「一体どこへ……」
レイからの追撃をなんとか逃れたアスランはメイリンを連れてザクに乗り厚い雲が立ち込めた空をかける。
友であると思っていたレイからの銃撃にメイリンはいまだ顔を青ざめさせて、真っ暗な海を行くアスランに行き先を尋ねた。
メイリンはアスランに基地からの脱出経路を教えたが、脱出してからのことを何一つアスランから聞いていなかった。
「アークエンジェルを探す」
「でも!あの船は…!」
メイリンが言いたいことはアスランにもよくわかった。
だがアスランには明確な根拠がなくとも確信があった。
いやそれは信じる心だったのかもしれない。
「あの船は堕ちちゃいないさ…」
自分にも言い聞かせるように口に出した言葉に、アスランは心で付け加えた。
(そして…フリーダムも……)
心に思い描くキラの顔。そしてそれにだぶる幼い笑顔。
(サクラ……)
声にこそ出さないが、アスランの頭は切迫した状態だというのに先ほど知り得たことが占拠していた。
先程のサクラとの会話からしてサクラが言う”ママ”がキラであることには間違いがない。
だが、よくよく考えてみれば、思い当たるふしも多くある。
アスランが常にサクラに感じていたキラの既視感。それは決して間違いではなかった。
よく似たその笑顔。よく似たその雰囲気。
サクラがキラの娘であるならば当然のことだった。
だが、父親は?
『サクラのパパってママがいってたよ!』
そうサクラが言ったトリィの製作者。
それは紛れもなくアスラン。
アスランにはそんな心辺りはいくらだってある。だから間違いなくサクラはアスランの娘でもあるのだろう。
(あの子が、俺の……)
本当を言えば、アスランはあの言葉を聴いた瞬間、サクラをこの逃亡に連れて行くことを考えた。
けれどあまりにも危険なこの逃走に連れて行くことはできなかった。
少なくともザフト内にいればサクラを妹のようにして側においているシン、それに何も言わないが彼なりにサクラを可愛がっているレイがいる。
彼らは決してサクラに不利なことをしないだろうし、望んでサクラを危険に晒すことは絶対にないと思えた。
アスランは2人の戦い方などには決して賛成できはしないが、サクラに対する態度や思いには信頼を置いていた。
だから、アスランはサクラを連れず、ジブラルタル基地においてきたのだ。
本当は、今すぐにサクラをこの腕に抱きしめたいけれど。
「絶対に、生きているさ、フリーダムとアークエンジェルは……」
(キラ…話をしてくれるな……?)
アスランはきっと無事でいるであろうキラに答えのない問いかけを胸中にこぼす。
そして、2機の新型MSの接近をレーダーが知らせる警報が鳴るのだった。
「スパイって…」
真実を話すという意気込みを持って訪ねたアスランの部屋はどうやら留守で返事がなく、ルナマリアは結局アスラン充てのライトナー女史からの手紙を持ったまま自室に帰って来ていた。
だがそれからしばらくも経たずに突然、遠く警報の音が聞こえた。
それでも呼び出しなどはなにもなかったが、明らかに平時のことではないとルナマリアは思い廊下に飛び出して近くに居た本部の兵士を捕まえて一体何事かと問い詰めた。
けれど彼らも詳しいことは伝えられていないのか、スパイが侵入していたと言って恐らく港へと向かってしまう。
それに何か釈然としないままルナマリアはまた部屋に戻ろうとしていた。
けれど―。
「リュナちゃーん!」
聞き覚えのある声にルナマリアの足は止まる。
その舌ったらずに自分を呼ぶ声はこの広いジブラルタル基地にたった1人しかいない。だがそれは聞き間違えでもなんでもなく、ルナマリアの今歩いてきた廊下に小さな腕で一生懸命何かを抱えたサクラがいた。
「サクラ!!」
ルナマリアは突然サクラがこの場に現れたことに驚きを隠せないでいた。
ミネルヴァでならいざ知らず、サクラが寄港基地の中を1人で歩き回ることなどはいままでなかったことだったからだ。
