いつかキラに約束させたことがあった。
自分の我侭だとわかってはいたけれど、時に自分の身を危険にさらしてまで相手の命を助けようとするキラの戦い方がどうしようもなく不安で言わずにはいられなかった。
『もしもの時はキラ…自分を優先させてくれ』
自分がどんなに非道なことを約束させているかも分かっていたし、キラがすんなり納得するわけもないと知っていた。
だから少しずるい手を使って約束させた。
キラから「卑怯だよ…アスラン」と苦く言われたが、それほど形振り構っていられなかった。
それくらい、キラは失えないものだったから―――
ブリーフィングルームに先程まで戦闘の様子を伝えていたモニターは、ボロボロのインパルスしか映していなかった。
インパルスが戦っていたフリーダムの姿はない。
それが意味することなどただ一つ。
「あ…ぁ……」
室内にはいつのまにかレイの姿はなく、アスランとルナマリアだけが残されている。
アスランは目を見開いてあえいだ。
「……ラ……」
初めは喉がひりついて声がでなかった。
全身から血の気が引いてるのを自覚しながらもアスランの頭の中は酷く混乱していた。
認めたくない眼前の事実を必死に打ち消そうとしながらも、揺ぎ無い事実がそれを許さない。
(だから約束させたんだ)
呆然とするアスランは先の大戦時に彼女に約束させたことを思い出した。
心配だから、どうしても失えないから。
『お前が死んだら俺も死ぬ』
彼女が一番嫌がることを言って、約束させた。
こんなことが起きてほしくなどなかったから…。
なのに、どうして…!!
「キラッ――――――――――――――――!!!!!」
誰かこれは夢だと言ってくれ。
「おいシン!やったな!!」
「こいつ―!たいしたヤツだよ」
「よッ!ザフトのエース!」
ミネルバに戻ったシンはドッグで待ち構えていた大勢に祝福の洗礼を受けていた。
老いも若いも皆いちように自軍のエースパイロットの栄光をたたえる。
それもそのはず。
先の大戦時、鬼神のごとき強さを見せつけ半ばその存在自体が疑問視され伝説になっていたあの”フリーダム”を落としたのだ。
しかも、そのフリーダムはアークエンジェルと共にこちらが煮え湯を飲まされてきた相手だった。
それに一矢報いてやったのだ、と。
余り深くものごとを考えないものたちはそう短絡的に喜んでいた。
だが、それでも中にはつい先日のベルリンでのことや、こちらが助けられた時もあったことを覚えており、今回のこの討伐作戦に疑問を持つ者も少なからずいた。
そのもの達は、偉業を遂げたエースを一歩下がった場所で冷静に見ていた。
そして突然にシンを囲んでいた和が一斉に2つに割れた。
割れた道の先ににはアスラン・ザラその人がいる。
その後にはアスランを追って来たルナマリアがひどく動揺したような面持ちでいた。
そしてシンはアスランの姿を認めると、口の端を吊り上げた。
「よかったですね、これで貴方の仇も討てましたよ」
シンが言う仇とは、アスランのセイバーがフリーダムに落とされたことだろう。
シンはアスランが憎たらしかった。
はっきりと自分を拒絶したアークエンジェルを庇うその姿勢も、いつも諭すような物言いをシンにすることも。
結局それは、ザフトに所属するアスランが本当は自軍を心の底から受けいれたわけではないことに対する憤りで。
そのような行動で、アークエンジェルが現れるまでは確かな信頼をよせていたアスランに、シンは裏切られたような気持ちになったのだ。
その結果がシンをこんな行動に走らせる。
「貴方も清々したでしょう、これで」
シンの言葉に爪が食い込むほど拳を握り締めていたアスランは、もう二言目で限界だった。
「シン!!」
アスランはシンの胸倉に両手で掴みかかった。
周囲で見ていた者は驚いて目を見開いたが、シンは予想していたのか身じろきもせず厳しい視線をぶつけてくるアスランを睨みつける。
「お前は…いつまで被害者ヅラしてるつもりだ…!!」
固唾をのんで見守る周囲は嫌に静かで、アスランの怒りを押し殺したその低い声はよく響いた。
シンはアスランの言葉に「はあ?」とでもいいたげに眉を寄せる。
「言っただろう『自覚しなければその力、自分に跳ね返ってくる』と!お前はまだ分かっていない」
「あんた、なに言…」
