女性を彷彿とさせるその造作。

「シンちゃん?」

シンが、その手で守りたいと思った同じ境遇の子供。
自分が助けた、新しい自分の”家族”のような子供。
でも。

「サクラ…」
「なあに?」

やっと、口を開いたたシンにサクラは不安そうな表情を笑顔に変えて元気な声で答えた。
だがそれに対するシンの表情は硬いままだ。
いや、血の気がすべて失せたかのような白い顔色をしていた。

「ママって…サクラのママ……のことか…?」

サクラがラクス・クラインのことを”おねーちゃん”と呼ぶことはメイリンから聞いてシンは知っていた。 あのディオキアの基地でサクラが駄々をこねた時に相手をしてくれていたメイリンの話で、泣き喚いている間中「おねーちゃん、ちがう」とラクス・クラインのリサイタルがやっている方角に向かって言っていたようである。 結局、あの時サクラが泣いた理由ははっきりとわからなかったけれど、サクラがラクスのことを”おねーちゃん”と呼ぶことはメイリンの話で後から知った。

だから、サクラが”ママ”と呼ぶ女性はあの映像の中ではもう1人しか考えられない。
アスランの恋人で、映像の中で自身の妊娠を告白していたあの人しか。

「うん!あのね、おねーちゃんといっしょがサクラのママ!」

『もうお前は誰かを悲しませる立場に立っているんだ!』

フリーダムを撃ったのはシン。アスランの乗るジンをメイリンもろとも撃ったのもシン。

「………ッ……そ………お………ぅ……」

ならば、サクラから真実、両親を奪ったのは。

『自覚しなければその力、自分に跳ね返ってくる』

アスランの声がシンの耳に何度も何度も繰り返される。

奪ったのは…?

「嘘だッ―――――――――――――――――――――――――!!!!」

自分自身。