「騒がしいな…」

まだ日も昇りきらない時刻。
自室にて就寝していたアスランであるが、扉の向こうから伝わってくるただならない様子が気になって外に出る。
もしも奇襲攻撃が加えられているならアラートが鳴るはずなので、どうやら戦闘ではないらしい。
だが、外に出て人の流れに任せて歩いていけば艦長室の前に人だかりがある。
その中にはルナマリアの姿もあった。

「何かあったのか?」
「アスラン!―それが…」

ルナマリアも詳しい事情が分からず困惑していが、現場に居合わせた者たちから聞いた話をアスランに聞かせた。
なんでもシンが地球軍のエクステンデッドを連れ出してボギーワンに接触したらしい。
しかもレイもそれに加担し、すでに独房に放り込まれているようである。シンは戻ってきたところを拘束されて今は艦長室でタリアが詰問をしているそうだ。

「シンが、か…」
「シン、あの子に随分入れ込んでたみたいだから…でもまさかこんなことを…それにレイまで」

一通りルナマリアの話を聞いたところで丁度よく艦長室の扉が開き、後ろ手に拘束されて両脇を武装した一般兵で固められたシンがでてきた。
シンは人の垣根の中からもルナマリアが「シン!」と呼んだことに気づいたのかアスランたちを一瞥したが、すぐに視線を戻してしまう。
シンの顔にはどんな表情も浮かんでいなかったが、アスランに向けた視線にはどこか見下したような色があった。

「シン…」

ルナマリアは何の表情も浮かべずに自分たちを素通りしてしまったシンに一抹の遣り切れなさを感じていた。
アスランもシンが自分に向けた視線の意味に気づいていないわけはなかった。
だが、自分の煮え切らない態度がシンをそうさせている自覚がアスランにはあるのでどうすることもできないと、苦い顔をするしかなかった。
と。

「シンちゃーん…レーちゃーん…」

衣擦れの音と共に小さな足音がすぐ後で聞こえた。
アスランとルナマリアはハッとして後を振り向くと、サクラがいつも手放さないハロぬいぐるみと先程まで上掛けにしていたと思われるブランケットを引きずってそこにいた。
どうやらこの騒ぎに目が覚めてしまったようだが、起きたらシンとレイがいなくて部屋から出てきたようだ。
心細かったのかサクラの目は涙で潤んでいた。

「サクラ!」
「………リュナちゃん…アシュちゃん…」

サクラに気づいたルナマリアが膝をついて目線を合わせると、サクラはぐすぐすと目を擦っていた手を止めた。
いささかまだキチンと発音ができていないが、今のはルナマリアとアスランのことをよんだらしい。
アスランは初めて聞くサクラの声に、改めてサクラの声が戻ったことを認識し心から安堵した。

(しかし、アシュちゃんとは…)

今までサクラ以外の幼児と接する機会も皆無であったし、己の子供時代を思い返してもそんなニックネームでアスランのことを呼ぶものなどいなかった。
幼馴染の彼女ですら小さいころから、自分のことは”アスラン”と呼んでいた。
月の幼年学校のクラスメイトだってそうだ。
だから、そんな呼び名が珍しくてアスランは少し顔を緩めた。

「サクラ、まだ朝も早いから寝てましょ?」
「シンちゃんとれーちゃんは?サクラといっしょだって言ったもん」

ルナマリアがそう言ってシンたちの部屋にサクラを連れて行こうと試みたが、サクラは首を振る。

「2人ともお仕事でダメなんですって…。だからアタシと一緒に寝ましょ?」

サクラの拒否にルナマリアはなんとかサクラを説得しようとしているが、サクラは「やー」と言ってぶんぶんと首を振る。
どうやら今は相当機嫌が悪いらしい。
滅多に駄々などこねないサクラは、その分、一度こね始めたらたちが悪い。
困り顔のルナマリアだが、スッと横から長い手が伸びてサクラを持ち上げるのが目に入った。
もちろんその腕の主はアスランで。

「サクラ。シンとレイは今とっても忙しいんだ。だからサクラ、我慢できるか?我慢できたら、そのハロ、動くやつ作ってやるから」

いきなり高いところに抱き上げられて、一瞬きょとんとしたサクラだが、アスランが言ったことはキチンと聞いており”そのハロ”と言われた自分のぬいぐるみとアスランのことを交互に見比べる。
そしてようやくその意味を悟ったのか元々大きな目を見開いてまん丸にした。

「うごくハロちゃん?」
「そう。ちゃんと動いて、喋るよ」
「ホントのホント?」
「ああ。もちろん」

顔を近づけながら何度も念押しするサクラにアスランは苦笑しながらもそれに律儀にいちいち答えてやった。
すると先程までの不機嫌さが嘘のように笑顔を浮かべるサクラ。

「サクラ、おねーちゃんとおんなじピンクちゃんがいい!ぜったいピンクちゃん!」
「おねーちゃん…?」
「うん!サクラ、おねーちゃんとおんなじがいいの」

すっかりご機嫌になったサクラは「おねーちゃんとおんなじ」と言ってはしゃいでいる。
だがアスランは、”おねーちゃん”という単語が頭の片隅に引っかかってどうにも難しい顔をしている。
そして、ルナマリアがいささか考え込んでいるアスランの手からサクラを降ろして「じゃあアスラン、連れてくね」と言って手を繋いで自分の部屋へと連れて行こうとした。

「アシュちゃん、やくそくだよー」

サクラはそれでもいちいち振り返ってアスランに確かめている。
アスランもようやく自分の思考から我に帰ると、「わかった」という意味を込めてサクラに手を挙げた。
2人の姿が見えなくなるまでそうして見送っていたアスランは、ディオキアでラクス―いや、ミーアと鉢合わせした時のサクラの様子を思い返していた。
あの時、サクラは大きくミーアが映し出された画面を見てこう言った。

『おねーちゃん、ちがーう』

あの時は以前に見ていたラクスと違うということで、そう言っているものであると思っていた。
ただ真実を知っている者として冷たい汗がすーっと背中を流れて立ち尽くしてしまった。
だが、今は違う。
おそらくサクラは正確にラクスとミーアの違いに気づいている。
それに、サクラはきっと本当のラクスに会ったことがあるのかもしれない。
あのハロをラクスにアスランが贈ったことは広く知られているが、そのハロをラクスが色ごとに名前をつけて呼んでいるなんていうことは本当に近しい人しか知らない。
だから、そのことを知っているとなると、ラクスに直接会ったことがある可能性がある。
もっとも、サクラも何にでも”ちゃん”付けして呼んでいることからそこまで深読みすることもないかもしれない、とアスランは思った。
だが、言い知れぬ胸騒ぎがアスランの胸を支配していた。