「おい聞いたか…?」
「ああ、なんか特務隊のやつにスパイがいたんだってな」
「うそだろ…特務隊ってエリート中のエリートじゃんか」

どよめきに満ちてさわさわと落ちつかなげにさざめきあう兵士の間をすり抜け、シンは息を切らせてはしっていた。
それは、たったいま自分がしてきたことを忘れたいがためでもあったし、なにより心掛かりなサクラの安否を一刻も早く確かめたいからでもある。

どうして撃たなければならなかったのだろう。
ミネルバに配属される以前、アカデミーにいたころから慣れ親しんだメイリンを。
いくら反発しているとはいえ、一度は仲間と認めたアスランを。
アスランとメイリンを撃つことに戸惑うシンにレイは言った。
『こんなことで議長やそれに賛同する人々の思いが無駄になったらどうする』
と。
デュランダルの言葉にザフト・地球軍が関係なく根源的な悪であるロゴスを撃つために世界が一つになっている。これで、本当にロゴスを壊滅させることができたら、シンが心底望んだ平和な世界が訪れる。
けれど、アスランはそんなデュランダルの言葉はやがて世界を滅ぼすと断言した。
戯言だと、レイに言われるまでもなく分っているのに、シンの耳からはアスランの言葉が離れなかった。
そして、いつかアスランに言われた言葉が今さらによみがえる。

『なら、お前は間違うな。守りたいものがあるなら、守り通せ。後悔などしないように、な』
『よくやった、シン。君のおかげだ』
『いいかシン。確かに、オーブでの時も、あの地球軍の少女の時も、お前は被害者だった。だがな、シン。お前は他では加害者だ。 もうお前は誰かを悲しませる立場に立っているんだ!』

「ッ―――」

どうしてこんなことばかりを思い出すのかシンにもわからない。
けれど、シンは自分で決めている。望む世界を手に入れるためにはどんなことでもすることを。
それを邪魔するものは何人たりとも許さないことを。
サクラは必ず守りとおしてみせる。
そして自分は決して被害者ヅラなどしているわけではない。 ただ、平和を勝ち得るために全力を尽くして戦っているだけだ。
だから、アスランからの言葉なんて気にする必要なんてないのに…。
そう自分に言い聞かせても、シンの心は晴れることはなく、ただサクラの無事を確かめることだけに専念することを自分に課すのだった。



「ヨウラン!サクラ知らないか!!!」

シンは取り合えずサクラを預けていたメイリンの部屋を訪ねたが、そこはもぬけの殻で、一気にシンの血の気は下がった。
そのため、闇雲に基地内を走り回ってサクラを探していた。今もシンがヨウランに尋ねる様は、いつになく取り乱している。

「シン……」

必死なシンの様子に、ヨウランは一瞬目を見張ったがすぐに気まずそうにシンから視線を逸らした。

「ヨウラン…?」

決して短くはないヨウランとの付き合いの中でこんな態度をとられたことは初めてだったシンは、訝しげにヨウランを見た。

「サクラなら心配しなくても大丈夫。………ルナマリアのところにいるよ」

ヨウランの言葉にシンはどうして彼がこんな態度をとるのか悟る。
ヨウランも知っているのだろう。
シンがアスランを撃ったときに、メイリンも一緒に撃ってしまったと。だがとりあえず、サクラが無事だということにシンは安堵した。

「そっか…ありがとな…」

それなら当然の反応だろうと、シンは少しだけ寂しそうな笑みのようなものを浮かべてとりあえず礼を言う。
そして「じゃ…」と、その場を去ろうとした。もちろん行く先はサクラがいるルナマリアの部屋。
例えルナマリアと顔を合わせることが辛くても、シンはサクラの無事な姿を自分で確かめたかった。

「あっ、シン―!」

自分に背を向けたシンをヨウランを呼び止めた。それに足を止めてもう一度ヨウランを振り返ったシン。けれど、ヨウランは「えっと…」と心配そうな顔をして適当な言葉を見つけ出せないでいるようだった。

「ありがとな、ヨウラン…」

シンにはヨウランが何を言わんとしているのか何となく理解できた。
おそらく自分を慰めるとか、そんなたぐいの言葉をかけようとして迷っていたのだろう。
そんな友の気遣いが胸に染みる。
そして、シンは今度こそその場を後にする。その背後をヨウランが、やはり心配を隠せない表情で見つめていた。



「ルナちゃん?」

先程、ヨウランが帰ってから何も言葉を発しないルナマリアを訝しげに思ったサクラは、隣のルナマリアを呼んだ。
サクラはあれからずっとルナマリアと一緒で、今は端末から少し離れたベッドに二人並んで腰掛けている。ルナマリアは遠くを見つめたまま、サクラに答えなかった。

