「はぁ…」
自室にてサクラと約束したハロを作っていたアスランは静かに溜め息をついた。
その手に乗っている作りかけのハロはもちろんピンク色。
アスランの手元にある部品では完成させることはできないがジブラルタルに寄港した時にそれらを買い足して仕上げをしてサクラに手渡すつもりのアスラン。
だがその表情は冴えない。
その原因はいま目の前にあるピンクのハロを思い起こさせる2人だ。
1人は、アスランが初めてピンクのハロを贈った元婚約者であるラクス・クライン。
そして、もう1人は愛らしい、ミネルバでの癒しのような存在になっているサクラ。

(あの子はいったい…)

サクラが身元がはっきりしない奇妙な子供だということは、始めにタリアから聞かされていたため今さらどうこう言うつもりはない。
プラントのデータベースにすら親類縁者の記録がないなんてことは前代未聞なのではないかとは感じたが、子供に罪があるわけではないのでそれほど気にはしなかったのだ。
だが、アスランはサクラの過去―ミネルバに来る前、オーブの孤児院に居たときのこと、そしてその理由、それらを人知れず調べる必要があるかもしれないと感じていた。
それはもちろん、過去にサクラがラクスと会ったかもしれないということを確かめるためだ。
けれど、アスランには別の目的もあった。

(キラとも会った事があるかもしれないしな…)

あの日、キラはラクスと共に消えた。
先日の岩場での邂逅時にもラクスがキラからの預かりものをしてきた。
それらを考えればあの2人はずっと行動を共にしてきたことが予想できる。
だからラクスの足跡を辿ればキラに行き着くことができるかもしれない。
結局、アスランの考えは全てキラに行き着いてしまうのだ。

「俺もたいがいしつこいな…」

自分の諦めの悪さにアスランは苦笑してしまった。

どうしたって諦められない一生の想い人を脳裏に描いたアスランはもう一度ハロの製作に取り掛かった。



「もう、シンたちの馬鹿!」

シンとレイが拘留されてから2日経ち、その間サクラを預かっているルナマリアは苛立っていた。
別にサクラを預かっていることが嫌になったとかそういうわけではもちろん無い。
サクラは可愛いのでルナマリアは何日だってサクラを預かってもいいという気持ちだ。
じゃあルナマリアは一体何に苛立っているのか?
シンとレイが馬鹿なことをしでかしたことに初めこそ戸惑っていたルナマリアだったが、それが時が経つにつれて言いようのない怒りに駆られたのだ。
あり大抵に言えば、アカデミー時代から何でも共有してきたはずのシンとレイに2人して自分だけ仲間外れにされたような気がしたからだ。

「ホント……馬鹿」

ルナマリアは寂しさを滲ませた声で呟く。
確かに、以前からシンとレイの間にはルナマリアが立ち入れないような信頼関係があったが、ミネルバに来てからそれがより強固になった気がルナマリアにはした。
やはりそれは男女の差がそうさせるのだろうか?
そうルナマリアが、彼女らしくない暗い思考に陥っていた時だった。

「あー!おねーちゃん!」

ルナマリアの端末がある机の上で静かにお絵かきをしていたサクラが叫んだ。
1人の世界に入っていたルナマリアは突然あげられた大声に肩をびくっとさせてサクラの方を見る。

「サ、サクラ!!」

そして振り返ったルナマリアは目に入った光景に目を見張って、慌ててサクラが持っているものを取り上げた。
サクラが持っていたのは岩場で隠し撮りした写真。
タリアに渡さなかった、本物のラクス・クラインが映っている写真だ。
机の奥に仕舞っていたはずだが、どうやらお絵かきに飽きたサクラがルナマリアの机を漁って探し出してしまったみたいだ。

「だ、ダメよ、これはダメ!」
「おねーちゃん!リュナちゃん!それ、おねーちゃん!」

ルナマリアは取り上げた写真をサクラの手が届かないように頭上に持ち上げてたしなめたが、サクラは一生懸命手を伸ばして写真をとろうとしながら「おねーちゃん!」と連呼した。
気が動転していたルナマリアだったが、その言葉に身を硬くして鸚鵡返しに呟く。

