『あなたという人はッ!!』

詭弁ばかりのデュランダルの言葉に、そう捨て台詞を残して去ってきたのは夕刻前のこと。

『フリーダムのパイロット…彼は実に不幸だった』

自分で仕立て上げたミーアを”ラクス”と何食わぬ顔で言うことも、カガリの言葉を今さら持ち出すことも残る理性をかき集めて何とか堪えたが、それだけは我慢がならなかった。
キラの幸せを決めるのはキラ自身であり、決して他人の見解からは測れないものだ。
以前。あれは先の大戦時、最終決戦前の2人の蜜月のひととき。アスランは言葉は違ってもデュランダルと同じようなことをキラに言ってしまったことがある。 その時、キラはクシャクシャに顔を歪めて「どうしてそんなことを言うの?」と泣きそうな顔をして問い返してきた。
キラは言った。

『確かに、こんな運命を呪いもしたよ。どうして僕がこんな困難に立ち向かわなきゃならない、って。 でもね、アスラン。僕は不幸だとは思わない。年の割には苦労してるって思うけどね。だって君にもう一度逢えたもの。
君がいない世界で生きていくこと。それだけが僕にとっては不幸だから。
だからね、そんなこと、言わないで…』

あの時ほど自分の言葉を悔やんだことはなかった。
アスランの言葉はキラの気持ちを疑う言葉となってしまったからだ。アスランとてキラと同じ気持ちだったからこそ、その後悔は余計に大きかった。
だからデュランダルのその言葉だけは我慢ならなかった。
自分たちは人より困難が多いだろうが、幸せだった。例えキラが自分に別れを告げていても、あの時、2人が心を同じにしていたことには変わりはない。
それを他人に”不幸”だと決め付けられることなどアスランには許せなかったのだ。
その怒りはデュランダルがキラを”彼”と言ったことにも気づかぬほどで。

「俺は一体何をしているのか…」

MS越しにキラに別れを告げられた時、アスランは一番早くこの戦争が終わる道の為にデュランダルのもとにいると決めていた。
イザークたちやカガリから聞かされた疑惑の数々も、デュランダルの指示が本当にあったかどうか分らないからこそ、アスランもまだ一欠けらの信頼をデュランダルに残したのだ。
だが、フリーダム及びアークエンジェルの討伐命令、先程の格納庫での彼の態度、そしてジブラルタル基地内で聞いた先日起こったという偽ラクス騒動に対する行動。
それら全てでその信頼は粉々に砕け散った。
すでに心は決まっていたが、思い返してみてこうまで見事に彼の甘言に乗った自分が情けなくて仕方が無かった。
それゆえ、もれる自嘲の言葉。
デュランダルが用意した場所に未練などあるはずもないが、ただ心にかかることはあった。
特に、デュランダルの言葉を信じて虜となってしまったシン、そしてー。
その姿を思い描き、部品は届いていたが結局は未完成となってしまうハロを手に取ったアスラン。
すると、ちょうど扉がノックされて名前を呼ばれる。
その声に何故だかアスランは咄嗟に手に持っていたハロを裾のポケットに入れてしまっていた。
「もうやっぱり居た!」

入ってきたのはデュランダルの”ラクス”―ミーアである。

「アナタさっきも議長にあんなこと言うし…こんなんじゃ本当に疑われてしまうわ!」
「は…疑われるって…」

格納庫でデュランダルにとった態度で、アスランはデュランダルが自分をどうにかしようと動いてくるだろうとは思っていたが、どうしてそれをミーアが分っているかのか不思議に思った。
先程のアスランの態度を咎めるにしてはあれから時間がいささか空いている。
その疑問が顔に出たのだろう。ミーアは「ああッもう!」と言うと、ポケットから取り出した一枚の写真をアスランに差し出す。