「ねえルナちゃん?」

サクラがルナマリアの腕をゆすって声をかけると、ようやくルナマリアはサクラの呼びかけに気づく。

「サクラちゃん……」
「ルナちゃん、どうしたの?」

さすがにいつものルナマリアと違うということに気がついたのか、サクラはルナマリアを案じた。
だが、ルナマリアは照明を落とした室内でも窓から入る明かりでよく見えるサクラの顔つきにあの二人の面影を強く見て、その顔色を青くする。
チップがもたらした新たな事実に、先程ヨウランが知らせに来てくれたことが更に追い討ちをかけた。 こんな事実を知ってしまうのならばあのチップを見なければよかったとさえルナマリアは思う。
妹であるメイリンが…と聞かされて、ルナマリアは前が見えなくなった。
けれど、それは元を辿ればルナマリアがタリアに渡した写真が原因。
それを証拠にアスランはスパイの濡れ衣を着せられ、彼を逃がそうとしたメイリンと共にシンに追撃された。
自責の念にルナマリアは顔を歪める。
だが、チップがルナマリアにもたらした事実はそれと同等か、もしくはそれ以上の衝撃を与えた。
おそらくアスランさえ知らない、こんな事実。
けれどもしこの事実を知ったとき一番苦しむのであろうは、ミネルバでサクラを殊の外いつくしみ、真綿にくるむようにしてきた彼だろう。
ルナマリアがサクラを見つめながらそんなことを考えた、その時。

「ルナ………」

部屋の扉が開いて、今まさに考えていた彼―シンが現れた。
しっかりと鍵をかけていたと思ったが、ヨウランが来た時に扉のところで対応をしたので、その時に鍵をかけ忘れたようだった。

「シン………」

ルナマリアは呆然とシンの名前を呼んだ。
シンとルナマリアはお互いの名前を呼んだだけでその場から動こうとしなかった。
いや、動けなかったのだ。
ルナマリアは知りえる真実のため、シンは己が手を下したメイリンのことを思って。

「シンちゃん!!」

だが、サクラにはそんなことは関係ない。サクラはルナマリアの膝の上から飛び降りると、シンの元へと駆けていく。

「ダメよ!サクラちゃん!!」

しかし、ルナマリアは咄嗟にサクラのその行動を止めてしまう。
サクラは突然のルナマリアの制止にびっくりしたような顔で自分を背後から抱きしめたルナマリアを見た。シンもルナマリアのそんな行動に驚きを隠せない。

「ルナ………」
「ルナちゃん?」

けれど一番その行動に驚いたのは他ならぬルナマリア自身だった。
ほんとうに咄嗟のこと。
あのことを知ってしまったルナマリアは、サクラとシンを今は会わせたくないという思いが無意識に働いてしまったのかもしれない。

「…今は……今は……帰って、シン。サクラちゃんも私に預けて……」

いささか震えた声でルナマリアはシンに告げた。シンはそれを聞いてしばし呆然としたが、己を取り戻すと泣きそうな歪んだ顔をした。
自分がルナマリアに与えた傷がどんなものかわかっていたもりだったが、厳しい言葉を浴びせることはあっても姉のようにいつも自分を受け入れてくれたルナマリアにこのような態度をとられるとシンの心は酷く傷つく。

「やっぱり、そうだよな…いくらルナだって、メイリンのことは………」
「違う!そうじゃないわ!」

自嘲したシンの言葉に、ルナマリアは思わず必死に否定した。
もちろんルナマリアだって、メイリンのことはつらい。
けれどその大本の原因を作ったのは他ならぬ自分自身なのだから、自分を責めることはあってもシンを憎く思っていようはずがない。
だが、サクラのことは…。

「じゃあ何で…!!」
「それは……」

シンは何かを爆発させるようにそうルナマリアに聞いた。
まるでその表情は迷子になった子供のようで、ルナマリアはますますシンを不憫に思った。だからこそ、その理由なんて告げられるはずがない。
サクラは大声で怒鳴りあう二人に首をすくませて、ジッとしたままだ。普段の二人ならばすぐにそんなサクラに気がつくであろうが、今は互いに互いのことだけで精一杯だった。

「やっぱり………な」

結局、言いよどんだルナマリアにシンはますます自嘲の色を濃くした笑いを浮かべた。
だがちょうどその時、暗い室内で浩々と光る端末に気がつき、その画面を覗き込む。
そこには動画ファイルとテキストファイルが一つずつ開かれたままだった。
画面一杯に広がっていたままだったのは動画ファイルのほうで、思わずシンは動画を再生するボタンを押していた。
ただ、気を紛らわせてくれるものでるならばシンにはなんでもよかった。
言いよどんで理由を告げることがシンのためになるのか考え込んでいたルナマリアはそのシンの行動に気がつくのに遅れた。

「ダメッ!シン、それはッ!!!」

『まあ、キラ。こんなところにいらしたんですの?』

だが、ルナマリアの制止は遅く、再生されたファイルは声を奏で始めた。
ルナマリアがシンに言えなかった真実を。