それは他のミネルヴァ以外の兵士への配慮もあったし、なによりサクラの世話役であるシンがサクラを1人にさせておくことを絶対にさせなかったことが原因だった。
常ならばサクラを預けられる役をルナマリアがうけていたのだが、今回はメイリンが引き受けているはずだった。
だからこんなところを1人でサクラが歩いていることなんてまず有り得ないことだ。
「どうしたのサクラ!メイリンは!?」
思わずサクラに駆け寄って目線を合わせたルナマリアだが、当のサクラはキョトンとしていて、次にこんなことを言い出した。
「サクラね、メーちゃんとアシュちゃんねお出かけだから、おるすばんしてたの。でもね、メーちゃんね、リュナちゃんのとこにいってもいいっていったの」
アスランとメイリンというあまり見ない組み合わせに、ルナマリアは眉を寄せた。
だが、それよりもメイリンがどうしてサクラを置いて、しかも1人で出歩かせるような真似をしたのか、そのことが余計に気になった。
「メイリンはアスランとどこかに行っちゃったの?」
「うん。あのね、アシュちゃんとメーちゃんはしってどこかにいっちゃった」
ルナマリアはますます表情を険しくしたが、ハッと嫌なことに思い当たった。
ルナマリアがアスランを訪ねたとき、彼の部屋に人の気配はなく物音一つしなかった。
彼があの部屋にいないことは間違いがない。
ならメイリンの部屋にいたのか。
けれど、ルナマリアはアスランの部屋を訪ねる直前にメイリンの部屋に行っている。
考えてみれば、あの時すでに本部の兵士はスパイを捜索してたのだろう。それならあの本部の兵士たちの行動はいささか不躾だが仕方がない。
その時メイリンは1人だった。
だが、本当に1人だったのか?
サクラがここにたどり着いた時間から考えてみてアスランがあの本部兵士たちが去った後にメイリンを訪ねたことは考えにくい。
それならあの時に部屋にはアスランがいたと考えるのが自然だ。だがどうしてアスランを隠す必要がある。仮にも特務隊フェイスの一員である彼を。
そんなことは簡単だ。アスランが追われている身だと考えればつじつまが合う。
「まさか…だって……」
「リュナちゃん?」
突然言葉をなくしたルナマリアを不思議そうにサクラは見やる。
ルナマリアの脳裏には目の前のサクラとだぶるあの夕暮れの岩場での”あの人”がよぎる。
そして思い出す、彼がスパイとも呼ばれてもおかしくはない確たる証拠を。
「まさか、あれが……!!」
「カガリ!キサカさんから通信よ」
アークエンジェルにCICとして戻ったミリアリアの声に今後のことでマリューと話し込んでいたカガリは顔を上げた。
「キサカから……?」
予定よりも随分はやいキサカからの連絡を訝しげに思ったカガリだが、ミリアリアに礼を言うと彼女からインカムを受け取ってその通信に出る。
だがすぐにカガリの表情は消え、先程よりも余程厳しい顔をして通信をきった。
そして丁度その時、万全とはいえないが床上げしたキラがドッグに入ってくる。
「何かあったの?」
すぐ側でそれを見ていたミリアリアはカガリにそう尋ねたが、カガリは何も言なかった。
そんな彼女の様子にドッグ中が水を打ったように静まり返る。
ただキラだけはことの次第がわからず、水を打ったような静寂に首をかしげる。
そしてカガリが、先日、ようやく和解をしたキラの前に立った。
「キラ」
カガリは真一文字に引き結んでいた口を開いた。キラは至極深刻な顔をしたカガリに困惑した様子だ。だがキラには聞かぬほうがよかったのかもしれない。
「カガリ、なにか…」
キラの言葉に重なるように響いたカガリの声に、キラの顔色は紙よりも白くなった。
「アスランが、重体だ」
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