「ほら、コレ!」
「これは…」

アスランは差し出された写真に目を見開く。
それはあの岩場でカガリとミリアリアに会ったときのものだった。アスランを入れて3人。
ラクスは映っていなかったが、どうしてあの時の写真がここにあるのかとアスランは少なからず動揺した。ミーアはそんなアスランに構わず自分が見聞きしてきたことを興奮気味に語る。

「議長、あのレイって子と話してて…それで…それで…アスランはもう駄目、って」

アスランの写真を持つ手は震えていた。
まさかあの時、後をつけられていたとは…。
このような可能性を微塵も疑わなかった自分の能天気さにアスランは笑い出したい気分だ。
だが、今はそんなことに構っている暇など無い。
こんな動かぬ証拠があればアスランをどうすることもデュランダルにはたやすい。
ミーアの話からも、デュランダルが完全に自分を切ることは明白だった。
まさかそれがこんなに早いとはアスランも思ってもみなかったが。

「ね、今ならまだ間に合うわ。わたしからも議長に…」
「特務隊アスラン・ザラ。本部の者です。少しお聞きしたいことが…」

ミーアはアスランの振るえが疑われているということに恐怖してくるものだと思い、彼の震える手を両手で包むようにし自分も弁明を助けると言う。
だが、ミーアの声は途中で遮られる。

来た―――。

その呼び出しがどんな類のものか今のアスランとミーアにはすぐに悟ることが出来た。
けれどアスランはもう迷ってなどいない。
ただ相手に先手を打たれるのが早すぎた。

「不安要素は全て芽のうちに摘む…ということか」

ミーアはアスランの言葉に「何を…」と言って目をむくが、彼の行動は素早かった。




「ミーア、だから君も一緒に!」

栄えあるアカデミーのトップとして同校を卒業したアスランにとって一対三という構図は足かせにもならなかった。
素早く三人の意識を失わせてライフルを奪ったアスランは脱出方法を算段しながらミーアを連れて地上へ向けて非常用の階段を駆け下りる。 だが、何が起こっているかわからないミーアはアスランに連れられるままに彼の部屋を飛び出したが、「アスラン!ちょっと待って」とその途中で立ち止まる。 いまだ全てを察しないミーアにアスランは全てを説明してやった。
議長が必要としているのは彼の操り人形でいる”ラクス”だ、と。
いずれ必要がなくなればお払い箱。そして待つのは死のみだとも。
今の自分のように―。
だから一緒に行こうと手を差し伸べる。

「嫌よ―」

けれど。
返ってきたのは否という言葉。

「ミーア!」

まだそんなことを!とアスランはミーアを呼んだが、ミーアの表情を見たアスランは虚をつかれる。 てっきりアスランはミーアが駄々をこねるような子供の表情をしているのだと思ったが、それは違った。
ミーアは全てを受け入れた目をしていた。

「ミーア…」
「あたし、ミーアじゃなくて”ラクス”がいいの。役割だっていいわ。夢ならば夢の中で生きたい。そうやって生きたっていいじゃない」

静かにそう告げるミーア。
たとえデュランダルの駒だとしても、最後まで駒の”ラクス”のままがいいと望む言葉。
それほどまでにミーアは”ラクス”に憧れを抱いていたのか。
それほどまでに夢見た舞台は魅力的だったのか。

「夢は所詮は夢だ…いつか覚めるぞ…」
「それでも、その時までは」

伸ばした手を引きながらアスランは最後の忠告をミーアに向ける。
それに微笑みすら浮かべたミーアの瞳は覚悟をしていた。

そして追っ手の足音が聞こえてきたこと合図だった。

アスランはミーアに背を向け一人階段を駆け下りる。
いつのまにあんな覚悟をミーアがしていたのかアスランには知る術もない。しかし、デュランダルと行動を共にするうち彼女なりに察することがあったのだろう。
走るアスランの脳裏にミーアとの出会いや強引な彼女のアプローチがよぎる。
多少、強引な面はあっても、本当に普通の少女だったのだ。
ラクスに憧れる普通の。

いつか訪れるであろうミーアの夢の終わりを思ってアスランの胸は苦くなるだけだった。