「まったくなにやってんだか」

ルナマリアが自室へと戻る道すがら、メイリンの部屋の前では先程から基地内を動き回っている本部の兵士が2、3人、物騒にも銃を持ってあらわれもない姿のメイリンと対峙していた。
本部の兵士たちはメイリンが直ぐに呼びかけに応じなかった理由を知り、軍ではエリートの証である紅を着たルナマリアの追い払いもあって即刻その場を立ち去ってことなきを得た。

「でも何で本部の兵が……」

何か基地内で起こったのであれば、ここに待機する全ての兵に通達が来るはずである。
しかしそんなものルナマリアは受け取っていないし、他の待機中の兵もそんな様子はない。
ならば何故…?

「まあ…後で言われるかな」

とりあえず何の連絡もないのであれば、このまま自由な時間を満喫しても構わないとおもったルナマリアはそう結論づけた。
そして、間違いで自分の元に届けられたアスランへの手紙を届けるため、アスランに知らせなくてはならないことのため、アスランの自室へと急ぐのだった。



「こわっ…かっ……」

突然アスランとサクラの手を引いてバスルームに押し込んで、服を脱ぎ始めたメイリン。
それに慌てているうちにメイリンはアスランにサクラを頼んで静かにしているようにだけ言うと本部の兵士がいるドアへと向かっていった。

「君……どうして…」

アスランは手にしたバスタオルをメイリンの肩に羽織らせると、何故こんな行動にでたのかと問う。 その後には床に蹲って震えているメイリンを不思議そうに見るサクラが続く。
それに気づいたメイリンは気丈にも涙を零さず、笑顔さえ浮かべてサクラを見つめ、そのままアスランへとその視線を移す。

「…サクラちゃんが…悲しみます…から」
「サクラ…?」
「貴方がシンと、同じくらいサクラちゃんを大切にしていたの…見てました…だから」

本当はメイリンにだって、追われるアスランを本部に突き出すことこそ正しいと分っていた。
仮にもメイリンは軍人なのだから。
けれど、メイリンは”メイリン・ホーク”として、自分が追い込まれた土壇場の状況でサクラのことを考えて微笑んだアスランを見捨ててはいけないと感じた。
だからメイリンは自分の良心にしたがったのだ。
一方、理由を告げられたアスランは「そうか…」と一言だけ言うと、自分の窮地を救ってくれたまさに天使ともいうべきサクラの頭を撫でた。
サクラは一体どうして自分が頭を撫でられているのかよくわからず上目で首を傾げてアスランを見る。
その様にアスランは苦笑するが、はた、と自分が今持っているモノのことを思い出した。

「そうだ…サクラ、遅くなったが…」

言いながらアスランが裾のポケットから取り出したのはいささか小ぶりのハロだ。
ちょうどこの脱走を始める前に眺めていて、ミーアの突然の訪問に驚き咄嗟に自分の手元に隠したものだった。
今まですっかり存在を忘れていたが、何の巡り会わせかサクラの元にこのハロは辿りついた。
きっと渡せぬであろうとハロを見ていたのだが、今無事に約束の代物はサクラの小さな手のひらに乗せられる。
案外ハロがサクラがいるメイリンの部屋へと導いてくれたのかもしれない、と非科学的なことも考えてしまうアスランだ。

「ピンクちゃん!!」

アスランから渡されたものを見て、サクラの顔は輝いた。
いつもミネルバクルーに愛らしい笑顔を振りまいてきたサクラであったが、その笑顔はその中でも一番のものだった。

「アシュちゃん、ありがとう」

大切に両手でハロを包むと、サクラはピョコッとおじぎをしながら礼を言う。
アスランもそんなサクラの姿につかの間の一瞬、状況を忘れて心からの笑みを見せた。

「あの…アスランさん……」

服を着替えたメイリンの控えめな声がかけられると、アスランは早速この部屋を出て行こうとした。
だがメイリンはそれを引き止める。

「私が脱出経路を見つけますから」
「そんなことをしたら君が…!」

メイリンの申し出をアスランは即座に拒否するが、メイリンは「さっきも言ったじゃないですか」と笑って端末に向かってしまう。
アスランとしてもたった1人で地上最大のザフト軍基地から易々と逃げ出せないことは分っていた。 だからこそ、その申し出は願ってもないものである。
誰かを危険に晒すことは常ならば絶対にしたくないことであったが、アスランはキラの為にならどこまでも冷酷に徹することができた。
例え良心が痛んでも、アスランは最初の拒否を笑って否定された後は沈黙した。
自身の危険すら顧みずサクラのためと言って協力するメイリン。

「ありがとう…メイリン」

こんな言葉ひとつでしか感謝を表せぬ自分自身を無力に思いながらも、アスランはそう口にした。
メイリンは脱出経路を探すため端末に向かったままアスランを振り返らなかったが、口元には笑みが浮かんだ。