「いいかシン。確かに、オーブでの時も、あの地球軍の少女の時も、お前は被害者だった。だがな、シン。お前は他では加害者だ。
もうお前は誰かを悲しませる立場に立っているんだ!」
アスランの叫びに周囲は鎮痛な面持ちだ。
目先の勝利ばかりを気にして見えていなかったことをアスランの言葉で思い知らされたからだ。
そう、自分たちが勝てば誰かが死ぬ。
それは戦争なんだから仕方がない。だから、クルー達には人の命を奪う加害者だという意識が薄かった。
エンジニアにしてもオペレーターにしてもそれは同じで。
たとえ、間接的とはいえすでに多くの命を奪った加害者であることには違いはなかった。
そしてそれによって誰かを悲しませているという立場にあることにも。
「ハッ…だからなんだって言うんだよ!」
だがMS越しとはいえ直接にその手で命を摘み取ってきたシンはそんなアスランを鼻で笑った。
それにカッとなったアスランは拳を振り上げた。
「「「アスランッ!!」」」
必死になってそれを宥めるルナマリアや直ぐ側にいたヨウランやヴィーノが必死になってアスランを止めようとした。
最もアスランにとってそれほどの枷などさして問題ではなかったが、アスランは複雑そうな表情を浮かべてシンを解放する。
胸が少しばかり圧迫されていたシンは拘束から解放されると、かるく咳き込んだ。
「もう一度だけ言うぞ、シン。『自覚しなければその力、自分に跳ね返ってくる』」
アスランはシンに背を向けたままそれだけを言うと、すぐさまドッグを出て行ってしまった。
シンは「なんなんだよあの人…」と忌々しげに言ったが、その直後、頬にものすごい痛みを感じた。
「アンタ!もう少しものを考えてから言いなさいよ!」
痛みはルナマリアがシンに強烈な平手を浴びせたことが原因だった。
ルナマリアにぶたれる理由など分からないシンはただ呆然とするだけだが、ルナマリアはそれだけを言うと恐らくアスランを追ってドッグを出て行った。
シンはしばし痛みとルナマリアの剣幕に何も考えられないでいたが、明らかにアスランを庇ったルナマリアの言動に苦い表情になって、
「なんだよ…ルナまで…」
とひとり呟くのだった。
「アスラン!」
ルナマリアがアスランに追いついた時、彼は廊下の壁に拳を打ち付けていた。
それも何度も、何度も…。
「アスラン、血が…!」
拳が赤くなるほど血が滲んでいるのに、痛みすら忘れたのかアスランはルナマリアに止められるまでその動きを止めようとはしなかった。
ルナマリアはアスランの拳をそっと取って、応急処置として自分のハンカチをその手に巻きつける。
その間アスランはルナマリアにされるがままで、視線はどこか遠くを見つめていた。
ルナマリアは先程ブリーフィングルームで聞いたアスランの叫びから現実であってほしくない推測を導き出してしまった。
だが、アスランの今までの行動、そして、今の言動を見ていればそれが真実である可能性は限りなく高い。
「…フリーダムのパイロットとアスランって…」
言葉を濁しながらルナマリアはアスランに聞いた。
先の大戦時に共に戦った相手なのだから知らない相手ではないだろうが、ルナマリアが考える最悪の推測が現実であってほしくなくてそうアスランに質問していた。
アスランはその問いに彷徨わせていた視線をルナマリアに合わせると自嘲のような笑みを浮かべて言った。
「キラは…幼馴染で…恋人…だ」
そう答えるとアスランは「すまない、ひとりにしてくれ」とそこから去っていった。
だがルナマリアはアスランに自分の推測を現実のものにされ一気に血の気を引かせて、そこに立ち尽くす。
「嘘…」
アスランが絶叫で放った名はルナマリアにとって忘れられない名前。
あの岩場に現れた線の細い、儚げなアスランの恋人で…おそらくアスランの子供まで産んだ女性。
その彼女が、フリーダムのパイロット。
『もうお前は誰かを悲しませる立場に立っているんだ!』
アスランのあの言葉は他ならない自分のことを言っていたのだ。
半ば予想してたが突きつけられる事実は酷く重い。
今はルナマリアしか知るものはいないが、シンは奪ってしまったのだ。
アスランから恋人を。
2人の子供からは母親を。
自分がされたように、シンは誰かの大切な人を奪ってしまったのだった。
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