「クソッ!」
軍のアカデミー士官時代、品行方正を絵に描いたようだと言われた彼らしからぬ悪態をアスランはついて傍らの壁に拳を打ちつけた。
アスランをこれほどまでに苛立たせているのは何よりシンの態度だ。
つい先日、シンが銃殺刑すら免れないような規律違反をしてまで逃がした地球軍のエクステンデットの少女が戦闘中に死んだ。
それはあの時の悲惨な状況を鑑みれば仕方がない結果だと誰もが思っている。
なぜなら彼女が操っていたのは見たこともないような巨大MSで、ナチュラル、コーディテーターの別なく街を焼き、人々を蹂躙したのだから。
ただ結局そのMSに止めを刺したのは敵とも味方ともつかないフリーダムであったのだけれど。
だからミネルバに搭乗する者たちは最後まで頑なに攻撃を加えなかったシンの行動におのずと注目を集めた。
自分の命すら賭けた少女が敵として舞い戻ってきて、それを失ったシンはどうするのだろう、と。
シンは、その日、ずぶぬれで帰って来てドッグで待っていたサクラとルナマリアの出迎えを受けた。その時こそいつもより大分憔悴している様子であったが、次の日からはまるで何もなかったようにあっけないほどいつものシンだった。
そう、気味の悪いほどいつもどおりの―。
「アスラン―?」
抑えきれず、といったように苛立ちをあらわにするアスランの様子に声をかけたのはまだ包帯が取れないルナマリアだった。
「ルナマリア」
「やっぱり…シン?」
アスランがこんな風になるのは大抵シンが絡んでいる時だと知っているルナマリアは気まずげにそう聞いた。
ルナマリアもシンの最近の様子が気になっていたのだ。
普段は以前と何も変わらないシンだが、ふとした瞬間に見せる感情の見えない表情がルナマリアを不安にさせた。
それは大抵サクラと一緒にいる時で遊んでいるサクラを優しげな眼差しを向けるくせにその直ぐ後にはそんな表情を覗かせる。
そのアンバランスがルナマリアを不安にさせるのだ。
サクラにそれとなく部屋でのシンの様子を聞けば、サクラと遊んではくれるが端末でレイとともに何かをしていることがほとんどだという。
そして端末に映っていたのがフリーダムだということがサクラの話から分かった。
フリーダムの映像を使ってすることなど恐らく対フリーダム用の戦術を考えるための何ものでもなんでもないだろう。
敵討ち―。
そんな言葉がルナマリアの脳裏をよぎる。
迎えに出た時シンがサクラに向けた微笑を見たルナマリアは、シンが負の感情に負けることはないのではないかと思っていたのだがそれはあさはかな考えだったようだ。
サクラから聞かされたシンの様子に、シンは自分の大切だった少女の為にフリーダムを討とうとしているのだろう。
フリーダムとアークエンジェルが戦局に現れてからというもの、ことあるごとにその立ち位置を巡って争ってきたシンとアスランだ。
おそらくシンのその気持ちを知ったアスランがシンと何かしら衝突したのではないかとルナマリアには想像がついた。
「ああ…まあ…」
少々バツが悪そうに言葉を濁すアスラン。
ルナマリアの指摘通りシンと何かあったらしい。
ルナマリアにもフリーダムを恨む気持ちはこれぽっちも無いと言ったら嘘になる。彼女だとて、間接的にせよ彼らとの戦闘で負傷した1人なのだから。
だが今回のことはあの場でのフリーダムの対応は正しかった。
もしもフリーダムの判断が一瞬でも遅れたらあの巨大MSから放たれた攻撃であとどれだけの人の命が奪われたのか計り知れない。
あの少女がシンにとってどれほど大切であったかは分かっているつもりだが、シンがフリーダムを恨むのは筋違いだ。
誰かの為に平和な世界を願うのなら、あの時、フリーダムのように決断を下すべきだったのはシンだ。
「気持ちは分かるんですけどねシンの…でもあの時はあれしかありませんでしたもの…フリーダムの判断は正当でした」
ルナマリアがアスランの方を見ないで言った言葉に彼は驚かされた。
部屋で対フリーダム用の戦術を練っていたシンとレイと揉めた時にルナマリアはその場にいなかったのにも関わらず、彼女はまるでそれを見ていたかのような言葉をアスランにかけからだ。
「聞いてたのか?」
「いいえ…でも今シンとアスランが何か揉めるならフリーダムのことくらいしか思い当たりませんから」
見通されていたことにアスランは苦く笑う。
だが、フリーダムのことを擁護する言葉にどこかほっとしている自分がいることに気づいた。
確かにあの時、客観的に見てもフリーダムの判断は正しかったといえる。
けれどシンが大切に思っている人を奪われたのは事実で、アスランはシンのことを心配していたのだ。
だからシンを訪ねたのだが、シンはレイとともにフリーダムの唯一にして最大の弱点―コックピットを狙わない戦闘の隙を突くという戦略を練っていた。
それは明らかに私怨に突き動かされたものでアスランはシンにそんなことをしてほしくなかった。
私怨から来る仇討ちの虚しさを誰よりよく知るアスランだからこそ、それを止めようとしたのだが、それはレイによって阻まれた。
薄々気づいていたが、レイは何故かフリーダムを目の敵にしている。
その理由は分からないが、レイはシンにフリーダムを堕とさせたいようだった。
何としてでも阻止したいアスランであったのだが、そこにはサクラもいたため余り強く言うこともできず結局彼らの意思を変えるようなことは出来なかった。
「そう思うか…?」
ルナマリアがサクラから聞いたところによると夜中にうなされて飛び起きるというシン。
その原因は間違いなくこの間のことだろうしルナマリアとて心配だけれど。
けれど、あの時は。
「ええ…私はそう思いました」
嘘の無いルナマリアの言葉にアスランはフリーダムに乗るキラのことを思った。
恐らく、あの少女の死をシンと同じくらい嘆いているのはキラだ。
先の大戦でキラとアスランは、自分たちが戦う誰かには守りたい人がいて、その戦っている人自身を大切に思う誰かがいるということを身をもって知った。
だからこそ、あの場で少女を抱えて嘆くシンを見たならキラは自責の念に苦しむのだ。
全て自分が悪かったのだ、と。
けれど彼女は世界が平和を取り戻すまで、フリーダムから降りることはないだろう。
誰より自己犠牲の強い彼女だからこそ、自分がどれだけ傷つこうが最後までそれを厭わない。
だから今。
傷つき涙を流しているかもしれない彼女の側に行ってその細い肢体を折れそうなほど強く抱きしめたい。
そう、強くアスランは思った。
「そうか…ありがとう」
何故アスランがそんなことを言うのかルナマリアには分からなかったが、その時のアスランの顔があんまりにも切ないものだったからルナマリアは何も言わなかった。
プラント評議会議長ギルバート・デュランダルによる”死の商人”を糾弾する演説が世界中に向け発信されたのは、この直ぐ後のことだった。
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