「不問だってよ…」
「やっぱエースだからか…?」
「しっかしなあ」
独房から解放されたシンはその足で艦長室に連れて行かれ、タリアから今回の件に関して咎めなし、との通達をされた。
レイも共に解放されていたが、レイも艦長室に呼ばれるわけではなかった。
彼の罪科は脱走幇助などシンに比べれば軽いものであったため、独房に放り込まれることが彼の処罰だったからだ。
だがレイはシンを置いて先に自室へ戻るわけでもなく、ただ黙って艦長室前でシンを待っていた。
そして2人は今そろって、おそらく仲間たちが集っているであろうレクルームへと向かってる。
周囲は主にシンに注目して密やかな声でさざめきあっている。
(なんとでも言いやがれ…)
シン自身も何の咎めもないことに驚いたが、それも今までの自分の戦績がその結果をだしたのだろうと考えていた。
独房に入れられてる間、アスランがシンの元にやって来てなんやかんやと言ってきたが、結局、この結果を見れば彼の言っていたことなんてなんにもならないことが分かる。
(ざまあ見やがれよ…たいちょーさん)
シンは暗い笑い浮かべて心の中でアスランを嘲った。
シンの背後にいたレイはその笑みを見ることは無かったが、雰囲気を感じ取ったのかシンの背を見ながら満足そうに笑った。
『いーい、サクラ。”おねーちゃん”のことはサクラと私の秘密ね』
メイリンがシンたちのことを伝えに来て去った後、一番初めにルナマリアがしたことといえばサクラに”おねーちゃん”の存在を黙っていること約束させることだった。
『どーして?』
あどけない顔でそう聞いてくるサクラに「うっ」と詰まりながらもルナマリアは、
『サクラの”おねーちゃん”のことは皆すごーく大好きなんだよ。だからね、サクラの”おねーちゃん”だって分かったら、皆がサクラから”おねーちゃん”を取ってちゃうかもしれないの。
そんなのサクラは嫌でしょ?』
その昔、幼いメイリンを丸め込む時に鍛えた二枚舌がこんなところで役に立つルナマリア。
口からでまかせだが、純真なサクラはその嘘を信じたようでまた涙が潤み始め「ヤッ!!おねーちゃんはサクラのだもん!」と主張し始めた。
『ね?イヤでしょ。だから、私と約束してね』
ルナマリアは多少の後ろめたさを感じながらも、小指を差し出して言った。
よほど、おねーちゃんが好きなのかサクラはルナマリアの言葉にコクコク頷きながら自分の小さな小指を出して指切りをした。
ルナマリアはその一連のことをレクルームでアスランに纏わりつくサクラを見ながら思い出していた。
今はシンとレイが戻ってくるのを待つためにレクルームに居る。
レクルームにルナマリアとサクラが来た時には先にいたアスランに、サクラはずっとべったりと張り付いている。
この2日ほどルナマリアとしか遊んでいないということもあるが、先日、アスランがピンクのハロを作ってくれると言ったことが余程嬉しかったのだろう。
「ハロちゃん、ハロちゃん」と言いながらアスランにその膝の上に乗って遊んでもらっている。
アスランもシンと対立が激しくなったダーダネルス戦以後はあまりサクラと遊ぶ機会などなかったから嬉しそうに、いつものつらそうな顔から一変して優しげな微笑を見せながらサクラと接していた。
「あのね、サクラ、ピンクちゃんも好きだけどね、ほんとはママのがもっと好き」
「ママの?ハロじゃなくて?」
「うん!あのね、とっても好きなの、ト…」
「サクラ!!」
サクラとアスランが可愛らしい会話をして、サクラが何かしら言いかけた時、ちょうどレクルームに入ってきたシンの声がサクラの言葉を遮った。
「シンちゃん!」
サクラも、今までいたアスランの膝をひょいっと降りてシンに突進していった。
シンはそんなサクラを抱き上げるとギュウと抱きしめる。
「ごめんな、サクラ」
シンはサクラを抱きしめながら謝ると、サクラが走ってきた方向にアスランがいることが目に入った。
すると、先程まで心の中で思っていたことがするするとシンの口をついて出た。