「おねーちゃん…?」

それはつい先日もアスランの前でサクラが声高に叫んでいた言葉であったが、その時ルナマリアは何とも思っていなかった。
以前にお絵かきをしていたサクラとの会話で、ママとおねーちゃんという人物が出てきていたので、サクラにはそう呼ぶ存在があったのだという認識を持っていたからだ。
だが、今サクラはルナマリアが持っている写真に向かって”おねーちゃん”と言っている。
ルナマリアは「まさか…」という思いでもう一度写真をサクラの手に渡して恐る恐る聞いてみた。

「ねえ…サクラ…おねーちゃん…ってこの人?」

写真が手元に戻ってきたことで、さっきまで手を伸ばして必死になっていた表情が柔らかに、いつも以上の笑顔を浮かべるサクラ。
そんなサクラに、ルナマリアは写真の中で難しい顔をしたラクス・クラインを指差して聞いた。

「そう!サクラのおねーちゃん!おねーちゃんはホントはママのおともだちなんだけどサクラのおねーちゃんなの!」

頬を紅潮させて興奮気味に言ったサクラ。
いまいち要領を得ないサクラの言葉だったが、サクラの母親がラクス・クラインと知り合いなのはルナマリアに理解できた。
そして、ハッと思い当たったルナマリアは半信半疑ながらも以前購入した雑誌に載っている今のラクス・クラインの写真をサクラの前に広げた。
するとサクラの顔はみるみるうちに曇り、いつかディオキアの基地で盛大に不機嫌になった時と同じような顔になる。

「サクラ、このひ…」
「おねーちゃん、ちがーう…このひとちがうもん」

ルナマリアが全てを言い終わらぬうちに、サクラはルナマリアが聞きたかった答えをくれた。

「…どうして、そう思うの?」

不機嫌すぎて今にも泣き出しそうなサクラだったが、その理由がどうしても知りたいルナマリアは「ごめんねサクラ」と心で謝って問いを続ける。
すると、サクラはキッと雑誌の写真の中のラクスを睨みつけた。
その視線はルナマリアでも少したじろぐほど鋭く厳しい。

「そのひとうそつきだもん。おねーちゃんとちがう。うそつきはえんまさまにベロひっこぬかれちゃうんだよ、おねーちゃんがおしえてくれたもん」

確固とした理由を求めたルナマリアだが、やはり幼児にはまだそんな理由を説明するのはまだ無理なようだ。
しきりに、「うそつき」というフレーズを繰り返すサクラ。
だが、これでハッキリしたことがいくつかあった。
まずサクラは”おねーちゃん”こと本物のラクス・クラインと近しい間柄の人物の子供であること。
そして、サクラには2人のラクス・クラインの見分けが初めからついていたこと、だ。

「うん、分かった…わかったよ、サクラ」

「うそつき」と言いながら少しだけ泣いてしまったサクラを宥めながら、ルナマリアはサクラの背をやさしく叩く。
サクラはどうも最近、情緒不安定だ。
医務室での出来事以来、その傾向が強く現れてきている。
一通り涙を流すとサクラは鼻をズーッとすすった。
それをルナマリアは「ティッシュでかんじゃいなさい、サクラ」と笑ってティシュを鼻に当ててやる。

「お姉ちゃん、いる?」

そうしてそんなことをしているとルナマリアの部屋の扉がメイリンの声と共にノックされた。
すると、ルナマリアは「ちょっと待ってメイリン!今行くわ!」と言って手に持っていた写真を元の場所にあわただしく戻して、扉に向かう。
サクラはルナマリアに渡されたティッシュでおとなしく鼻をかんでいる。

そしてルナマリアはメイリンからシンとレイが明日にでもお咎めなしで解放されることを聞かされたのだった。

もし、の仮定の話であるが、この時サクラがもう一枚、違う女性が映った写真を見つけていれば未来は変わっていたかもしれない。
だがそれは所詮仮定の話でしかなく、どうにも出来ない運命は全ての人を飲み込んで悲劇に向かって突き進んでいった。