「ねえねえ、アシュちゃん」

アスランは軍服の裾を引っ張られて、サクラの目線まで腰を落とした。

「どうした、サクラ?」
「ピンクちゃんおしゃべりしないの…」

サクラは両手で貰ったハロを突き出すと、しょぼんとした雰囲気でアスランに訴えた。
アスランは「そういえば…」と時間がないばかりに”喋る”ハロにできなかったことを思い出した。

「ごめんな、サクラ。喋るハロにはできなかったんだ…」
「じゃあピンクちゃん、おしゃべりしないの?」
「ああ。すまないな…」

サクラはハロが喋らないと聞いてすっかりしょげてしまう。
こんな風にぬか喜びさせるだけなら渡さない方がよかったのではないかとアスランは思った。
だが次の瞬間、サクラは明暗を思いついたかのように顔をパッと上げた。

「アシュちゃんがピンクちゃんつくったの?」
「ああ」
「じゃね、じゃね、アシュちゃん、トリィちゃんも作って!」

アスランは我が耳を疑った。
今サクラは何と言ったか?

「トリィちゃん……?」

呆然と懐かしいその名前を呼ぶアスランの声には動揺がよく表れていたが、そんなものサクラにわかるわけもない。
サクラは自分のいい考えを興奮したように喋る続けている。

「トリィちゃん、いっぱいいたら、トリィちゃんひとりじゃいの!」

まさか、と思う。
サクラはなんにでも”ちゃん”付けをして呼ぶから、ただ単に普通の鳥をそう呼んでいるだけかもしれない。 けれど逸る心臓は押さえきれない。
アスランは一言、一言ゆっくり、確かめるように言葉をつむいだ。

「サクラ。その、トリィちゃんは…”首傾げて、鳴いて、飛ぶ”か?」

アスランの脳裏にはあの桜並木でトリィを渡した時のキラの姿がよぎる。
深刻な顔をしたアスランに対して、サクラはとても明るい表情をしていて当たり前のことのように言った。

「うん!トリィちゃんはね、とっても”せーこー”なきかいなんだって。ママがつくりたかったんだけど、ママにはできなかったんだって!ママがいってた!」
「ママ……?」
「でもね、トリィちゃんひとりしかいないの。ピンクちゃんはねネイビーちゃんとかオレンジちゃんとかいっぱいいるのに!」

サクラは聞いてないことまで話したが、それはアスランを混乱の淵に追い落とすものだった。
サクラが、”おねーちゃん”と呼ぶラクスと面識があるかもしれないことは前々から思っていたことだったが、それはもうこの話だけで決定的だ。
ハロがたくさんいることを知っていて、トリィが一体しかないことまで知っている。
そんなことはラクス、それに、そのトリィの持ち主であるキラの側に居なければ絶対に知りえないことだからだ。
サクラの言う”おねーちゃん”はラクス。
トリィを作りたくても作れなかったというサクラの”ママ”。
なら、サクラの”ママ”は…?
アスランにとって思い当たる人物などただ1人。

「サクラ…お前のママ……は…」
「脱出経路でました!今、港のほうで警報鳴らしました!」

だが時はアスランが最後まで質問することを待ってはくれなかった。
メイリンの声と共に遠くに警報の音が聞こえた。

「今なら注意は港に集中しますから、今のうちに!私が車回しますから」

メイリンは急かすようにアスランを追い立てる。
いくら警報機がなって注意がそこにいっていても、稼げる時間はたかが知れている。
アスランにだってそれは分っていた。今は一分一秒すら惜しいのだ。

「サクラちゃん。私、ちょっとご用があって出かけてくるけど、1人でお留守番していてくれる?」
「うん、サクラできるよ」
「もし、あんまり遅かったらお姉ちゃん…ルナちゃんのところに行ってもいいから」

きっと戻ってくることなど出来ないとわかっているメイリンは、サクラにこの後のことを言い含めている。
もう、この部屋を去らねばならない。
けれど、どうしても、これだけは…。

「アスランさん!早く」

扉の外で辺りをうかがい、誰もいないことを確認したメイリンがアスランを急かす。
けれど、アスランは部屋を去る直前、サクラに一つだけ質問した。

「サクラ、そのトリィは……誰が作ったって”ママ”は言ってた…?」

サクラはメイリンと一緒にアスランも出かけることに少ししょげていたが、ようやく2人の様子が常とは違うことを認識し始め、おとなしくしていた。
そして扉が閉まる直前、2人を見送るサクラはアスランの問いに屈託なく元気よく答えた。

「サクラのパパってママがいってたよ!」

その言葉を最後にして無常にも扉は閉まった。