「どーも、ごしんぱいかけました」
あからさまに嫌味と分かる口調でアスランに話しかけるシンに、周囲は肝を冷やす。
どれほどアスランが失態を犯したとしても彼が特務隊―フェイスであることに変わりはなく、アスランは大きな権限をまだその手にしているのだ。
それゆえいつも以上に反抗的なシンの態度がその場の温度を一瞬にして下げた。
「………」
「でも、どーやら俺、無罪ほーめんらしいし…結局、アンタの言ったことなんか何一つ役に…ぃッ!」
無言のままのアスランに調子付いたシンはもっと辛辣な言葉を投げつけようと言葉を続けていたが、それは途中で遮られた。
緊張した面持ちでことの成り行きを見守っていた周囲の面々は、シンが言葉を続けられなくなった原因を見て唖然とした。
サクラがシンの顔の頬を両手で引っ張ったのだ。
「いひゃい、しゃくら!いひゃい、いひゃいからはなせ…!」
シンはサクラに両頬を引っ張られたまま何とか放してもらおうとするがサクラは思いっきり力を入れてシンの頬を引っ張るとシンの腕の中で暴れて、抱き上げられていた体勢から床に飛び降りた。
自由になった手でひりひりする頬に手をやったシンは、床に降り立ったサクラがアスランの元に駆けて行き彼の足に纏わりついたのを見る。
「サクラ!」
シンは痛む頬を押さえながらサクラを呼ばわった。
だがサクラはシンをじとっとした目で見据えて、シンの所に戻ろうとはしない。
アスランはシンの気の済むまで言わせようと思ってシンの暴言を敢えて咎めずにいたのだが、突然のサクラの行動にただ驚くばかりだ。
「………アシュちゃんいぢめるシンちゃんはきらーい…」
シンが何度も呼びかけたサクラの答えはそれだった。
小さな声でぼそっと呟かれた言葉だったが痛いほどの沈黙が落ちていたその場には嫌によく響いた。
これにはシンも、周囲にいた人間も先程よりよほど固まった。
「サ、サクラ!」
サクラの言葉に酷いショックを受けたシンはそのまま動かない。
そしてルナマリアが、「ちょっとまずいかも…」と懇願するようにサクラの名前を呼んだ。
けれどやっぱり、サクラはアスランから離れない。
アスランとしてもサクラをどうすればよいか分からず、困った顔をしてそのままにしている。
「サクラ…別にシンはアスランをいじめたわけじゃない…ほら、こっちに来い…」
しばらく嫌な時間が続いたが、この言葉でそれを破ったのは今まで口を閉ざしていたレイであった。
サクラはレイの話なら聞く気があるのか、アスランの足を持ったままでもレイのほうに顔を出していた。
そしてレイはダメ押しとばかりに「ほら」と優しく微笑んで手を出した。
「ほんと…?シンちゃん、アシュちゃんいぢめない?」
「ああ…なあ、シン?」
サクラが未だ疑いの晴れぬ声でレイに聞くと、レイは他ならぬシンにその答えを求めた。
サクラの「嫌い」発言にまだ固まっていたシンはやっと我に返り、苦虫を噛み潰したような顔をしてアスランの方を見ると嫌そうにだが「…しないよ、そんなこと」と言った。
するとサクラはアスランの足を離してアスランに晴れやかな笑みを浮かべると、ててっとレイのところに飛び込んで行く。
「お騒がせしました、アスラン。では、俺たちはこれで…」
だが、ちょうどサクラがレイの腕の中に納まり、レイが退室の文句を言おうとしたところで突然のアラート。
「………サクラ、悪いがまた医務室だ」
その場にいた全員がアラートを聞いた瞬間に空気を一変させた。
レイも、さっきまで放心していたシンも同様だ。
ただサクラは状況を理解しておらず、きょとんとした目で2人を見ていた。
結局、ただ呆然とサクラの行動を見てしまったアスランは、レイに抱き上げられた子供らしいサクラの顔を見て、もう一度頬を緩めた。
だが直ぐにその顔を引き締めると、これから待ち受けているであろう戦闘を思って暗い影をその表情におとすのだった。
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