「もうシンてばずるいんだから!」
ルナマリアは頬をぷりぷりさせながら肩をいからせて歩いていた。
サクラがその可愛らしい顔に似合いの声を披露したのはついさっき。
聞けば、先日のことが未だに尾を引いているだろうとルナマリアが遠慮してサクラを訪ねなかったうちに声を取り戻したらしい。
ルナマリアがシンはずるいと言っているのは、声を発することができるようになったサクラを独占していたことだ。
しかしシンの話によるとサクラが一番初めに喋った言葉は「レイ」だったらしい。
シンはそれがよほど悔しいのか、彼らしい拗ねた表情を浮かべていた。
レイも満更でもなさそうな様子でその話を聞いていて、珍しくもその表情はどこか嬉しそうだった。
「ふふ。レイもあんな顔ができるのね」
レイの滅多に見られない顔を思い出してルナマリアはくすり、と笑う。
アカデミー時代からレイのことを知ってはいるが、彼の淡々とした表情はほとんど崩れることはなかった。
だが、ミネルバに来てからルナマリアは僅かではあるものの、その無表情以外の顔を見ることが多くなった。
正確に言うとミネルバに来てからではなくて、サクラがこの船に来てからだ。
「お礼を言うべきかしらね…」
サクラはミネルバが救助して保護した子供であったが、今となっては助けられているのはこちらかもしれない。
ルナマリアはそう思った。
戦闘が続き状況が悪化しても、サクラがいるからどこか殺伐とした雰囲気がいくばくかでも明るいものになる。
だがルナマリアにはサクラの笑顔を脳裏に描くたび、その顔にだぶる面影がある。
一度しか見た事は無いが、忘れることの出来ない表情をする人―”キラ”だ。
「―!。アスラン…」
その人に関係する人に思いを馳せていたからか、ルナマリアが向かっていた甲板には”キラ”を思い出すときには欠かすことの出来ないアスランの姿があった。
甲板は夕日が赤く染め、アスランの何処か暗い表情をも照らしていた。
アスランはルナマリアが来たことに気づくと、彼らしい、だがいつもより力のない微笑みを向けた。
「ルナマリアか。どうした?なにかあったか?」
アスランらしいと言える台詞だが、ルナマリアは言いようの無い寂しさを纏ったその姿に胸を打たれ泣きたくなった。
「いえ何でも…ない、んじゃないのよ!」
ルナマリアはその泣き出したくなる気持ちを振り払うように殊更に明るく、アスランも大切に接しているサクラの声が出るようになったことを伝えた。
「そうか…。それはよかった……」
アスランは笑みを浮かべて我がことのようにそれを喜んだ。
だが、その直ぐ後にはなぜか先程よりも数倍切なさそうな表情をつくる。
アスランはサクラのことを考えるたびに、どうしてもそのサクラにちらつくキラの面影を見てしまい、無意識にそんな表情をしてしまうのだ。
常でさえそうであるのに、キラにさよならを告げられた今ならなおのことである。
「あ、ねえねえ!アスランには恋人とかっていないの?」
「…どうした突然?」
またも苦しげなアスランをどうにか浮上させようと、ルナマリアはたわいも無い質問をしてみた。
だが言ってしまってすぐにルナマリアは後悔した。
考えてもみれば、何かしら事情があって離れているらしい恋人―”キラ”の話題を振るなんて気分を浮上させるどころか下向させることになりかねない。
ついさっきまでその”キラ”について考えていたのに、アスランを元気付けることに一心になってしまいころっとその存在が頭から抜け落ちていたのだ。
「あ、いや…なんとなーく…気になって……」
ルナマリアは気まずそうに、ごにょごにょと言葉を濁した。
だがアスランはその質問に、寂しげな雰囲気は残したままでも答えた。
「…いるよ。いや、いた。というのが、正しいのかな…?」
「…正しい?」
「俺は今もまだ恋人のつもりなんだがな…。サヨナラと言われてしまったんだ。もう俺に愛想が尽きたかな…」
最後の言葉はどこか自嘲めいていて。
そう言うアスランの視線は海を越えて、どこか遠くを見ていた。
おそらくアスランが恋人だと思っているあの人―キラに想いを馳せているのだろう。
ルナマリアは思わずアスランに、その人の気持ちは今もアスランにあるのだ、と告げてしまいそうになった。
だがそれを言えば、ルナマリアがそれを聞いた状況や事情を説明しなければならない。
それは職務違反だ。職務違反ならば、あのことについて今だに考えることすら該当しているが。
「そんな!そんなことありませんよ!!…きっと」
「…ありがとう、ルナマリア」
ルナマリアは言葉を選んだ結果、アスランに言えたのはそれだけであった。
それに力なく笑うアスランに余計に胸を締め付けられたルナマリアは、すれ違う恋人たちに何もできない己の無力さを悔やんだ。
「艦長、これ以上の延命措置は…」
レクルームで一通りサクラのことを説明させられたシンは、その場が解散となった後ステラの元に急いだ。
そしてその道すがら聞こえてきた軍医の言葉に足を止め、咄嗟に影に隠れた。
軍医に答える声はこの艦の最高責任者であるタリアである。
「いえ、できるところまでやって頂戴。あちらが欲しがっているのは生きたエクステンデッドですからね…」
その声は甘さとは無縁の硬質な響きを持っていて、シンの心臓をわしづかみにした。
(生きたエクステンデッド…ステラはモルモットか…!?)
軍医はタリアに「できるだけやってみます…」とだけ返し、まだ何か話し合うことがあるのか2人は医務室とは反対方向へと歩いていった。
シンは憤怒を抑えきれず唇を切れるほど噛みながら、医務室へと入る。
「ステラ…」
医務室に入ると、もうシンがステラを見舞いにくることに慣れた衛生兵は何も言わなかった。
ステラは戦闘に行く前よりも明らかに顔色が悪くなっていて、医療については素人同然のシンでさえステラの限界を感じずにはいられない。
「シ…ン……」
息も絶え絶えながらもシンを認めるとステラは笑みを見せた。
弱弱しく挙げられた手をしっかり握ると、その温もりにステラはさらに目を細める。
「ステラ…大丈夫だよ…俺が、守るから」
シンは合わせてた手から伝わる確かな温もりを感じた時、シンはもうすでに己の腹を決めていた。
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