「遅くなってごめんなさいね。ご苦労様」

艦長室にてタリアが労いの言葉をかけたのはルナマリアに対してであった。
タリアの手元には、先日ルナマリアがアスランを尾行した時の写真が数点収められた封筒。

「いえ…」

ルナマリアは曖昧に頷きながら複雑な表情で自分が今しがた手渡したものを見つめる。
結局、タリアに渡した写真はアスランとオーブ代表が映ったものだけだった。
規律に忠実な軍人ならば、あのラクス・クラインや最後に姿を見せた”キラ”という人が映っている写真も提出するべきである。
ルナマリアとてそんなことは百も承知だ。
だが、心底考え抜いて出した結論がこうすることであった。
この写真達がこのままタリアだけが所有するものになるか、それとも別の誰かの目にさらされるか。
それは分からない。
分からないからこそ、ルナマリアはこうすることにしたのだ。
ザフトの特殊部隊によるホンモノのラクス・クラインの暗殺未遂。
もしそれが事実であれば、ルナマリアがもたらした写真によって、また”あの”彼女が危険に晒されるかもしれない。
それは、ルナマリアの本意ではない。
ルナマリアは自分の直感を信じてみることにしたのだ。
あの岩場の彼女こそが真実のラクス・クラインである、と。
多大な後ろめたさはあるものの、ルナマリアは2人の写真を提出しなかった。

「こんなスパイみたいな真似…嫌だったでしょう?」
「いえっ!…でも……あの…」

申し訳なさそうにするタリアに、居心地の悪いルナマリアは彼女にしては珍しい歯切れの悪い返事しか出来ない。
だが、この命を受けた時から疑問だったことを口に出した。

「この命は…彼に…、アスランに何か疑うべきところがあるということでしょうか?」

ルナマリアは不思議だった。
デュランダル議長から直々に特務隊の称号を与えられ、ミネルバクルーからも今や一目置かれる存在となっている彼をこそこそ嗅ぎまわるようなことをしなければならないのか。
だが今、軍部に疑われるような行為をしたのは他ならぬルナマリア自身であったのだが。

「いいえ、そういうことじゃないわ。もちろん、私だって彼のことを疑っているというわけではないの。
ただね。敵か見方か分からない面々と会う許可を与えて、後からそれが何処からか漏れて問題になった時、こんな証拠でもなければ彼を無実の罪から救うこともできなくなるから…」
「…そうですか…」

(まあ、実際のところは議長命令だけれど…)

タリアは嘘は言わなかったが、これがデュランダルから直々に命を受けたレイの差し金であったとルナマリアには教えなかった。
タリアに与えられた命の表向きの理由は彼女がルナマリアに話したものと同じであったが、この命に裏がないとは考えきれない。

(あなた何を考えているの…?)

ますます分からなくなっていくかつての恋人のことを思ってタリアは嘆息した。

一方、ルナマリアはやはりそれだけの理由なら他の写真も渡してしまったほうが良かったのであろうかと、早くも後悔に駆られていた。

(でも、もう渡しちゃったし………)

今更、追加で渡すなんて真似をしたら、ルナマリアは隠蔽の罪と反逆罪で軍法会議ものだ。
けれどルナマリアは思い切りのいい性格をしていた。

(信じてみようって決めたんだもの…女の勘を信じるのよ、アタシ)

「艦長……」
「なに?」

ルナマリアはもう一つ、気になっていたことを聞こうと口を開いた。
けれど―――。

「いえ…何でもありません」
「…そう?」

やはりルナマリアはその問いを飲み込んだ。

『私たちはこのまま軍へ忠誠を誓い続けていてもいいんでしょうか…?』

それはルナマリアの心だけに落とされた。

「この先から、このことについては一切忘れなさい。いいわね?」
「はい…」

タリアはいささか強い口調で言い、ルナマリアも殊勝に頷いた。
そして、ルナマリアが退出しようと踵を返す。

「ああ、ちょっと待ってちょうだい」

しかし背後からのタリアの声がルナマリアの歩みを止めた。

「今、メイリンに他のパイロットを呼び出してもらったの。指示を与えるから貴方もここに残ってちょうだい」



「地球軍―特にボギーワンがダーダネルスの戦いだけで引き下がるとは思えないわ。
ジブラルタルに近づいてきた以上、あちらも段々と手を出しにくくなっているんでしょうけれど…もし、戦闘を仕掛けてくるなら今しかないわ。 シンはインパルスにいつでも搭乗できるようにパイロットスーツを着用の上待機、他のパイロットも指示があればすぐに出撃できるように準備をしておいてちょうだい。以上が私からの指示よ」

シン、レイ、ルナマリア、そしてアスランが呼び出されて艦長から告げられたことはこれだった。
地球軍側もこちらを叩く最後の機会と総力をあげていることだろう。
そうなれば、先日のディオキア以上の事態になることは必至。
だからこそ心してかかれ、との意味合いを込めてパイロット全員をわざわざ呼び出したりしたのだろう。

アスランは、またも彼の艦が介入してくることを恐れた。
カガリにラクス。
ああは言ったものの、あの2人がアスランの言葉を聞いて引くとは思えない。
大天使はきっとまた現れる。
そうなれば彼女が駆るフリーダムと剣を交えなければならない。
そんなことは二度としたくは無いのに―。

つらそうなアスランのことをルナマリアは心配そうに見つめる。 そして、タリアからの簡潔な指示を受けた4人は艦長室を退出した。

「シン」
「…なんですか?」

艦長室から出るとアスランはシンを呼び止める。
シンはタリアの話を聞いている時から仏頂面をしていたが、アスランに話しかけられてますますそれが酷くなった。
2人の仲はダーダネルス戦の後しばらくたつ今も修復されず、昨日のサクラの一件でますます冷え込んでいた。

「サクラは…大丈夫か?」

その台詞を聞いてシンは視線をついっとアスランから外して、ぼそぼそっと答える。

「別に…なんともありませんよ…」

昨日の錯乱状態に陥ったサクラを救ったのはアスランだったので、一応そう答えたシン。
だが、シンは敢えてサクラの声が戻ったことをアスランに教えなかった。
サクラの面倒を見ているのは自分であって、アスランではないという自負がシンにはある。
だから、サクラのことを全て教えてやる義務はないとシンは自分をそう納得させた。

「そうか…」

アスランのその声には心底安心したいうような響きがあった。
それが余計にシンをいらだたせて、靴音高くその場を去らせた。
そしてそんな2人の様子を、レイが満足そうに、ルナマリアが心配そうに眺めていた。