『まあ、キラ。こんなところにいらしたんですの?』
シンにも聞き覚えのあるその声。
画面に映し出された場所の窓の外にはここ数年でシンにも馴染みのものとなった広大な宇宙が広がっていた。
そこはどこかの船のデッキであるらしい。
そして、映像からこれが監視カメラで撮られたものだとシンには分かった。
画面には、声とともにシンが知っている出で立ちとはまた違ったラクス・クラインが、窓際に佇んでいた人の隣に並んだ。
『ラクス…』
ラクスが声をかけた人は、彼女を認めるとかすかな微笑を乗せ少し長めの茶の髪を揺らした。
一見、少年かとも思えるような姿をしている人物であったが、その柔らかな体のラインから女性であることが知れた。
だが、よくよく目を凝らしてみれば彼女が着用しているのは青い地球軍の軍服。
それに気づいたシンは著しく眉をしかめた。
『いけませんわ。アスランが知ったらお怒りになりますよ』
ラクスはからかうような笑いを含んだ声で彼女―キラと呼んだ人に告げる。
キラはラクスの言葉に困ったふうに笑う。
ラクスの言葉にハッとしたのはシンだ。彼女は今”アスラン”とはっきり口にした。
シンは知らずにその表情を曇らせた。
『アスランは?』
『キラの目覚めをずっと側で待っていたのですけれど、お医者様の方々から…』
『…ドクターストップがかかったんだ』
『ええ。アスランはキラのこととなると我を忘れてしまいますからね』
『いい過ぎだよ、ラクス』
『いいえ、言い過ぎなんてことはありませんわ。本当に…本当に、アスランは、それこそご自分の命よりもキラを大切に思っていらっしゃいますから…』
『ラクス…』
『ですから、こんなところにいらっしゃってはいけませんわ』
二人が気安い関係であることがよくわかるラクスの語り口調。
とても丁寧な言葉は変わらないが、そこには心を許した相手にしか見せないような気安さがあった。
ラクスとアスラン。
この二人の関係はシンも知っている。
プラントの誰もが羨んだ軍のエリートと稀代の歌姫という婚約者同士だ。
ならば、ラクスとすらこんな親しげに会話し、ましてアスランのことも知っているような口調のこのキラという人物。
地球軍の軍服を纏っている彼女は一体誰なのか。
それに今の会話からすると、アスランとラクスが婚約者同士というよりも、アスランとこのキラこそが恋人同士であるかのようだ。
「シン!これ以上は!!」
「ルナ!邪魔しないでくれ!」
だがその時、ルナマリアがこれ以上シンがこの映像を見ることを止めようとしてきた。
けれど半ば意地のようなもので、止めに入ってきたルナマリアをシンは押しやった。
『それに、もうお一人のお体ではありませんでしょう?』
映像はシン達に影響されることなく進む。
だが、そのラクスの一言でシンの動きは止まった。
「な、に……?」
シンとてその言葉の意味は知っている。
妊娠した女性によく使われる言葉だ。
だが、それが今この場で聞くことはとても不自然に感じられた。
どう見ても自分と同い年か少し年上にしか見えない画面の中の2人が使うことがシンにはとても奇異に感じられたからだ。
けれど、真の衝撃がもたらせられるのはここからだった。
いつかラクスとアスランの話をしたデッキ。
状況は異なってもまたアスランを話題にして笑うラクスを見て、キラは遠い昔に感じられる一年前を思い出した。
あの時は、たったひと時だけれどラクスとしたアスランの話で笑顔を取り戻せた。
でも今。
今、アスランの話をすることはキラの表情を曇らせることしかできない。
「ラクス…」
「これをお聞きになったアスランのお顔が早く見てみたいですね。きっと手放しでお喜びになりますわよ」
「………」
「男の子でしょうか、女の子でしょうか?どちらにしろ、キラとアスランのお子ですもの、とても可愛らしいに違いありませんわ」
まるで我がことのように喜ぶラクス。
だがそれとは対照的に、キラの表情は晴れやかではなかった。
ラクスが嬉しそうに話す傍ら、肝心のキラは段々とその視線を足元に落としていってしまう。
「キラ…?」
ようやっと、それに気づいたラクスが心配そうに彼女の名前を呼ぶ。
その声に、キラは顔を上げてどこか悲しげな表情でラクスを見つめて口を開いた。
「ラクス…」
「はい…」
キラの思いつめた表情からただことではないと悟ったラクスは表情を引き締めてキラの言葉の続きを待った。
「僕が最後にエターナルを出発する時に、約束したことを覚えている?」
そうキラに言われてラクスが思い出すのは、キラが生きて戻ったらどんな頼みごとも聞く、というものだった。
ラクスはその時、「なんなりと」と答えたはずだ。
「ええ、もちろん。『なんなりと』とお答えいたしました」
キラはラクスの答えを聞くと安心したように笑う。けれど、その笑顔はやはり悲しげな、いや諦めの色を映していてラクスは不安になる。
「キラ…?」
「なら、ラクス。地球行きのシャトルで僕を誰にも知られずに送り出してくれない?」
キラの言葉にラクスはその顔色を一変させて、思わず強い口調で聞き返した。
「キラ!!何を!!」
「ラクス…君にしか頼めないんだ…だから」
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