静寂が落ちる暗い部屋にカタカタとキーボードを叩く音が響き、レイはその音に浅い眠りから引き起こされた。

「シン、何をやっている……」
「シンちゃーん…」

レイが身を起こしてシンのベッドがある方に振り向けば、ベッドの上には目をこすりながら、もぞもぞと起きだして眠たげな声でシンを呼ぶサクラが一人。
そのシンといえばベッドのすぐ側にある端末に向かってなにかしら作業を進めていた。
シンはレイとサクラの声にハッとなって振り返ると「なんでもないよ!」と作ったように笑った。

「そうか…」
「シンちゃーん……」

レイはシンの答えにそれだけしか言わなかったが、シンと一緒に就寝するのが常のサクラにはそうはいかない。
サクラは今にも再び眠りに落ちそうな声ながらもしきりにシンを呼ぶ。

「ごめんな、サクラ。俺もすぐ寝るからさ、先に寝てろ。な?」

シンはあわてて端末から離れ、サクラを宥めにかかったがサクラは嫌々と首を振るばかり。
普段はとても幼児とは思えないほど聞き分けのいいサクラだが、こんな時は普通の子供のように決して引き下がらない。
困ったな…、とシンが眉を八の字に下げてどうしようか悩んでいると助け舟が出された。

「サクラ、俺のところにおいで」

レイはそう言ってとても寝起きとは思えない動作で自分のベッドから降り、サクラを抱き上げるとさっさと自分のベッドに戻ってしまった。
シンはあまりの素早さにいささか呆然としたものの、すぐにレイなりの優しさだということに気づき小さく微笑んで小声で”ありがとう”と呟く。
もちろんベッドに横になりならがらもレイはきちんとその謝辞を聞いていた。
連れてきたサクラは、シンに駄々をこねているときすら殆ど眠りかけていたので横にならせてしまば、傍らの人肌にも安堵したのかすぐに穏かな寝息を立て始めた。
そんな様子にすこしだけ口の端を緩めたレイは、軽く目を閉じて胸中で呟いた。

(お前は相変わらず嘘がへただな)



「おいっ、そこ!待て!!」

深夜ということで衛生兵が一人だけしかいない医務室からステラを連れ出すことは案外簡単に成功した。
だが、コアスプレンダーがあるドッグはそんな簡単にいくわけがない。
シンとてそれは分かってはいたが、それでもやらなければならないのだ。
ステラを助けるためには。

(クソッ!とっととクタバレ!!)

ドッグを警護していた兵士を一人で相手にしながらも、シンはステラを庇いながら立ち向かっているので中々大立ち回りはできない。
あまりステラから離れて、ステラ自身を兵士らに取られてしまっては元も子もないからだ。
だが。

「うッ!!」

シンの背後で兵士達のうめき声とドサッという鈍い音が聞こえた。
とっさにシンが振り返ればそこには、部屋で寝ていたはずのレイが兵士をのしていた。

「レイ……」
「返すんだろう?早くしろ」

何も告げていないはずなのだが、シンの行動の理由はレイに知れてしまっているようだ。
レイはシンを急かし、シンも慌ててステラをエレベーターに乗せた。

「レイ…なんで…」

シンはいささか混乱しながら、それでも何故レイが軍機違反をしている自分を見逃し、あまつさえ助けてくれることの理由がわからずレイに問うていた。
レイが誰より軍の規律に厳しいことは、シンが一番よく知っている。
アカデミー時代から何度となく、軍機違反だ、とレイに注意され続けていたのは他ならぬシンだからだ。
そのレイが何故?

「…生きられるなら、その方がいい」

レイの言葉はエレベーターの扉が閉まる直前それだけしか聞こえなかった。
だが、その短い言葉がレイの紛れも無い気持ちだとシンには分かった。

「レイ、ホントにありがとう…」

シンは閉ざされた扉に額を預けて、戻ってきたら直接伝えようと思ったことを口に出していた。